第六話 魅惑の味 ②
そうして草原を駆け始める三人。緩やかな丘を越え、額に少しの汗が滲み始めた頃、トゥリオが確認したと言う小屋が見えてくる。
ボロ屋と言う程では無いがかなり年季の入った簡素な小屋。その上空には苦労の末に捕獲したスライムを盗んだ先程の鷹の魔物が旋回している。
「ファベロも居ますね。あそこで間違いなさそうです」
「ったく人のモン盗むなんて一体どんな躾をしてやがるんだ」
「実は仕込んでたりして……ファベロって頭良いし」
セシィの言葉通り、ファベロは非常に賢い。そのうえ飼い主には従順で忠実な魔物。珍しい魔物ではない為、トゥリオもその事は知っている筈だが捕獲時の奮闘故、恐らく存在するであろう飼い主への怒りを顕にする。
「アイツ、俺らの事おちょくってないか?」
「トゥリオさん怒りの余り大人げなくなってません?取敢えず誰かいるか確認してみますか」
そう言いながらフランが扉を数回叩く。すると程無くして、キィと少し嫌な音を立てながら開かれた扉の向こうには、外観からは想像出来無い位に綺麗な室内が確認できた。
「だれ?」
少々、不愛想な出迎えをしてくれたのは、茶色の逆立った髪型が特徴的で小綺麗な身なりの少年。
「よう少年。盗んだモン返して貰おうか?」
とても衛兵として治安を守っていたとは思えない形相で少年に詰め寄るトゥリオ。しかし少年は顔色を一切変える事無く無言のまま彼の
瞳を見つめる。
「少年よ……今年二六歳、大の大人が原っぱ駆け回ってやっと捕まえたんだ。返してくれるよな?」
(大の大人は少年にここまで詰め寄らないですけどね……)
自分達が助力を求めたとは言え、必死さ故に分別を失いつつある彼に呆れ始めた頃――
「ヘンッ、盗られる方が悪いんだ!それに高値で売れるお宝を、みすみす渡せるか!」
「ほう?」
「リオ兄、また捕まえれば良いからさ。今回は諦めよう?」
最年少になだめられてやっと我に返るトゥリオ。“そうだな”と言いながらも未だ少々納得が行かない様子だが、何とか諦めてくれたので、踵を返そうとしたが、閉じかけた扉を見つめフランが立ち止まる。
(綺麗な身なりと、整った部屋……お金が入用とは思えませんが……)
ガチャリと扉が閉まり切る……その直前――
「あの、お金が必要なんですか?」
フランが問い掛けるも少年は口を噤んだままだった。そうして流れる暫しの沈黙、フランが閉じ掛けた扉から手を放そうとした時、少年がポツリと放つ。
「……剣士になりたいんだ。だから剣を買う金が必要なんだ」
その時、既に背を向け歩き始めていたトゥリオが足を止め振り返る。そのまま何も言わず二人の元へと歩き出す彼を少し心配そうな面持ちでセシィが追う。
怒り?呆れ?真意の分からない表情のまま二人の間へ割って入ったトゥリオは、フランへ手を伸ばす。
「なんですか?」
「何か書く物あるか?」
フランが言われるがままに自身の荷物から紙とペンを差し出すとトゥリオは手早く何かを書き、どこかの鍵と一緒にそれを少年へと手渡す。
「……なんだよこれ。グランオリバ一番大通りの三番地って?」
「倉庫だ。中に有り余る程の剣があるから好きなのを持って行け」
トゥリオの行動に少年は何度も目を瞬かせる。それはフランもセシィも同じだった。
「大陸横断中に趣味でな……どうせ一人で使える剣なんてせいぜい二本くらいだからな、気にせず持って行きな」
彼の何気ない一言でフランとセシィは更に目を何度か瞬かせる。
(大陸横断もそうですが、紙に書いた倉庫の場所ってグランオリバの一等地じゃないですか……もしかして)
フランは思考が巡った結果、頭に浮かんだ言葉がそのまま漏れ出す。
“トゥリオさんて裕福なんですか?”
少々の失礼は承知で放ったその言葉だが、彼は嫌な顔一つ見せず少しだけ身の上話をしてくれた。
「――お父様が遺してくれた物だったんですね」
「あぁ、親父は世界を股に掛ける大商人でな。お陰で俺も人並み以上には裕福って訳だ!」
「だからセシィと師匠の越境税を代わりに払っても、痛くも痒くもって事だね!」
「セシィそれに答えると俺、嫌な奴みたいにならないか?まぁ良いや、じゃあって事で――」
トゥリオは少年に剣と引き換えでスライムの返却を求める。一瞬躊躇いを見せたが少年は部屋へと戻り、抱えたスライムをトゥリオへ渡す。その顔は少し寂し気だった。
「よしっ!少年、これを期に盗みなんか止めるんだぞ?」
「……おう」
「じゃ、行くとするか!」
「あのトゥリオさん?……予定通りそれは食べるんですよね?でしたら彼も一緒と言うのはどうですか?」
フランの言葉を聞いた瞬間、少年の表情がパッと明るくなる。
「そうだな、これも何かの縁だ。少年、邪魔するぞ!」