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第六話 魅惑の味 ①

 悠久の時間の中で忘れられてしまった精霊の怒りを鎮め、長きに渡った毒雨の災害に終止符を打った一行。ベレッジャ雨林を抜けた地点から北へ数キロ。

〈魔術都市レグミスト〉近郊の広大な草原地帯を歩んでいた――


「――成程な。竜は信仰心を糧としない……そんな竜への信仰だからこそ精霊の怒りを買ってしまったと?」


「そうですね、嫉妬心と言うやつでしょうか?まぁ、あくまで私の持論ですがね」


「人間からの信仰を受ける程に神格化された存在ながら、実に“人間じみた”生き物だな……で、それを鎮めたのがあの“お転婆娘さん”だ」


 トゥリオが指す先には駆けまわるセシィの姿。柔らかで心地の良い風が草を揺らす大地の中、土埃と草花を纏いながら(はしゃ)いでいる。


「はぁ……セシィ!いい加減にして下さい。そんなに汚れてたら宿に入れて貰えませんよ!」


「えぇ!だって師匠、あれが居たんだよ!」


「何ですかあれって?」


「何って“フェリチェスライム”だよ!」


 セシィの言葉を聞いたその瞬間、フランの目がまるで宝石の様に輝く。

 そんな彼女の反応も最もだ。


 粘体族と呼ばれる種類で変幻自在の特異な身体を持つ生物。この種族の殆どが毒を有しているが、セシィの言うフェリチェスライムと呼ばれる個体は毒を持っていない。それどころか、大変美味な珍味として市場で稀に出回る。

 稀にの言葉通り、かつての乱獲が原因で個体数が非常に少なく、学者が最近行った発表では絶滅の可能性すら公表された位である。


 一説によると、偶然発見した農夫が知り合いの学者に見せた所、一生遊んで暮らせる程に大量のラルと交換を申し出たらしい。

 かように希少な生物を見つけたとなれば、普段は歳の割に些か落ち着きのあるフランも興奮を隠しきれなくなってしまう。


「セシィ、最後に見たのはどの辺りですか?探しましょう!捕まえましょう!」


「ううーんとね……あの茂み、岩陰の辺りに隠れてると思うんだよね」


「挟み撃ちです。さぁトゥリオさん行きますよ」


「え、俺もやるのか?」


 面倒くさそうなトゥリオの手を引きながら、ズンズンと茂みの中へと突き進むフラン。もう一方からは獲物を密かに狙う猛獣の様に気配を殺すセシィがそろりと忍び寄る。

 茂る草を掻き分け、セシィの示していた岩の傍へ――


 誰かが踏んだ枝の折れる音が響いたと同時に激しく茂みが揺れる。


「師匠、リオ兄!そっち行ったよ!」


「ほらトゥリオさん走って!」


 フランに手を引かれ、渋々走り出すトゥリオ。二人の追跡が始まる。

 散々セシィに追い回されていた為か、粘体族特有の弾力を生かした跳躍にもキレが欠けている。しかしそれでも、あと一歩と言った所で中々手が届かずにいる。


 追いついては逃げられるを繰り返す間に二人の体力はどんどんと削られていく。


「フラン、魔術だ!壁を作れるか?」


「おっ、名案ですね!――白糸水壁、阻ミ給エ(アンクア・ペディエ)


 少々息を切らしながらの詠唱。杖を向けた先の地面、瀑布の如き勢いで水の壁がそそり立つ。

 行く手を阻まれたフェリチェスライムにトゥリオが飛び込む。


「よっしゃ!もう逃がさないぜ」


 苦労の末にトゥリオがスライムの捕獲に成功する。当初、余り乗り気では無かった彼もいつの間にか熱心に……いやフランとセシィよりも楽しんでいた。それもあってか、年齢に似合わぬ喜びようだ。


「淡いピンク色、フェリチェスライムで間違いありませんね。レグミストに着いたら早速頂きましょう!」


「幻の珍味と呼ばれる味……楽しみだな。一先ず逃げない様に縛っておくか」


 つい口角を伝いそうになった涎を拭いながら獲物を抱え直すトゥリオ。いそいそと捕縛用の縄を準備し始めた時、三人の頭上に不穏な影が近づく。

 グングンと一行へ接近するその“影”は、気取られぬ内に頭上から三人の手元でもがくピンク色へと目掛け急降下――


「あ!おい!」


鷹の魔物(ファベロ)!?」


「あのクソ鳥!フラン撃ち落とせ!」


「リオ兄、流石に師匠でもそれは無理だよ。魔力に敏感なうえ、魔術への耐性もあるからね」


 落胆を顕にするトゥリオに対してフランは何故か笑みを浮かべる。少し陰のある薄ら笑いを。


「トゥリオさん行きますよ!」


 薄ら笑みは次第に悪戯を成功させた子供の様な悪い笑みへ……そんな表情のまま彼女は杖を構える。


弾ケ、(ポル・)飛翔、上天ヘ赴ケ(ラーレ・チェッロ)!」


 杖から直線上へ砂埃が立ったかと思えば、トゥリオの身体が宙を舞う。上空、逃げ去ったファベロを見下ろせる位の高さまであっという間に吹き飛ばされたトゥリオは、情けない悲鳴を上げ続けている。その表情はまさに蒼白。

 そんな面持ちをフランは知らないのか気にしていないのか、ファベロの行方を彼に尋ねる。


「んな事言ったって……居たぞ!南の小屋に向かってる。そんな事よりこのまま落ちたらタダじゃ済まないぞ!何とかしろ!」


 ファベロの発見に歓喜する二人。地面へと真っ逆さまに落下中の自身を忘れているのでは?と心配になる喜び様に声を上げるトゥリオが上げた何度目かの呼び声。やっと気付いて貰えたが、既に地面は目前。


「ご心配なさらず――」


(落下の直前、極限まで威力を抑えて衝撃を吸収する)


 トゥリオが草原と一体化する、すんでの所でフランが彼を吹き飛ばした際に使用した魔術を再び放つ。最大限に威力を弱めたその魔術に支えられたトゥリオはまるで、地に降り立つ鳥を彷彿とさせる華麗な着地を披露する。


「死ぬかと思った……」


「さぁ二人とも行きますよ!トゥリオさん南ですね?」

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