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Re:Resort  作者: 雅あつ
24/25

23.ここは……

 

 ◇


「穏やかな顔してたよな、教授」

「ああ」


 晴れた夏空の眩しさに、思わず目を細めた。

 都内にある斎場、緑に囲まれたこの瀟洒な佇まいが、再会した瀬川教授との永遠の別れの場となった。

 長谷川ともかれこれ数年ぶりの再会になるが、互いに喪服姿というこの状況も、僕らの歳ではもうさほど珍しいことではないのかもしれない。


「弔電、来てなかったみたいだな、シンディから」

「うん。ご連絡、感謝します……なんて、ショートメールは届いてたんだけどね」

「へえ、そうなんだ」


 粛々と斎場を後にする参列者の多さに、故人の人望の厚さが偲ばれる。

「さすがですね」という想いと共に、また空を見上げた。


「お前、この後どうすんの?」


 長谷川が聞いて来た。

 言いながら辺りを見回しているのは、喫煙所を探しているからなのか、それとも別の理由でもあるからなのか。


「いったん戻って着替えてから、すぐ実家へ行かないと」

「おー、今から沖縄か。海斗君、もう夏休みなんだっけ?」

「うん。ただ、二人はもう先に行ってるんだけどね」

「なるほど」


 そろそろ連絡を入れておかないと。


「で、長谷川は?」

「俺? 俺は明日から、モルディブ、モーリシャス、セーシェルってさ、リゾート好きなセレブ達のお供で、クルージングの水先案内だよ」

「セーシェル? どこだっけ、それ。……いや、そんなことより、あれから船員の学校へ入り直して、よく航海士になんてなれたよな。すごいよ、やっぱり」


 話しながら門を抜け、通りに出た。


「何言ってんだよ、お前だって超名門中学で立派に先生やってるじゃないか。その初志貫徹ぶりが、比嘉武幸たる所以だよなあ、やっぱり。教授も喜んでるぞ、きっと」

「はは、そうでもないよ。……まあ、この歳になって何を今さらって言われるかもしれないけど、ときどき思うんだよね。自分がなりたかったのは、果たしてこういう教師だったのだろうか……ってさ」

