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第三十三話 旅の成果 ①

 無事に耐魔布を入手、コルフィオ村を発ち一日。エノカルド砂漠上空を飛行、一行はディストビア交易都市へ向かっていた。


「おっ、見えてきましたよ」


 フランが指す南東には遠目からでも大規模が窺える都市。あれぞ正に目的地の〈ディストビア交易都市〉である。


「ほぉーデッカイね。ねぇリオ兄――」


 セシィが振り返るとピッタリ追従していた筈のトゥリオと大きく、叫べども声が届かない位には離れてしまっている。


「ししょー、リオ兄が遅れてるみたい」


「何かあったんでしょうか?一旦下りましょう」


 地上へ下り、遅れてトゥリオが合流。彼自身は出発前と変わりないが、翼獣にかなりの疲労が溜まってみたいだ。再び背に乗らせて貰うには暫し休憩させてあげなければならないだろう。


「しゃあねえな歩くか」


 大地を踏んでみれば目的地までは万里を思わせる距離だが、どんな長途であろうと足下から。三人と三匹は渇いた喉を潤し、都市へ向け歩き出した。

 砂漠地帯と言えどもこの地域は比較的地質が安定している為、思った以上にスムーズに距離を稼げそうだ。


 しかしやはり、刺すように照り付ける陽射しは着実に身体の水分や体力、何より気力を削り取っていく。

 水と食料は潤沢だがこの環境、油断すれば大事では済まない。


「少し休憩しましょう」


 翼獣もまだまだ万全とは言えない。当面の間、羽ばたくのは難しそうだ。


「あっついねぇー。溶けちゃいそうだよぉ」


 滴る汗が一瞬で蒸発してしまう地獄の様な熱砂の中だ、疲労が回復しないのも無理は無い。早く日が沈むか、雨でも降ってくれない限り、きっと三人は干からびてしまうだろう。


「二人とも朗報ですよ。近くにオアシスがあるみたいです」


「じゃあ、そろそろ行くか?」


「だねぇ。歩いてても止まっても暑いや」


 再出発前にもう一度しっかり水分補給、オアシスへ都市へ向けて重たいながらも歩を進め始める。

 連なる丘を越え砂地を過ぎ、広がるは岩石地帯。そそり立つ岩壁を掻い潜り、深い谷を跨いだ先には、当地の果てまで及ぶ(れき)砂漠が姿を現す。更に向こうには太陽を反射する鏡の様な煌めきも。


