プロローグ
少女は急いでいた。
家族のいる農園へは、この丘を越えて行くのが一番の近道だった。
もうだいぶ陽も上っている。
夜明け前に家を出た両親と兄たちの顔を、思い浮かべた。
きっとお腹を空かせている頃だろうと思う。
腕に掛けたバスケットの中には、彼女が家族のために用意した朝食が入っていた。
眼下に海が見えて来ると、坂道を上る足を少しだけ緩めた。
少女はこの丘から眺める海が好きだった。
晴れた日に、籠の様なマストを船体に立てた大きな船や、広い背中にたくさんの飛行機を乗せた平たい船が、のんびりと進んで行く様を眺めるのが本当に大好きだった。
丘を登り切った時、突然大きな爆発音が聞こえた。
少女はびっくりして立ち止まり、音のした方向を振り返った。
岬に連なる尾根の向こうから、スコールの雨雲に似た真っ黒な煙が立ち上るのを見た。
港の方に違いないと思った。
あの先に「真珠」という美しい名を持つ港があることを、少女は知っていた。
一体何が起きたのだろう――。
爆発はその後も立て続けに起こり、黒煙は何度も何度も沸き上がった。
遠くで打ちあがる花火のような音も聞えてきた。
少女は灰色に汚されて行く空を見据えて立ち尽くし、不安と微かに漂う油の焼け焦げた様な異臭に思わず眉を寄せた。
背後の空から、まるで巨大な甲虫が羽ばたいている様な音が迫って来た。
そちらに顔を向けると、頭上を舐める様にして三機の白い飛行機が飛び去って行った。
翼には赤くて丸い円が印されていた。
それは、彼女の父や母が生まれた祖国の国旗と同じマークだった。
きれいなV字に並んだ三機が港の方角へ消えると、また大きな爆発音が響き渡った。
そこから沸き上がる新たな黒雲が、少女の瞳をさらに曇らせた。
いつもと変わらず、農園で汗を流しているであろう両親と兄たちのことを思った。
少女は今見たことを早く知らせなくてはと、長い黒髪をたなびかせながら、急いで丘を駆け降りて行った。
雅あつ として初めての投稿です
まだまだ拙い点も多いと思いますが、最後までお読みいただけたら幸いです
「1.あのビル」 へ続きます