「何を今さら」


 背後の歩道脇にタクシーが乗り付けた。

 喪服姿の女性一人が降りて、斎場の門を入っていく。

 別れを惜しむ人々の来場は尽きない。


「うん……いや実は、沖縄の公立中学にいる親戚から、向こうに帰って教師やらないかって、誘われているんだよね」

「ほう、それで?」

「断ってるよ、何度も」

「ふーん。ま、そろそろいいんじゃねーかって気もするけどねえ」 

「え?」

「俺たちもさ、ほらもういい歳だし、今までどうにかこうにか折り合いをつけながらやってきたんだろ? この街とさ」


 人差指を真下の歩道に向け、ヒョイヒョイと動かす。

 東京――。


「たまに来るのにはいいんだよ、それなりに刺激もあるし。そういう意味じゃ、まあセーシェルやなんかと一緒なのかもな」

「は?」

「ずっと居続けるところじゃない。ふらっと来て、遊んで帰るくらいが丁度いいってこと」


 まさか長谷川に言われるとは。

 いや、というか――。


「何かそれだと、東京がリゾートだって、言ってるみたいに聞こえるけど?」

「ははは。どうだかな」


 答えになっていない。


「……しっかしアレだなあ、シンディも薄情だよな」

「ええ?」

「だって連絡さえついてりゃ、一応数十年ぶりに話ぐらいは出来ただろ? おまえたちも」

「まあね。見事にタイミングが合わなかったからなあ、今回は」


 ひょっとすると、必死になって連絡を取らならなくても何とかなるだろうと、タカを括っていたのかもしれない。

 いや、お互いに。


「相性悪いんじゃないの? 俺の見立てが間違ってたのかなあ、昔も今も」

「ははは、そう言うなって。まあでも、お陰で色々と思い出せたよ。あの頃の……というか、あの夏の? 色んなことをさ」

「色んなことねえ……」


 長谷川がポリポリと頭を掻きながら「あー左様ですか」と絵に描いた様な苦笑いを浮かべた。

 この際だから、君もたまには振り返ってみるといい。若気の至りを。

 大通りが近付いて来た。


「俺、この先のパーキングに車停めてんだよ。途中まで乗ってくか?」


 黒いネクタイをシュっと外しながらそう言った。


「いや、駅まですぐだからいいよ。高級車を拝めなくて残念だけど」

「レンタカーだよ。帰国している間だけ借りることにしてんの。そんな高価なものを買って、オカに置きっ放しにしとくつもりはないね」

「それはそれは」


 僕もネクタイを外し、折り畳んでポケットにしまった。


「じゃあ、家族によろしくな」

「ああ」

「今度の航海から戻ったら、一度ゆっくり飲もうぜ」

「わかった。じゃあまた」


 彼は「じゃあな」と軽く手を振りながら背を向け、脱いだ上着を肩に引っ掛けながら歩き去って行った。

 踵を返し、僕も駅に向かって歩き始めた。

 長谷川にはああ言ったが、十五分程度は歩くことになる。

「すぐ」かどうかは意見の分かれるところだ。

 それにしても暑い。

 いったん空を仰ぐと、上着を脱いでから袖を捲った。

 黒いタクシーが追い抜いて行った。

 やはりここはタクシー利用者が多いらしい。


「タケ……」


 一瞬、呼びかけてくる懐かしい声を思い出したが、立ち止まらず、駅への道を歩き続けた。




 到着ロビー、アナウンス。家族連れ、カップル、団体客。

 もちろん「季節柄」というのもあるだろう。

 混雑する人々のほとんどは観光客だ。

 ここ沖縄でのリゾート旅行を満喫しようと来島する人たち。


「あ、もしもし」


 左手にスマホ、右手でスーツケースを転がしている。


「……うん、今着いたところ……いや、だってしょうがないじゃ……え? ……ああ、うん……え、なに大臣だって? ……いや、いいよ……うん、とりあえずバスで帰るから……はい……はい、じゃあね」


 切る時に、画面の端に出ているマークに気付いた。

 いつの間にか……搭乗中だろうか、留守電を預かるセンターに伝言が入っていたらしい。

 センターに連絡し、自動音声に従って再生ボタンを押した。

 だが残されていたのは、何と彼女からのメッセージだった。


「タケ……」


 呼びかけてくる懐かしい声。


「ハーイ、タケ。連絡、サンキュ」


 シンディ――。

 声の感じも、昔とそれ程変わらない。


「……何か、タイミングが合わなくてごめんなさい。もう残してもいいかなーと思ってね、留守電」


 気まぐれな――。


「……ああ、ちょうどカンファレンスで東京に来ていたものだから、終わってからすぐ葬儀に駆け付けたんだけど、会えなかったみたいで、残念」


 なんだ、来てたの?

 落胆というより拍子抜けをしつつ、その辺にあったベンチに腰を下ろした。


「タケは、元気? 私、あれから頑張ったんだよ。ハワイではそっちの方面で、今じゃけっこうな有名人なんだから。ハハ、なーんて……タケも、頑張ってる? 結婚したっていうのは、長谷川氏から聞いた。ちなみに、今でもエアメールで年賀状のやりとりを続けてるのは、チエと、長谷川氏だけなの」


 皮肉にも、何とも懐かしい組み合わせだ。


「タケとは、会って話したかった様な、会いたかった様な……ハハ、だってほら、もう何十年も経つわけでしょ? オバちゃんになった私を見られるのって、やっぱりなんか恥ずかしいし……」


 ははは、僕だってもうオジさんだよ。


「……まあ、それはいいとして。オハナ……家族を、大事にしてる? きっと今のタケにとって、大切な唯一の居場所になっているんだろうな……うん。じゃあ、元気でね。これからも夢に向かって、頑張って下さい。ゴーフォーブロークン!」


 スマホを切ると、真っ黒な画面に自分の顔が映った。

 まんざらでもない表情をしている。


「けーたんなー」


 声のした方を見ると、六十絡みの男性が誰かに笑顔を向けていた。

 ちなみにこれは「お帰り」という意味の沖縄方言――うちなーぐちだ。

 そこへ近づいて行ったのは、三十代と思しき夫婦と、小学生くらいの幼い姉妹。


「なまちゃん!」


 これは「ただいま」だ。

 故にこの家族は観光客ではない。

 迎えたのはきっとお爺ちゃんなのだろう。

 孫娘たちはディズニーグッズの「お土産」を抱えて嬉しそうに笑っている。


「いやー、やっぱりくまが一番さー」


 ちょっと紛らわしいが、彼女たちのパパは「やっぱりここが一番だ」と言っている。


「だからよー」


 横の奥さんが「そうだねー」と同意して笑い掛けた――いや待て。

 いつまでも、よその仲が良さそうな家族を観察している場合じゃないだろ。


「よし」


 ポケットにスマホをしまい、立ち上がった。

「なまちゃん」か。

 妻には前に説明したことがある。

 頭がいいからきっと覚えているだろう。

 海斗はすぐにスマホで調べるはずだ。

 いや、間違いなく。


 観光客の団体が大きな声で笑いあっている横を通り抜けて、エントランスの扉に近づく。

 熱気とともに、太陽と湿気が混ざった懐かしい匂いがしてきた。

 沖縄のこの小細工無しの暑さは、たぶん僕の気質を育んだ空気だ。

 歩きながら胸いっぱいに吸い込んでみる。

 深呼吸でも溜め息でも、好きにすればいいさーというその空気が、僕に「けーたんなー」と言っている様に思えた。

 僕にとってここは――。

 ガラスの自動ドアが開いた。

 そうだ。

 ここはリゾートなんかじゃない。



お読みいただき、ありがとうございます

どうにか、ここまで走ってこれました。。。

お読みいただいた皆様、ご感想をくださった方、本当にありがとうございます!!


「エピローグ」 へ続きます

次のエピソードで、この物語は完結となります


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