二十九話 胡散臭い男×胡散臭い男
【悲報】瀬戸垣さん、ナレ死
筧さんとの付き合いが始まったのは、俺が【ギルドナイト】として活動するようになって五年程経ったころからだったと思う。
彼やその部下に与えられた役目は、俺が【上忍】から投げられた仕事を処理する際のサポート役であり、実際に仕事をする際には送迎相手の情報収集から宿泊先の手配まで、事務的な作業のほとんどを彼らが担当してくれたものだ。
最初は本当に事務的な付き合いしかしていなかったが、どんな付き合いでも数年程重なれば少しは仲も深まろうというもので。
いつのころからか俺たちは、地方へ遠征に赴いた際に行ったお店の感想などを話し合う仲にまで進展していた。
思えば、彼らのお陰で俺は”いつものお店”以外の店も開拓しようという気になったのだ。
きっと彼らがいなければ、俺のストレスゲージは大変なことになっていただろう。
いやはや、振り返れば懐かしくも儚い思い出よ。
そんな形で友諠を結んでいた俺と彼にとって共通の知人である【上忍】は、情報の重要性を誰よりも理解している人物であった。
そのため、自分が死んだ後にヤバい情報が拡散できるよう手配していたことで、自身の安全を確保していたのだが、問題はその拡散方法だ。
わかりやすい方法としては、インターネット上になんらかのプログラムを仕込み、一定期間特定の手順を用いたアクセスがなかった場合自動で拡散させるような方法もあれば、事前に特定の人間にUSBなどを渡して、一定期間連絡がなかったらその情報を開示するよう命令しておく方法がある。
それらを考慮した上で、【上忍】の性格を考えてみよう。
基本的に現実主義者であるあの人は、自分の能力を過信しなかった。
自分にできることとできないことを確りと理解した上で、物事の計画を立てる人だった。
で、己が国家が抱える情報部の精鋭や世界有数のハッカーによる攻撃を防げるとは思っていなかった彼女は、他者が接触できるような場所に情報を残すような真似を是とはせず、情報端末に関しては連絡用のスマホ(もちろんそのスマホには重要な情報は入っていないし、会話も最小限ですませていた)を除き、常にスタンドアローン状態を堅持していたほど、徹底していた。
そんな、利便性や合理性よりも、不特定多数が接触できるような環境に貴重な情報を置く危険性を重視していた人物が、インターネット上に情報を隠したり、自動で情報がばら撒かれるような手段を採用するだろうか?
否。断じてあり得ない。
ならば彼女が有事の際に情報を拡散させる方法は、一つ。
今回行われた情報の拡散方法は、特定の人員を用いたアナログ的なモノしかない。
その”特定の人員”に該当する人物の一人こそ、目の前に立つ胡散臭い男、筧史裕なのだ。
元々情報を扱う人間なので、先ほど消滅した瀬田垣さんとやらよりは情報を持っているだろうし、見届け人になるくらいならば河内連合の中でもそれなりの立場だってあるだろう。
よって、彼であれば、情報源としても襲撃の証人としても十分な価値があるのではなかろうか?
ただまぁ、情報を搾り取る前に死なれても困るし、襲撃の証人にするにしても負傷を理由に被害者面をされたら面倒なので対処させてもらうが。
「お話の前に……その腕、痛いですよね? ハイポーションありますけど、使いますか?」
「確かに痛いし使いたいけど、そない高価なモン貰ってもえぇの?」
「もちろんです。俺のせいで負傷したようなものですから。タダが怖いなら、そうですね一つ貸しということでどうでしょう?」
「ははっ。あん人がやったら『あの程度の攻撃を回避できなかったお前が未熟なだけだ』って叱られそうやけどな。とりあえず借り一つでくれるなら遠慮なく貰うわ。ありがとさん」
やはり相当痛いのを我慢していたのだろう。
俺に大きな借りを作ることを理解した上で、ハイポーションを懐に入れることなく、欠損した右腕にぶっかけて「へぇ。こんな感じなんやね」と呟く筧さん。
どうやら彼は自分でハイポーションを使ったことがないらしい。
それはつまり、ハイポーションが必要になるレベルの大怪我をしたことがないということなので、俺としてはただただ羨ましい限りである。
恐らくだが、今の彼は俺のことを【上忍】の関係者、もっと言えば最新の弟子かなにかだと勘違いしている節がある。
というか、俺自身がそう勘違いされそうな態度を取っている。
これは”少しでも仲間意識が芽生えてくれれば交渉が楽になるかも”と思ってやったことだったが、どうやらそれなりに効果はあったようだ。
少なくとも、無関係の人間から「貸し一つ」と言って与えられたハイポーションを使うような人ではないからな。
彼に貸しを作れたという一点だけでも十分な収穫である。
さて、戦力差を見せつけられた上に共通の知人が明らかになったことで、僅かばかり残っていた戦闘を開始するような雰囲気は完全に霧散した。
しかし、これで「じゃあさようなら」とならないのが渡世というもの。
「で、結局誰やねんお前は。いや、登場のタイミングやその喋り方からしてどうせ河内のヤツやろ? そんなら敵ちゃうんか? なんで和やかに会話しとんねん? なんでハイポーションなんて貴重品を普通に渡しとんねん? なんでそれを普通に使っとんねん??」
「いや、喋りで言うたらアンタも一緒では?」
「今更そんなまぜっかえしはいらんねん!」
