第三十四話 心配事 ②
「いったぁ……もう師匠!なにする……の?」
鋼鉄をも穿つ速さで鉄砲水が艇体のスレスレを通過してゆく。一度ならず二度、三度と確かな怒りと殺意を持った水の弾丸の射手を特定するに時間は要さなかった。
「ヌシ、ネヴィグィラです!トゥリオさん、ロメオさんに報告を!」
「オウよ!」
「セシィ、防御を張ります。手を貸してください」
「もちろん!」
声を合わせ、意識の深層までを通わせ敷くは思考と技術の限りを尽くした防御陣形。唱える術は普遍でありながら、師弟の絆が成した技の結晶。
前後側方底部を防護で巡らす空の方舟は宛ら、不落の天空要塞。
「北方城塞の砲台くらいなら手放しで耐えられるでしょう」
場にそぐわぬ喝采と称賛が空気を割いた。続く呵々大笑はヒリヒリとした空間を気づく間も無く和ませた。
「俺の船がまるで艦隊の旗艦じゃねぇか!コイツぁどんな砲弾でも沈む気がしねぇ!」
「相手が砲弾を撃ち込んでくるなら、ですがね」
「なんでぇ、つれないな。まぁいい、嬢ちゃんどうだ?やれるか?」
「見逃してもらえないのなら、腹を括るしかありませんね」
「よっしゃ、そうと決まればどうすりゃ良い?」
考え込むとフランは甲板上を見渡した。
「ロメオさん小舟なんてありませんか?」
「あるぜ。だが、一体何に……」
「突撃、ですよ」
一同が唖然とした。粗略な策には勿論の事、普段であれば石橋を叩けども渡らない判断すら下すフランが突撃など、と。
「どうしたフラン、旦那の筋肉が脳ミソにうつったか?」
「どんな状況ですかソレ、私はいたって大真面目なんですが」
ただ突っ込むだけなど無策にも程があるのは言うまでも無い。突撃は過程に過ぎず、後にはしっかり考えあっての発案だと頬を膨らませている。
「分かった分かった。で、アイツに突っ込んだ後はどうする?小舟をぶつけた所で大した傷にもならないだろ?」
「そりゃあ戦うんですよ。飛空艇では近づけないので、突撃はあくまで奴に近づく為の手段ですよ」
他にも方法がある筈だと頑なに飛空艇からの高速空中散歩を拒んでいるが、無駄に時間を消費している余裕は無さそうだ。防御を張り巡らせたとは言え、引切り無しに飛んでくる水蛇の魔物の怒りは着実に守りを削いでいる。
「セシィ、ちょっと良いですか?」
肩から下げた鞄の中身を漁るとフランは、麻紐の束を取り出し、一部を三つに切り分けた。
続けて、弄り取り出したのは何の変哲も無い筆記用のインク瓶。麻紐を一本取り、チョンと先端を浸し完成。
「トゥリオさん、この船を包む防御魔術の脆くなった部分の補強ないし補修は可能ですか?」
「……出来ない事は無いな。二人ほど器用じゃねぇから不格好かもしれないが」
ニッコリと微笑みフランは紐を握り締めた手を前面に。
「ならば公平ですね!先程色を付けた紐はハズレ、引いた人はココに残って防御に専念。当たりの二人は突撃ですよ!」
「うん……逆じゃねぇか?当たりっつーか罰ゲームなんだが……」
「ホラッつべこべ言わず引いて下さい」
「じゃあセシィはコレ!」
フランも一本摘み、残るはトゥリオのみ。渋々手を伸ばし、一斉に結果発表。
「ハズレちゃったよ……」
「よしセシィ交換してやろう」
「イイよイイよ、リオ兄折角当たったんだからさ。師匠と楽しんできてね!」
「イヤイヤ遠慮すんなって、ホラッ、な?」
「トゥリオさん往生際が悪いですよ。さっさと舟に乗って下さい!」
尻を蹴とばし、嫌がる彼を小舟に押し込み逃げ出さない内に射出だ。
「しっかり掴まってて下さいね」
ニッと笑み浮かべ一息に唱える。
「――弾ケ、飛翔、上天ヘ赴ケ」
飛空艇のきわから勢い良く飛び出したトゥリオを追ってフランも小舟へ飛び乗った。送り出しはセシィが放つ盛大な一撃は、先駆者を置き去りにした。
「あぁもう!しょうがねぇ!フラン、宙に足場を作ってくれ。こうなりゃヤケだ!」
「良いでしょう、覚悟が決まったようですね。では、支踏、支場ヲ成ス」
標的の眼前まで宙に飛び石が連なる。
舟を乗り捨て空を踏んだトゥリオは、面前に刃を構えネヴィグィラへと迫る。
「相手にとって不足無し。最初から本気で行くぜ――炎鎧、戎器ニ纏エ」
最後の一踏み、緋色纏った剣を上段に魔物の脳天へと飛び掛かる。
落下に合わせた振り下ろし、留まる羽虫が両断される程に鋭利な刃が落石の衝撃を兼ね備え頭蓋を襲う。
結果は無傷。鱗の表皮を剥がす事すら叶わない。
「マジかよ……」
「トゥリオさん、コイツもしかすると“変異種”かも知れません。だとすれば一筋縄ではいきませんよ」
「そうかいそうかい。だったら腕が鳴るってモンじゃねぇか!」