第三十二話 力仕事 ②
「っああ!埒が明かねぇな!フラン、一発魔術でやっちまってくれ」
「え?そんなのアリですか?アリなんですか?」
しきたりや伝統など気にもしない頼み、青年はやれやれと首を振っていた。
「まぁ、細かな作法がある訳じゃないからね」
ひとつだけ注意事項があるそうだ。なんでも、破るととんでもない事件が起こるとか起こらないとか……。
「知っての通り、耐魔の竜木はマナや魔力を弾く。寸分たがわずクサビを狙わないとどうなるか分かるね?」
「大丈夫、大丈夫。なんてったってコイツは賢者の弟子、フランチェスカだぜ?なぁ?」
「……どうなっても知りませんからね」
渋々と背負っていた杖を手にトゥリオの陰へと回り、傷ひとつ付いていない魔拡石をチラリと覗かせクサビへ定める。
何を隠そうフランは杖を新調する度、惨事を起こして来たのだ。
一度目は魔物の襲撃により孤立した衛兵の救出へ新品の杖を片手に向かった時。新たな相棒から放たれた魔力の一塊は、彼らのキャンプ諸共標的達を一掃してしまった。
二度目は竜骨の杖を師から授かって間も無くの事。領主の生誕を祝う祭典にて祝砲の魔術を放った際に、協会建屋を半壊、怪我人こそ出なかったが領主の顔が青ざめるサプライズとなった。
(忠告はしたので……)
フランは自分に言い聞かせ微調整、改めて狙いを定めた。
「弾ケ、飛翔、上天ヘ赴ケ」
二つのクサビへ向けた三連撃は、吸い込まれる様に着弾。一同が抱いていた心配は杞憂に終わり、巨木は狙い通りの方角へ倒れた。
「さすが師匠!お見事だよ!」
「うんうん上出来。残る作業は切り分けと搬送だ。その後はもう職人にお任せだね」
ゴールは目前、いそいそと道具を手に取り掛かる。この先は危険が少ない事からセシィも合流、道具の扱いにさえ気を付ければ何のことは無い簡単な作業だ。体力さえあればの話だが。
「コレ中々進みませんね」
「うん……骨が折れるかも」
息を切らし続行しているが慣れない蒸し暑さの中でどんどん体力は消耗するばかり。見兼ねた青年が冷えた飲み物を手に休憩を促す。
「そうだな。身体の水分がもうすっからかんだぜ」
地元の人々は物ともしないが、来訪者にとってこの地は酷暑。冷たい飲料が全身に染み渡るのを感じ三人はその場に崩れ落ちる。
「っはぁー!生き返るぜ」
「折角手伝ってくれてるのに倒れられたら申し訳ないからね。もう少し休憩してると良いよ」
青年の言葉に甘え今しばらく身体を休める事にした。
漂う土や木の香り、聞き慣れない鳥や獣の声に癒される中、トゥリオがフランへ唐突に尋ねた。
「目的、ですか?」
「オウ。何かやりたい事、挑戦したい事や行きたい所でも良い。なんか無ぇのか?」
フランは戸惑うばかりだ。
目的、と言われても今は裂割塊石を据え、別れの連鎖を断ち切る為の道をひた走る最中。行き付く所がソレそのものなのだから、と伝えるも彼が聞きたい事とは食い違っている様だ
「それはあくまで師匠の願い、師匠が成す筈だった事だろ?お前自身の夢や、やり遂げたい事は無いのか?」
「うーん、そうですねぇ……」
思い、考えを巡らせフランは一つ呟く。
「平和、ですかね」
「と言うと?」
此度の長旅の中で多くの出会いがあった、多くの別れがあった。多くの事件や珍事にも巻き込まれ、首を突っ込んで来た。中でもフランの記憶に深く刻まれているのは思想、考えの違いで数え切れない程の争いが起き、数え切れない程の命が犠牲になっている事実。残された者達がそれでも強く生きている事実。