俺と筧さんの関係性に疑いをもったのか、西川さんがややきつい感じで確認をしてくるし、但馬さんたちも困惑を隠しきれない様子。
彼らの気持ちも理解できる。
自分で攻撃を加えて戦闘不能にした相手に対して会話をする程度であればまだしも、ハイポーションなんて貴重品を渡して回復をさせるとなれば、その関係性は普通に考えて『仲間』以外にはあり得ない。
故に、西川さんが警戒するのは正しいし、但馬さんが困惑するのも当然のこと。
「あぁ、自己紹介が遅れましたな。僕は筧史裕。肩書としては、河内連合若頭補佐・直参の筧組で組長やってます。あと、そこな少年とは遠い親戚やね」
そこにこんな自己紹介をしたら、まぁ。
「なんやと!?」
「なに!?」
と二人が劇的な反応をするのも当たり前のことで。
「筧組の組長言うたら、関西でも指折りのヒットマンやないか! 抱えとる構成員も凄腕揃いで有名やぞ!」
「そんなところの組長がなんでまた。それに、兄さんの親戚、だと? まさか兄さんは河内連合の関係者だったのか!?」
ほほう。筧さんってそんなに有名な人なのか。
まぁ記憶の中では、あの【上忍】の片腕として動いていたくらいだからな。
本人の強さはもちろんのこと、その部下だってそれなり以上の実力はあるだろうよ。
しかし、そうか。
記憶の中で関西圏の連中が大きな動きを見せなかったのは、【ギルドナイト】によって動きを掣肘されていたのとは別に、彼とその部下たちが目を光らせていたからか。
少なくとも一五年、いや、河内連合の幹部に上り詰めるまで数年かかっているはずだから、少なくとも二〇年以上潜伏してスパイみたいな活動をしていたとはな。
そんなの、映画の中のスパイか忍者しかやらんと思っていたが、不見識だった。
それにしても相当ヤバい部類の人間だよ。
二〇年以上に亘る種を仕込む【上忍】も、その命令に従う彼もな。
あぁ、よくよく考えたらシータさんも同じだったわ。
凄いな、この業界。
一体どんな精神構造をしていたらそんなことが可能になるのか、短絡的な俺には想像もつかない世界だ。
あぁ、いや。
今は仕掛けられた悪戯に対処するのが先か。
さっきの自己紹介は、但馬さんや西川さんの反応を楽しみつつ、俺との関係性や信頼度を図るためのモノであり、あわよくば俺への疑いを深める効果を期待して行ったモノでもあるが、最終的にはただ性格が悪い彼が仕掛けた悪戯である。
その証拠が、俺のことを”そこな少年”と表現したことだ。
親戚なら名前くらい言えるからな。
そこら辺をあえて適当に表現したことで『本気で罠に嵌めるつもりはないよ』と言外に告げているのだ。
自分でもさっき「君のことは知らない」と言ったばかりだしな。
だから冷静になって少し考えれば冗談だとわかるのだが、色々混乱している今の西川さんや但馬さんに冷静さを求めるのも無理な話。
俺としても下手に疑われるのは面倒なだけなので、さっさと話を進めるために一言告げる。
「死にます? それとも四肢を炭化させられてから特別優待室に運ばれるのをお望みで?」
「すんまへん。冗談です。親戚でもなんでもありまへん。彼とは初対面です」
さすが熟練の諜報員。
しっかりと実力差を理解しているせいか、手のひらを返す判断が早い。
「初対面? それにしては妙に親しげやったやないか。特にハイポーションの下りはどう説明するつもりや?」
「彼が経営している会社関係で共通の知人がいまして。その関係で俺が筧さんのことを一方的に知っていたんです。河内連合関係については今知ったので、正直驚いています」
表の会社を営んでいることは事実だし、共通の知人は彼女のことだ。
彼女は元々秘密主義のきらいがあるので、彼女から一方的に教わったと言えばバレることはない。
彼女の関係者であれば、誰もが彼女から教えられていないことを探る危険性は理解しているし、なによりもう確認する相手そのものが存在しないからな。
彼が真実に気付く日が来るかどうかは知らないが、少なくとも今は問題ない。
「会社やと?」
「えぇ。筧さんは雑貨の輸出入に関わる会社をやっているんですよ。そうですよね?」
「そうや。主にお菓子やら薬やら人材派遣もしとるで。あぁ、最近はダンジョンの素材も扱っとるで」
「いや、それは密……「おっと、ここでこの話題はここまでにしといてや。向こうで小さい子も聞いとるんやし」……そうか、そうだな」
「まぁ、お前さんが自発的に喋ってくれるならこないな場所でダラダラと話す必要はないわな」
「そうやろ? 僕としても話しておきたいことがあるから、細かいことは後で話しましょ」
「ちっ」
お嬢さんを含む子供に聞かせる話ではないことと、筧さんが素直に応じるような姿勢を見せているおかげで、無事に但馬さんも西川さんも矛を収めてくれるようだ。
もちろん、後で但馬さんには色々と情報を開示する必要があるだろうが、その辺は未来の俺に任せる。
西川さんに関しては、別に完全な味方でもなし。
タダで貴重な情報を明かす必要もないので、気にしないこととする。
わざわざ自分から情報を広める気はない。
必要だと判断したら俺から話を聞いた但馬さんが教えればいいだけの話だしな。
戦闘シーン?
面白いことを言う。
卿は高校三年生と小学一年生の間で戦闘行為が成り立つとお思いか?
閲覧ありがとうございました















