二十六話 ヤっていいのは、ヤられる覚悟がある奴だけだ
ウホッ いい肉袋
名だたる武闘派探索者を前にして、相手が”勝てる”と確信していた自信の源は、まさかの『人質』でした。って、一体全体なんの冗談だ?
大事なお嬢さんを引き合いに出された西川さんはそうでもないが、向こうの切り札を知った但馬さんは露骨に脱力したし、俺だって思わず「警戒していた時間と労力を返せ」と言いたくなったくらいには失望したわ。
いや、向こうの気持ちもわからないではないのだが。
まず、わざわざ関東圏まで乗り出してきた以上、彼が率いてきた連中は向こうでも指折りの精鋭部隊なのだろう。
実際ぱっと見た感じだけでも上級職に就いているっぽいのもちらほらいるからな。
加えて、彼らはこちらを襲撃するために準備を整えていたのに対し、こちらは彼らからの襲撃など想定していなかったので、どうしても情報や装備に差が出てしまう。
そういった要因を踏まえた上で、但馬さんや西川さんを別枠にして比較した場合、戦力的には互角か向こうの方が少し上。
これだけなら激しい抵抗を受けて返り討ちにされる可能性も残っているが、ここにダメ押しの『人質』があれば話は別。
「もちろん、向こうが自力でなんとかできるなんて思わんといてな。こっちにいる奴らと比べたら少ぉしばかり劣るんは確かやが、それでもアイドルの嬢ちゃんに敗けるほど柔やないで」
それはそうだろう。
ここまで入念に準備をしている相手がそんな手抜かりをするはずがない。
向こうが言うように、人質側に配備されている連中は最精鋭と呼べるレベルはないだろう。
だが、少なくともアイドル達の抵抗を意に介さず、護衛を兼ねたスタッフさんを圧倒できる程度のレベルはあると思った方が自然だ。
人質側による自力救済が不可能な以上、こちらが助けなければならない。
ただでさえ、大事なお嬢さんを気にかけなければならない西川さんらはどうしても集中力が削がれてしまうし、護衛任務を受けている俺たちとて、向こうに意識を割かないわけにはいかない。
それだけではない。
混戦の場合最も注意すべきこと、即ちフレンドリーファイアが発生しないよう警戒する必要もある。
もし周囲への観察が足りず『威力が高い攻撃魔法を放ったら、敵と一緒に護衛対象も消し飛びました』なんてことになったら最悪だし、逆に『敵の攻撃を避けたら護衛対象に当たりました』なんてことになっても最悪だ。
そうなる可能性がある以上、こちらは常に人質の安否を気にしつつ、攻撃にも防御にも気を遣わなくてはならないのだ。
対して向こうは何も気にせず目の前の敵に集中できる。
全力で放った攻撃の余波で人質が負傷しようとも、なんなら何人が死のうとも、重要人物が生きていれば問題ないのだから。
戦力的に同格か少し上の敵を前にして、この差は極めて大きい。
向こうは入念な準備をしてきた上で、同格の探索者を相手にする際の戦術として最適解を選んできたのだ。
受け身であり続けた俺たちに勝ち目はない。
普通なら、集中力を欠いた西川さんらが真っ先に倒されて、その後で俺たちが潰されて、最後に人質たちが消されるなり、大人な映像を撮られて脅迫されることになったりしたのかもしれない。
だから、そう。
冒頭に瀬田垣さんとやらが宣言した通り、彼らの襲撃を赦した時点で俺たちはここでお終いだった。
普通ならそうだ。
しかし、今回のケースは普通が当てはまる状況ではない。
イレギュラーが参加している時点で、彼らの目論見は成功しないことが確定している。
完璧な準備をしてきたはずの彼らに足りなかったモノ。
それはずばり『情報』だ。
話を聞く中で、分かったことがある。
それは彼らが警戒していたのは鬼神会と西川さん、ついで但馬さん個人だけで、龍星会はその対象外だったってことだ。
まぁ、それも仕方のないことだとは思う。
対外的に見れば龍星会なんてBランクのクランでしかないし、その内情もエースである但馬さんが一人で盛り上げている状況だったなんてのは、少し調べればわかること。
もう少し掘り下げたところで、出てくるのは美浦さんくらいだろう。
よほど注意深く探れば、最近事務所に出入りしている”正体不明の学生”の存在に気付けたかもしれないが、そもそもこんなクランを「警戒しろ」と言われたところで本気で警戒できるはずもなし。
情報を探るにも労力が必要なのだ。
限られたリソースの中で、それもこれから全国規模で事業を展開していこうとしている中で、関東圏のBランククランを深掘りできる余裕などあろうはずもない。
だから、彼らがイレギュラーである”正体不明の学生”を認知していなかったことを責めるつもりはない。
むしろ情報が漏れていないことに安心したまである。
故に、そう。
ただ”運が悪かったな”と思うだけだ。
