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最終話 救世の魔術師

 開いた瞼の先では木目の天井が掠れていた。窓の外の景色は止まっている。居室、艇内は異様に静まり返っている。

 ぼやける視界を拭い、目を遣った時計の針は双方天辺を指している。


(丸一日?随分と眠ってたみたいですね……それはそうと……)


 この時間、何時もなら腹を空かせた二人が扉を蹴破ってでも側で騒いでる筈だが、侵入の痕跡すらない。ある物と言えば、綺麗に畳まれた衣服、磨かれた愛杖(あいじょう)と書置き一枚。内容は簡素に、甲板にて待つの一文。

 怠さを堪え起床、痛みが残る身体を引き摺り指定地へ。


 待っていたのは長きを共にした相棒達、ではなく一人風に吹かれるロメオだった。


「よぉ嬢ちゃん、起きたか」


 彼の背に広がる景色は覚えのある風景だった。


「ロメオさんココって……」


「終着点、とでも言うべきか?まぁ隣に来ると良い。色々と話さなきゃならない」


 ――ココに、アリシェンツァの頂に到達してからの話だ。

 手紙の返信通りに皇帝とスクルトは到着しているそうで、今はセシィとトゥリオを護衛に置き作業を見守っているとの事だ。


「あと、お前さんトコの領主様だがな――」


 グリマーニに限らず、各領の主達はこの地へ踏み込む事を禁じられたそうだ。一定期間に限っての話との事だが……。


「皇帝不在に加えて領主が不在とあっては、と言う事らしい。特にグリマーニ公爵は悔しがってたみたいだな」


「あの方らしいですね。他には何かありませんでしたか?」


「こんな所だな。じゃあ行くとするか?」


「行くって、どこにですか?」


「決まってるだろ?二人の……いや四人の所だ」


 ロメオに案内されたのは作業を、根源を見下ろせる高台だった。見慣れた後ろ姿に、老いても枯れを見せない凛々しく雄々しい後ろ姿が迎える。


「……遅く、なりました」


 逸早くセシィとトゥリオが振り返ったが、二人の行動はフランが予測を越えた。


「じゃ、ゆっくりとな」


「また後でね、ししょう!」


 過ぎ去る二人を呼び止めようにも、その姿は直ぐに消えてしまっていた。


「さ、俺も一服とするかな」


 葉巻たばこを弄び、ロメオまでもが踵を返す。

 

「――守り人が必要じゃの」


 優し気で柔らかな皺がれた声がフランを招く。


「【救世】の魔術師よ、清々しかろう?師を追い、師の願いを形にして師の背中に……憧れに追い付いたのじゃ」


 フランは皇帝の言葉に沈黙と、熟考を挟み返す。


「……確かに私は師匠に、賢者に憧れていました」


「まるで今は憧れていない様じゃな?」


「いえ……旅をする中で私はそんな事より、憧れよりも大切な目標を……いや、すべき事を見つけました」


「聞いても、良いか?」


「別れの連鎖を断ち切る事、もうひとつは……平和です。私は旅の最中、多くの人と出会いました――」


 思い出を語るには余りにも悲しい口調でフランは続ける。

 争いで肉親を失っても尚、人が為の夢を追い続ける少年。研鑽の果て“全”と言う真実を前に自死を選んだ魔術師。全と言う名の絶望から友を救おうと闇に堕ちた者。思想が生んだ愚かな闘争に巻き込まれ、それでも生きようと悪の道へと踏み入れた幼き勇者達。


 故に――


「私が、私だけが憧れを物にするなんて…」


「ほう、それが旅の果て、研鑽の果てに辿り着いた答えとな?」


 皇帝とスクルトが顔を見合わせ頬を緩ませる。


「ホッホッホ、若い、若いのぉ」


「えっと、あの…」


 二人の向ける柔らかな、そうまるで親が子へ向ける様な笑みに困惑するフランへ、ゆっくりとスクルトが手を伸ばす。


「フラン、それは果てを見た者が得た答え。全て知っても尚、己の在り方を失わなかった者の答え。故に魔術が根付くこの地では、貴女の様な存在は人々からの畏敬が向けられます」


「別れの連鎖を断ち切る大事を成し、次なる平和をお主が真に望むのならば、自ずと何が必要なのか……出すべき答えが何であるか見えてくるじゃろう?」


「畏敬……必要なこと……」


 二人が【救世】に込めた思いを悟り、ハッとした表情を向けるフラン。口の先まで出かかった言葉……しかし、かつてその名を冠した魔術師――黎明の賢者が成し得た誰もが知る平和と安寧(功績)と言うプレッシャーが、言葉を遮る。


