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第五話 降り注ぐ毒雨 ③

 そうして、この地の上空へ浮かぶ空の様に晴れない気分のまま集落へと引き返して来た三人。早速、魔留石の短剣について尋ねて回り始めた。

 ジェンナの協力もあり短い時間で多くの人から様々な情報を得られた。


 この地の伝統や思想、集落の成り立ちなど興味深い情報が沢山あったが、肝心な精霊の情報は未だ一つも得られていない。それどころか、住人の口から出てくるのは“竜”の話ばかりだった。


「ジェンナさん、本当にここでは精霊信仰はされて無いのですか?」


「そうねぇ……少なくとも私の物心が付いた頃には“竜”が信仰対象だったわ」


「そうなるとあの短剣……旅人さんが落としたとか……うーん、折角の手掛かりだと思ったのに」


「最後、集落の(おさ)から何も出なかったら、一先ず手詰まりって感じだな」


 空、そしてフラン達の胸に掛かる暗雲が更に濃くなってゆく。そんな中で一縷の望みを掛けて尋ねた長の家。

 安心感を覚える優しい笑顔で迎えられた一行は、短剣と精霊について問い掛ける。


「精霊か……放られた祭具……しかしこの地では、ワシの知る限り竜が信仰されておる」


「そう……ですか」


「力になれなくて、すまぬな。して精霊信仰と言うのはどの様な、ものなんじゃ?」


「主な事で言えば竜への信仰と変わりません。日々の安寧に対する感謝や、未来への繁栄を願うなど……竜と違う点と言えば“祠”や“祭壇”を設ける事でしょうか」


 フランがその言葉を放った直ぐ後、長の表情がピクリと動く。彼は少し表情を強張らせながら三人へ祠と祭壇についてを聞き直す。

 セシィとフランで、先程よりも詳しく説明をし終えたと同時で長は席を立ち、大急ぎの様子で何かを探しに行ってしまった。


 程無くして戻って来た彼の手には、古びた地図が握られている。それを広げ一つの地点を示す。


「ここじゃ!ここに古く朽ちかけた祭壇がある。もしかしたら何か関係があるのかもしれん」


「行くしかねぇな!」


 やっと得られた手掛かり、三人の瞳に再び光が戻る。

 早速三人は長の家を飛び出し、地図で示された場所へと向かう。集落から少し離れた湖畔、その隅に寂しく佇む言葉通りに朽ちかけた祭壇。


「セシィ、これ……」


「うん、間違いないね!それじゃあ少し……」


 そう言うとセシィは地面に座り込み、瞼を閉じる。静かに始まった精霊との対話。

 それからだった。今までとは比べ物にならない程に天気が不安定になり始める。


 数歩先も見えない豪雨が降ったかと思えば、いきなり日が射し込む、されども雨が降り続ける。そんな状態で一時間程が過ぎた頃、ゆっくりとセシィが瞼を開く。


「セシィ、どうでしたか?」


「怒ってる、それに寂しがってる……ある時を境に、誰も自分の事を思わなくなってしまった事に……」


 “ある時”それはセシィによると数百年も昔の事らしい。数百年前のいつかを境にその時まで続いていた精霊への信仰がピタリと止んでしまった事への怒りと悲しみが、この地に降り注ぐ毒雨の要因。


「俺達に何か出来るのか?」


「もう一回、思って祈って感謝してあげれば怒りも静まるかも知れない」


「そんな事言ったって……いつかここを離れる俺達だけじゃまた同じ事の繰り返しだろ?」


雨林(ここ)に住む人達にも協力して貰いましょう。今の世代を生きる人達が悪い訳ではありません……しかしこの事実を伝えなければ、トゥリオさんの言う通り同じ事の繰り返し、それどころか何も変わりません」


「じゃあそうと決まれば、帰ってさっさと報告だな!」


 原因と同時に対処法を得た三人の足取りは軽かった。そして嬉しい事に集落の人々も聡明であり協力的だった。

 フラン達が報告を終えた後すぐに男達が総出で向かい、一夜にして朽ちた祭壇を直してしまった。


 それから一行は雨林に点在する様々な集落へ出向き事の経緯を伝えて回った。生命の祖たる水の精霊への感謝と畏敬を忘れずに、と各地を巡り二日三日、一週間二週間と過ぎて行った。

 そんなある日――


「セシィ、トゥリオさん見てください!」


 フランが指す空には、僅かだが太陽が顔を覗かせている。

 一滴も雨が降らない、そんな日、いやそんな時間は実に二百年振りとの事らしい。


「セシィ、そろそろもう一度対話をしてみませんか?」


「うんそうだね!今だったら色々お話出来るかも!」


 期待を抱えながら向かった祭壇。あの朽ち果てた姿が嘘かの様に隅々まで手入れされている。

 セシィはあの時と同じ様に祭壇の前に座り込み瞼を閉じる。


 流れる空気は、空に浮かぶ雲はとても穏やかだ。セシィの表情も終始にこやかだった。


「セシィどうだ?」


 少し間を置いて彼女の口から発せられた“これが限界”だっての一言。しかしその表情は依然としてにこやか。


「限界、と言いますと?」


「長い間雨を降らせていたせいで“晴れ”を忘れちゃったんだって。だからね――」


 方に掛けた鞄から短剣を取り出したセシィは、刃を左手に押し当てる。


「セシィ!何を……」


「大丈夫ですよトゥリオさん。精霊魔術の儀式と言い伝え知りませんか――」


 貴石の短剣右手に持ちて、(あか)の滴る左手空に。欲する力とその(めい)唱えれば、彼等は其の請い聞き入れ力を与えん。

 フランが古の伝承を言い終える頃、セシィが血の滴る左手を天に掲げる。


「――我は汝の力を欲する者。生命の祖たる水の精霊よ、我は求める。浄化し透明に帰す清明の力を。この乞いに応ずるならば、黒雲斬り裂き、烈日にて大地を照らせ――天ニ蒼空ヲ」


 詠唱の終わり、時を同じく薄灰色の雲が割れる。次第に亀裂は大きくなり、何時しか天には澄み渡る蒼が広がる。


「これが精霊魔術か……すげぇな」


「えへへ、凄いでしょ!」


 腰に手を当て鼻息を立てるセシィ、いつの間にか集まっていた観衆から喝采の嵐が巻き起こる。


「セシィ、お見事です。やはりアナタの腕は最高ですね!」


「照れるなぁ、師匠ったら!」


 赤に染まった顔を隠す様にセシィが、長の元へと走り出す。そうして話を終えたあと深々とお辞儀をし、二人の所へ戻って来る。


「何を話して来たんだ?」


「精霊さんへの感謝とお祈り、祭壇のお掃除忘れちゃ駄目だよって。誰かに忘れられるのは皆寂しいからね」


「寂しさと怒り……大きな力を持ってる精霊でも何と言うか……人間みたいだな」


「では一件落着、挨拶を済ませたら出発しましょうか!」


「だね!」

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