「見えてきたな」


「あと少しだね!」


「もうひと踏ん張りですよ」


 喜びは三人の疲れを一気に吹き飛ばし、オアシスへと向かう足取りを大空に浮かぶ雲より軽くさせたのも束の間、易々と涼に触れさせまいと何かが迫る。

 目を見張る速さだ。砂塵の嵐を巻き起こし、迫り来るソレは瞬きを幾つも挟む間も無く一行の眼前へ――


「ふたりとも伏せてっ!」


 辺りが炎に包まれた。ある一部を除いて。


「セシィ、助かりました」


「コイツぁ随分と厄介な奴が……」


 蒼白い炎が揺れる真っ赤なクチバシ。筋肉の塊を羽毛で覆ったかと思わせる強靭な胴体を支える両脚は豪脚と呼ぶに相応しく、大鎌の様な爪を備えている。


「――火喰鳥の魔物(フェロアーラ)、だね……大丈夫、セシィならできる」


 右手に短剣左手に杖、臨戦態勢を整えたセシィに続き柄へ伸ばしたトゥリオの腕をフランが引き止める。

 重なる瞳と瞳、心を通わすのに言葉はいらなかった。


「大丈夫、うん。やれる……やれる!」


 心を決めるが如く一声、膠着状態を打ち破った。

 初撃は杖での横払い、様子見などと慢心は一切せず駆け出しから全力だ。心配は要らず次手もだ。


 頭部への殴打で揺れた視界、遠のいた意識を取り戻させまいと軽やかな二段蹴りをクチバシへお見舞い。大きく反った身体、胴の下目掛け――


光柱立シ、天ヲ貫ケ(エルーチ・レストロ)!」


 天高く打ち上げられたフェロアーラ、意識を地上へ忘れ為す術は皆無。好機、とセシィは左手の短剣を右手に翳し唱える。


「我は汝の力を欲する者。数多の繁栄支えし火の精霊よ、我は求める。」


 朱の滴る左手を空へと掲げ、魔物を睨むセシィにかつての未熟さはもう無かった。


「波涛を浴びども揺らがぬ不消(ふしょう)の力を。大悪をも白へと還す浄火(じょうか)の力を――我の乞い、応ずるならば荒ぶる対の嵐を以て灼き尽くせ」


 焔が立ち、風を纏いて荒ぶ炎の嵐が躍りだす。


「過熱双炎ノ嵐!」


 業火渦巻く対の嵐は逃れる間も与えず瞬にしてフェロアーラを飲み込む。


 景色を揺るがす灼熱の炎が後に残したのは、くゆる煙と僅かな灰。一陣の風が過ぎれば後には何も残らなかった。


「――セシィ、よく出来ました。見事な立ち回りでしたよ」


「ちとやり過ぎた感じはするがな……腰が引けてなかったのは成長の証だな!」


 二人に担ぎ上げられ最初こそ嬉しそうだったセシィの表情は徐々に驚愕で上塗りされていく。


「セシィ?どうしました?」


「あれ、あれ!みてみて」


 示す方向へ目を遣るとそこには見慣れた飛空艇。身を乗り出す悪漢風の人物にもまた見覚えがある。


「ハッハッハ!お前さんら、随分と派手にやってるなぁ!」


 腹の底から鳴らす豪快な笑い声、間違いなく彼のモノだ。


「待ってろ、今はしごを下ろしてやるからな」


 縄梯子と並んで翼獣用の止まり木が地面へと垂れる。足踏み状態のトゥリオを無理矢理はしごへ掴まらせ艇上へ。

 甲板は大量の積み荷で溢れかえっている。


「ロメオさん、先に都市へ向かっている筈では?」


「そのつもりだったんだがな、急ぎの別件が入っちまってなぁ。ついさっき片付いて今から向かう所だ」


「道具の調達とやらは大丈夫なのか?」


「問題ねぇさ。ディーナ嬢は先に向こうで降ろしてやって来たからな」


「なら安心だね!」


「オウよ!準備はもう万端だ。さぁ都市まであっという間だぜ」


 梯子を引き上げると飛空艇は目的地に引っ張られるかの様に真っすぐ進みだした。グングンと足よりも速く、翼獣の羽ばたきよりも力強く。

 

「いよいよ終わる……いや、終わっちまうのか」


 手すりに身体を預け風を浴びながらトゥリオは哀愁を絡ませ呟いた。


「寂しそう、ですね」


 今の彼は自身の感情が理解できないらしい。喜びと同時に虚しさが込み上げる不思議でこの生涯味わった事の無い不思議な感情だそうだ。


「達成感、と言うモノではありませんか?」


「達成感ねぇ……俺は生まれてこの方、何かを成し遂げた事が無いからなぁ……」


「じゃあ、そんな初めての事ならもっと嬉しそうにすればいいのに」


 無理矢理トゥリオの頬を摘み上げるセシィ。いつもなら取っ組み合いに発展するが今日ばかりは、唯優しく微笑むだけだった。


「トゥリオさん、どこか調子でも悪いんですか?頭以外で」


「頭もなんともねぇよ!」


 調子を取り戻した口調で返すと、顔を逸らしトゥリオは続ける。


「この旅が終わったら、お前達との関係が終わっちまうんじゃねぇかって……ずっと考えてたんだ」


 騒がしい風切り音の中にクスクスと小さな笑声が混じる。


「んだよ、何か可笑しいかよ」


 フランとセシィは見合い、笑顔を重ねトゥリオへ返す。

 そんな筈は無い、と一言。寧ろ別れ離れる理由などドコにあろうかと、何よりアナタを一人にしては何をしでかすか分からないからと。


「面倒くさがりのリオ兄をほったらかしたらどうなるか分かんないからね!」


「お前らなぁ……これでも俺は一応――」


 ズシンと足から腰へ響く揺れが起きた。気づけば飛空艇の高度は落ち、流れていた景色も止まっている。


「お(めぇ)さん達到着したぜ、ディストビア交易都市だ。ディーナを呼んでくるから待ってな」


「分かりました――で、トゥリオさん先程はなんて?」


「何でもねぇよ。取敢えず、この後もよろしくな」


 早足で船室へ去って行くトゥリオの横顔は熟した苺の様に染まっていた。


「リオ兄も意外と恥ずかしがり屋さんだねぇ」


「そうですね……ん?リオ兄も?どう言う事ですか?」


「えへへ、そりゃあ、ね!」


 一目散にセシィは甲板上を駆け、船室へと飛び込んでいった。

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