1話 ぷろろーぐかもしれない話
西川さんの登場やらシータさんの参加やら河内連合の方々による乱入やら、あれやこれやとイレギュラーは発生したものの、結果として護衛対象全員に傷一つ付けることなく期限通りに帰還したことで、ギルドから課せられた試験をクリアしたこととなった我ら龍星会は、無事にAランククランへと昇格することとなった。
これにより藤本興業はAランククランを抱える会社として株も上がり、税金の優遇措置やらなにやらといった特権も受けられるようになったそうな。
尤も、今回の件で藤本興業が得た利益の中で一番大きなモノはギルド関係ではなく、シータさん、つまりインドネシアとの縁ができたおかげで、本業の建設業をやるにあたって必要な建材の輸入先を得たことなのだが。
インドネシア軍が誇る特殊機関である【ベスティア】が持つ権限はそれなり以上に大きい。
国内企業に声をかけて輸入価格を下げるのはもちろんのこと、望むなら軍が関わる公共事業にまで噛ませてくれるとのことであった。
おかげで今後は輸入業者や大手ゼネコンに仲介料やら何やらを支払うことはなくなったし、それを逆恨みされたとしても、大国インドネシア政府の口利きがある以上、ゼネコン各社はもちろんのこと、政府としても妙な真似はできなくなった。
もちろん、Aランクに名を連ねるようなクランに暴力的な脅しが通じるはずがないので、そっち系の嫌がらせもない。
結果として、しばらくの間は藤本興業が金銭的に困ることはなくなるものと思われる。
但馬さんも肩の荷が下りた思いなのではなかろうか?
建設業なんかやめてダンジョン探索で稼げばいい?
馬鹿を言うな。
確かにダンジョンの探索は儲かる。
俺や奥野はもとより、今の但馬さんであってもそれなり以上に稼ぐことはできる。
しかし、俺たちはあくまで例外。
普通の探索者は相応の危険と向き合って生きているのだ。
少し考えればわかることだが、誰だって毎日死ぬ(死までいかなくとも重傷を負う)可能性が極めて高い危険地帯に潜りたいと思っているわけではない。
もう少し安全に稼ぎたいと思う人間がいるのは当然のことであり、その”安全に稼げる場”というのが、建設現場だ。
ダンジョンに比べて命の危険から遠く、力があれば引っ張りだこ、自己肯定感とやりがいと賃金を齎すこの職場は、暴力の巷でしか生きられない荒くれ者だけでなく、引退を考えている探索者にとってもセーフティーネット的な役割も果たしているのだ。
つまるところ、藤本興業が経済的に安定することは、龍星会に所属している探索者たちにとって極めて重要なファクターなのである。
藤本興業が安定すれば龍星会も安定するし、龍星会が栄えれば藤本興業も栄える。
もちろん、その逆もまた然り。
龍星会が衰退すれば、藤本興業も衰退する。
両者はそういう関係にある。
では、探索者クランが衰退するのはどういうときか。
それは、前に進むのを止めたときだ。
挑戦する気概を失ったとき、探索者クランは、否、探索者は衰退するのである。
それらの事実を正しく理解しているがゆえに、但馬さんは俺たちが四〇階層の攻略に臨むことに対して異議を唱えることはなかったし、その探索に自分が参加することが決まっていたことに対しても文句を口にすることはなかった。
覚悟をキめている人間は強い。
但馬さんはその言葉の体現者のような漢であった。
しかし、そんな但馬さんでも文句を言いたくなるときはあるようで。
――それは、ダンジョン四〇階層という未知の領域に挑むにあたり、各自が休息やら各種手続きやら情報の報告やら装備の補充などを行ってから集まることになっていた八月上旬のことだった。
「……なんでアンタがここにいるんです?」
嫌味などの色は一切なく、ただ純粋な困惑からきた確認の一言。
それが、自分が不在となる期間の引継ぎを全部終わらせてからダンジョンの入り口に到着した彼の口から最初に出た言葉であった。
但馬さんが困惑するのも無理はない。
俺もそうだった。
なんなら、本人以外の全員同じ気持ちを抱いたに違いない。
なぜか?
この場に一人だけ、四〇階層に挑むメンバーとしてカウントされていなかった人物がいたからである。
俺? 違う。
奥野? 違う。
切岸さん? 違う。
西川さん? 違う。
筧さん? 違う。
シータさん? 違う。
但馬さん? もちろん違う。
幻の八人目、それは魔力の影響を受けて変色した白みがかった髪と、どこかぽやぽやとした様子が特徴的な小柄な少女であった。
「へへヘっ。よろしくね」
「……すまん、断れんかった」
自分のために謝罪する西川さんを前にしても一切委縮することなく、むしろ気楽に挨拶をしてきた少女の名は”霧谷あや”。
彼女こそ、前回の護衛任務で知り合ったアイドル候補生にして、龍星会の親会社である藤本興業の同業社である霧谷組の社長の一人娘にして、西川さんが何よりも大事にしている珠玉の令嬢その人であった。
「いや、そんな朗らかに『よろしくね』と言われましても……あぁ、もしかして兄さんはお嬢さんの参加を知っていたのか?」
困惑しつつも確認を入れてくる但馬さん。
その視線には「ナニカ考えがあるんだろう? あるって言ってくれ!」と言わんばかりの期待が込められているが、彼の問いに対する答えはもちろん、否。
「いえ、俺もこの場に来て初めて知りました」
「……そうか」
「はい」
絶望する但馬さんには悪いが、彼女の参加は本当に知らなかった。
知っていたら絶対に参加を拒否していたと断言できる。
それこそ西川さん込みで置いていった自信がある。
そもそも足手纏いを抱えて挑めるほど四〇階層は甘くない。
下手をしなくても死ぬような危険地帯だ。
参加者は誰もがそのことを承知の上で集まっていると思っていた。
よって最初から飛び入りの参加者が出ることなど想定すらしていなかったのだ。
「マジか……」
「マジです」
但馬さんがすでに疲れ切った表情をしているが、気持ちはよくわかる。
いやマジで、なんで彼女がこの場にいるんです?
西川さんも西川さんだ。
「断れなかった」ってなに?
毅然と断れよ、遊びじゃないんだぞ?
「あ~。気持ちはわかる。けど一応、俺の話を聞いてもらえるか?」
「それは、まぁ、はい」
本来ならば、問答無用で突っ返すのが正しいのだろう。
しかし、俺たちと西川さんの関係は共闘関係であって上下関係ではない。
今後のことも考えれば、言い分があるなら聞かないわけにはいかないのだ。
内容によってはきっちり送り返すが、話を聞かないという選択肢はない。
なので、非常に申し訳なさそうな顔をしながら確認を取ってくる西川さんに、思わず了承の意を伝えてしまった俺は悪くない、はず。
「実はな……」
神妙な顔をして『事情』の説明に入る西川さん。
そのどこかくたびれた様子に俺は「あぁ、この人も苦労しているんだな」と、共感めいた感情を抱いてしまうのであった。
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