その運の悪さがナニを齎すのか、彼らはもうすぐ知ることになる。
彼らの計画は最初から破綻していた、ということを。
現在、自分たちは非力な少女らを人質を取っているのではなく、一噛みでダンジョンのボスすら喰らえる獰猛な猟犬の前に無防備で突っ立っている、ということを。
現時点でその猟犬が動いていないのは、情報を探るためでもなければ、護衛対象の安全を確保するためでもなく、主人からGOサインが出ていないから待っているだけ、ということを。
猟犬が動き出したが最後、彼らに生き残る手段はない、ということを。
圧倒的な『暴力』の前では、小賢しい頭脳が必死でひねり出した小細工など無意味である、ということを。
今このときも目をキラキラさせながら『そろそろ殺りますか? 処しますか?』と確認を取ってきている少女の手によって、強制的に”分からせ”られるのだ。
というか、俺に確認をとろうとするな。
確かに俺は彼女の上司だし、彼女に言うことを聞かせられる立場も能力も持っているが、それでも俺はあくまで中間管理職であって、クランとしての決定権を持っているわけではない。
それを持っているのは但馬さんだ。
だから俺の意思とは関係なしに、但馬さんがGOと言えばGOで、NOと言えばNOなのだ。
とはいえ、向こうに退く気もその理由もない以上、闘うのは決定事項ではあるのだが……実のところその戦闘内容をどうするかまでは決まっていない。
故に確認しよう。
「どうします? これ以上情報も持っていなさそうですし、そろそろ処しますか? 処すにしてもどこまでやりますか? 全力で当たって速攻で全員消しますか? そこそこの力で当たってそこそこ戦ってから全員消しますか? それともそこそこの力でそこそこの時間闘って、少し残しますか?」
西川さんたちに対して、俺たちの力を開示するか否か。
開示するにしてもどこまで開示するか。
関西圏の連中に対して、先遣隊を壊滅させることで情報を隠したまま威圧するか。
何人かを生きて返すことで向こうに具体的な情報を渡し、それを抑止力とするか。
それらの判断を下すのは但馬さんなのだ。
しかして、但馬さんの判断は。
「……俺としては、全力でぶつかって全員を消すのが良いと思っている。余計な時間を喰えばそれだけ身内や護衛対象に危険が及ぶことになるからな。可能なら情報源兼襲撃の証人として一人か二人くらい生け捕りにできればいいとは思うが」
「思うが?」
「雑魚を捕まえても切り捨てられるだけだから意味がねぇ。かといって瀬田垣を捕まえたところで素直に情報を吐くタマじゃねぇからな。身柄そのものだけでも十分な価値があるとは思うが、無理して捕まえる必要はねぇと思っている」
「なるほど」
但馬さんとしては、西川さんたちには圧倒的な力を見せつけつつ、関西圏の連中には『証人を残して全滅した』という結果を押し付けるのをお望みだが、実際は難しいとお考えか。
まぁ、奥野に手加減なんて高度な判断ができるとは思っていない(実力と技術的には簡単にできるが、性格が絶望的に向いていない)し、俺個人としても余計なことを考えなくても良いのは楽なので、全滅させることを前提とした方針に反対するつもりはない。
対人戦闘への躊躇? 人を傷つけることへの忌避感? そんなものはない。
なぜなら俺たちは自分より弱い相手を選んで倒して、その死体を弄ることに悦びを覚える異常者なのだから。
俺や但馬さんはもちろんのこと、奥野や切岸さんとて探索者を相手に童貞は卒業しているしな。
ところによっては、僅かばかり残っている倫理観が邪魔をして、戦闘自体にすら躊躇する探索者もいる。
だがそういう心優しき探索者とて少し背中を押せば、具体的にはダンジョンという非日常的な空間にあって『相手を殺さなければ自分が殺される』という状況を押し付けられれば、倫理観などあっさりと捨てて敵を血祭りに上げてしまえる程度には物騒なナマモノが探索者というものだ。
翻って、今回のケースはどうか。
場所はダンジョンという無法地帯。
向こうから襲ってきた。
向こうはこちらをタダで返す気がない。
闘えば確実にこちらが勝てる。
上司からヤっていいと許可が出た。
ここまでお膳立てがされていて、手に武器を取らない探索者がいるだろうか?
いや、いない。
いるはずがない。
そんな探索者には生きている価値がない。
だから、そう。
これから始まるのは戦闘でなく、狩りであり、駆除である。
「では、但馬さんの合図で動きますね」
そちらから命を取りにきたのだ。
逆に命を取られる覚悟だってできているだろう?
俺や奥野を前にして、自分が強者の側に立っていると勘違いし続けた馬鹿な雑魚どもが。
俺のストレスを発散させる玩具となれ。
閲覧ありがとうございました















