エピローグ
少女は駆け出した。
数歩進んだところで、遠くで何かが爆発する様な音を聞いた。
思わず立ち止まり、防空頭巾をずらしてそちらへ顔を向けた。
すぐに気を取り直し、再び薄暗い岩場に足を踏み出そうとした際に、うっかり躓いてしまった。
その時、抱えていた白い包帯が小さな手からこぼれ落ち、海風を受けてヒラリと宙に舞った。
だが少女はその端っこを掴み、決して離そうとしなかった。
そして早く手繰り寄せなければと、懸命に両手を動かした。
遠目には、薄闇の中で彼女が真っ白な布を振っている様に見えた。
少女が包帯を届けようとしていた壕の入口には、外に向けて銃を構える見張りの兵士が二人いた。
そのうちの一人が、海に向かって白い布を振る少女を見て、狂った様に何かを叫んだ。
そして少女に銃口を向けた。
銃声がして、彼女の身体に痛みが走った。
白い包帯や、母が縫ってくれたモンペに、真っ赤なデイゴの花弁が散るのを見た。
デイゴの花なんてどこにも咲いてないのに。
少女の脳裏に浮かんだのは、青い空と真っ白な浜辺。
砲撃も爆撃も銃声もない世界。
そう、まるで楽園のような――平和な世界。
咲き誇るデイゴの花の下、波打ち際で、楽しそうに笑い合う人々。
そして、笑顔ではしゃぐ若者たちの姿。
恋人たちや家族たちの楽しそうな――。
急に力が入らなくなり、目の前に地面が迫って来た。
少女はうつ伏せに倒れ込んだ。
もう痛みは感じなかった。
ただ、音が殆ど聞こえなくなった。
幼い頃に聞いた「ニライカナイ」のことを思い出した。
海の彼方にあるという天国の話だ。
お婆ちゃんが亡くなる時、そこへ行くのだと教えられた。
でも彼女は、天国とは空の上にあるものだと信じていた。
だからお婆ちゃんのことを思い出す時には、必ず空を見上げていた。
でも……と、少女は思う。
空はきっと海よりも遠い。
私が辿り着く頃には、こんな戦争なんて終わっているかもしれない――。
それが短い人生の最期に、少女の心に去来した想いだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます
これでこの物語、「Re:Resort」は完結となります
お読みいただいた皆様、ご感想や誤字報告をくださった方、評価やいいねをくださった方々、皆様にお礼を申し上げます
こんなささやかな拙作についても、ご感想やご評価などをいただけたら励みにもなりますので、何卒、是非是非、お願いします
長編で、かつ回想などで時系列が前後することがあって、とても投稿向きではなかったかもしれませんが、どうにかこうにか完結できてよかったです
プロローグとエピローグは本編の筋ではないので、特にプロローグであらすじを誤解されると残念だとは思いましたけど、本作のイメージシーンとして意味があると思い挿入しました
内容的には、「人生で一度は行った方がいい」と友人たちから言われることが多いリゾート、ハワイと沖縄……
みんなが憧れている楽園なのに、日米間の戦争では、戦争が始まった島であったり、日米双方にとっては最後の陸上戦が行われた島だったという、ちょっと悲しい現実があります
雅先生には平成が始まったばかりの時代の情景や若者たちの様子をうまく描写していただきました
あらためてお疲れ様でした
二人では今ガラっと趣向を変えて、日本の占領時代を舞台とした猟奇殺人とそれに翻弄される人々を描く、ちょっとシリアスなサスペンス風の作品を構想しております
どういった形で発表できるかわかりませんが、またお付き合いいただければ幸いです
最後に、本当の本当にお読みいただいて、ありがとうございました
くりはしみずき(雅あつ)




