笑いこそ命
俺は売れない漫才師。相方が最悪だ。
突っ込みなのに噛みまくりだ。
俺がいくら絶妙のボケをかましても、奴が噛んで滑る。
だからどんなコンクールに出ても、大会にエントリーしても、予選敗退。
ネタ合わせの時は完璧なのに、本番で悉くしくじるのは、故意にやっているのではないかと思ってしまうほどだ。
コンビを解消しようかと真剣に考えた事は幾度となくあった。
しかし、代わりの相方がいない。
それで諦めていた。
そんな俺の前に、まさしく天から遣わされたのではないかという相方候補が現れた。
突っ込みの達人だ。
どんなボケでも拾い、完璧に突っ込む。
是非コンビを組みたい。
しかし一つ問題がある。
そいつにも相方がいるのだ。
但し、ボケ切れないボケ役。
そいつの中途半端なボケすら、奴は拾って「モノ」にしていた。
もうこいつ以外考えられなかった。
俺は思い切って、そいつに話しかけた。
「俺とコンビを組まないか?」
俺は心臓が高鳴っていた。断わられるのを覚悟で言ったからだ。
だが、そいつの答えは意外だった。
「もう少し待ってくれ。相方がもうすぐ死ぬんだ」
「えっ?」
俺はギクッとした。ネタか? 最初はそう思った。
よくよく聞いてみると、奴の相方は、ガンなのだそうだ。
余命一ヶ月。それまでコンビを続けたいと言う。
そんな話を聞いたら、俺は誘えなくなった。
「相方が死ぬのを待って、コンビ組むなんて、あまりにも非常識じゃないか?」
俺はそいつに言った。するとそいつは、
「あのヤロウにはウンザリなんだ。解散したかったんだけど、その矢先にガンになってさ。それを理由に解散したら、俺の評判が悪くなるだろ? それも将来的にまずいからさ」
と言った。俺は虫酸が走った。
こいつ、相方を何だと思っているんだ?
消耗品だとでも思っているのか?
こんな奴とコンビを組んだら、どんな目に遭うかわからない。
俺はそう思って、そいつとのコンビを諦めた。
そして一ヶ月後。
そいつの相方は、話の通り、ガンで死んだ。まだ二十代だった。
葬儀に参列し、相方の遺体に縋り付いて泣いている奴の姿を見て、俺は奴が強がりを言っていたのだと気づいた。
俺はふと自分の相方を見た。
そして自分自身を省みた。
俺は奴より酷い奴だ。
相方を切ろうとしていた。自分のために。
だが、奴は最後まで相方を見捨てなかった。
俺は理解した。
まだ俺達は生きている。
生きているなら、先はある。
まだ頑張る余地はあるはずだ。
俺は相方を誘い、ネタ合わせをするため、劇場の稽古場に向かった。
まだだ。まだ終われない。
笑いこそ俺の進む道。
笑いこそ我が人生。
笑いこそ、我が命。