「私は――」


 笑い混じりの声が二つ、フランの耳をつつく。


「ココぞと言う時に足踏みするのも師匠の教えだったのか?セシィ」


「うーん……弟子は師匠に似るって言うからね!」


 ニヤニヤといたずらっぽい笑みを浮かべた二人が、どこからともなく現れ水を差したかと思えば、フランへ優しく微笑み掛ける。


「ですが……私は……私には」


「師匠が一人で背負う必要は無いよ!セシィの目標は師匠の様な魔術師になる事、師匠の在るところにセシィ在りだよっ!ねっ、リオ兄!」


「だな!果てを目指す長旅、悪竜の討伐、次なるは平和、良いじゃねぇか!どこでも付き合ってやるぜ」


 フランに差し出される頼もしく、勇ましく、そして優しく温かな二人の掌。彼女は二人の手を強く握りしめ、込み上げる感涙を飲み込む。


「答えは得たようじゃな」


 決意に満ちた瞳を皇帝へ向け、大きく一つ頷く。続けざま瞳をダフネへと傾ける。


「……その名はきっと、貴女の背を押す追い風となるでしょう」


「はい!【禁解】フランチェスカ・アーシア、救世の名確と受け継ぎました」


 足下から槌の音が止み、代わりに声が届いた


「――じゃあ、これは私からの祝言、祝花代わりだな……人が必死こいて金槌振ってる間に盛り上がって」


 額に汗を滲ませたディーナが眩い後光を受け、フラン達の元へやって来る。表情には些かの疲労と、表せない程の達成感が浮かんでいる。


「ディーナさん!」


「おぉ、フラン終わったぞ。目を瞑りたくなるほどの光……上手く刻印が機能している証だな」


「ありがとうございますディーナさん。永遠に果てる事の無い整流器、これで別れの連鎖を断ち切れるのですね」


「驚くのはまだ早いぞ。近づいてみな」


 鼻を高々にディーナはフランの手を引き、煌々と光を放つ宝珠の元へと案内する。輝きの奥、フランの目に映るのは幾重に重なる発動刻印。それはまるで――


「花、ですか?」


「そうだ。言っただろう?祝いの花代わりだって。ついでにもう一つ意味を込めたんだけどな……」


「ハッハッハ、コイツは見事だ!咲き誇る無数の花、賢者達への弔花だろ?」


 豪快な笑いと共に現れたロメオ。軽快な柏手を打ちながらフラン達を称える彼は瞳に、溢れんばかりの涙を溜めていた。


「いやぁ、良い物を見せてもらった。過酷な旅路を乗り越えた旅隊(パーティー)、道中紡いだ絆が成せる大願への挑戦!そんな場に立ち会えた俺も、また幸運ってモンだ」


「じゃあ、幸運ついでに例の仕事の件無しってのはどうだ?」


「……トゥリオよ、ソレはソレでコレはコレ、お前さんは相変わらずだな」


 どさくさついでに見せるトゥリオの、ものぐさぶりで和やかな空気に包まれる最中、フランはそっと歩みだした。緩やかに、穏やかに滔々とマナを流し続ける宝珠の影、物言わぬ亡骸(パレンバーグ)の元へ。


「――師匠、お役目ご苦労さまです。次は私の……私自身の願いを叶えてみようかと思います。憧れを捨ててしまう不甲斐ない弟子ですが、どうか見守っていて欲しいです」


 フランの目から零れかけた大粒の涙――彼女は振り払う。微かに残る迷いと共に振り払い、師へ背を向ける。


「師匠!今までありがとうございました。ゆっくりとお休み下さい!」


 踏み出す一歩は力強く、されど穏やかに。夢が、願いが、決意が彼女の背中を強く押す。


「さぁセシィ、トゥリオさん!もうひと仕事!その次はまた大陸中を旅しますよ!」


「はい!師匠!東奔西走なんのその、救世フランチェスカが弟子、セシリアはどこへでも!」


「キツく無ければどこでも付き合うぜ」


 師の望みを叶え、悲しき別れの連鎖に終止符を打った若き魔術師は歩み出す。かつて馳せた英雄の名を背負い、新たな願いを抱え。

フランチェスカ達の旅は幕引き。救世の魔術師、これにて一先ず完結です。

最後まで読んで頂いた方々本当にありがとうございます。魔術と剣、そして冒険と王道ファンタジーを目指した作品、執筆中は主人公たちと共に広い世界を旅しているかの様に楽しく、時に大変でした。


まだまだ拙く至らない点は数え切れない程にあると思いますが、今後ともお支え頂けると嬉しいです。

ではまた次の作品で!

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