幾つもの悲しみや怒りに触れて来たからこそ、抱く夢は平和なのだ。
「ほう……セシィ、お前さんの師匠はこう見えて立派な様だぜ?」
「こう見えて?リオ兄ヒドイ事言うね。師匠はいつだって立派な師匠なんだから!」
最早定番となったじゃれ合いが始まろうとした時、青年から再開の号令。一行は再度、鋸を取り重い腰を上げた。
その後は休憩の甲斐あってか順調に事は進んだ。一本の幹を全て等間隔に切り分け、最後は加工場に運ぶだけだ。
嬉しい事に軽傷だった人達が運ぶだけならと手を貸してくれた事で、最後の最後は少しだけだったが楽に仕事を終えられた。
「イヤぁありがとう。コレで一月は暮らしていけるよ。当然君達に渡す分を除いてもね」
手持無沙汰に加え、後の生活に怯え陰が掛かっていた住人達に笑顔が戻っていた。
「さて、欲しいのは一反ほどだったね?一晩もあれば加工は済む、その間どうだい?ウチで食事でも。寝床の提供も可だ」
彼の同僚が言うには青年の料理スキルは、就く仕事を間違えていると言いたくなるくらいの達人級らしい。
伺う理由はあっても断る理由は無い。住宅地の一画、彼の生家へと向かった。
「直ぐに準備するからね。適当にくつろいでいてくれ」
外はジッとしているだけでも暑いのに屋内は不思議とヒンヤリとしている。高床式と天井に設けられた通風窓が存分にその機能を発揮しているお陰だそうだ。
火照った身体から熱が抜けていくと同時に今度は眠気を誘って来る。力仕事の後もあって三人は気づけば夢の中に居た。
「――おーい。三人共、準備できたよ」
続々と食卓へ並ぶ豪勢な料理たちの香りに釣られ一斉に目を覚ます。欠伸に合わせて腹の虫が喚いた。
「腕によりをかけて作ったよ。さぁ召し上がれ!」
煮込み、丸焼き包み焼や炒め物、見るからに異国風だが、食べずとも美味と分かる姿は垂涎もの。食前の感謝を揃え、皆が手を伸ばす。
肉や魚はホロリと崩れ、野草野菜はえぐみ渋みが一切無い。調味も絶妙で、適度な甘みに後を追う辛み。すっきりとした果実の酸味は疲労気味の身体を内側から和らげてくれる。
食後のデザートも絶品だ。そのままであれば渋さで食えた物ではない果物を甘く煮詰めて冷やし、仕上げにはちみつをふんだんにかけた伝統のスイーツは祝い事には欠かせないそうだ。
「ふぅ、食べた食べたぁ」
「良い食べっぷりだ。作った甲斐があったってモンだね」
「アンタの仲間も言ってたが仕事を間違えてんじゃねぇのか?」
「よく言われるよ。ただね――」
青年の表情に悲しみが映る。
五年前の大きな戦いがきっかけだそうだ。杣人の父と薬師の母を持っていた青年家を含む集落一体の大人は兵として徴収された。
戻って来れたのは約半数。青年の父母はその半数には入っていなかった。
「唯の自己満足だよ。誇らしかった親父の真似をしたかっただけかもしれないね」
「……争いで……戦で」
「悪いね湿っぽくしちゃって。つまるところ成り行きで僕はこの仕事って訳さ」
青年は席を立ち、戻って来たかと思えば手には酒瓶が握られていた。
「さぁ嫌な空気はコレで吹き飛ばすとしようか!」
酒が入ると忽ち、陰鬱な空気はドコかヘ過ぎて行った。時間が過ぎるのもあっという間で気づけば日を跨ぎ朝を迎えていた。
「――じゃあコレが約束の品だ」
「ありがたく使わせて頂きます」
「いやいやコチラこそ、ね。機会があったらまたおいでよ、その時は木を切るんじゃなくて色々と案内するからさ」
「うん!また来るね。その時はまたご馳走作ってね!」
「勿論だ。じゃあ気を付けてね」
固い握手を交わし三人は集落を後にした。