二十四話 現金があればなんでもできる
「おいおい、正気か? 冗談キツイて」
呆れたように吐き捨てる西川さん。
彼の気持ちもわかる。
まずハイポーションとは、骨折などの損傷はもちろんのこと、四肢欠損の治療までをも可能とする上級回復薬である。
これだけでも人知が及ばぬ秘薬であるが、もしも効果がそれだけであったならば、精々が軍の関係者や探索者、もしくは医療関係者たちによって争奪戦が行われていた程度に収まったはずだ。
間違っても、一個で一〇億円もの高額が付き、世界中の富裕層が行列待ちをするような事態にはならなかっただろう。
しかし、実際はどうだ。
現時点でさえ数百人の富豪が順番待ちをしているではないか。
さらに、立場上順番待ちはしていないものの「横槍を入れられるなら倍額を払ってもいい」と豪語する富豪が一〇〇〇人単位でいると言われている。
この時点で一〇〇〇個以上の需要がある。
しかもこれらには『お一人様につき一個のみ』という縛りまで付いているので、順番が回ってきたとしても買えるのは一つだけ。使えるのは富豪本人しかいない。
そのため富豪が抱える家族や親族の分、さらにはナニカあったときの予備分などを加味すれば、その需要は最低でも三倍から五倍以上に膨らむことが簡単に予想できる。
つまり求められている数は三〇〇〇~五〇〇〇個。
これだけの需要に対して、現時点で供給されているのは年間わずか一〇本未満。
必要とされる需要に対して供給量がまったく足りていないことがわかる。
ではなぜ上級とはいえただの回復薬がこんなにも富裕層の心を引き付けるのか?
それは、ハイポーションが単なる回復薬ではなく、内臓を活性化させることで癌やHIVなどの難病を癒した上で肉体年齢を五歳程度若返らせることが可能になるほどの効果を持つ、神秘の秘薬だったことが判明したからだ。
『財力』と『権力』を持った人間が常に求めているモノ。
それは『若さ』と『健康』である。
それが金で手に入るとなればどうする?
誰だって買おうとする。
ハイポーションとはそういう次元のアイテムなのだ。
「もちろん、一度に放出すれば値崩れが起こる可能性が出てくるさかい、供給量はそれなりに絞る必要があるわな。せやけど、年間二〇個程度を放出したとしても、最低でも二〇〇億円。買い取ったモノを横流しするんやなく、俺らの手で回収できるのであれば購入費用はタダ。つまり純利益や。これなら、ギルドの連中に数億円ばら撒いたとて元は取れる。違うか?」
声高らかに語る瀬田垣さんとやらに向ける西川さんの目は驚愕の色に包まれて……いなかった。
「なるほど、完璧な計画やな。それが不可能ってことを除けば、じゃがのぉ」
西川さんとて、ハイポーションの価値は重々承知している。
承知している上で、それは現実的ではないと考えている。
「貴重品はなんで貴重なんかしっとるか? 中々手に入らんからや。中々手に入らんからこそ、金額が高騰するんや。それがなんや、年間二〇個? ギルドの連中でさえ年間一〇個も用意できんモノを、どうやってお前らが用意できるんや? 寝言ほざくのも大概にせい」
西川さんからすれば向こうの言い分は現実から眼を背けた夢物語なのだろう。
だが、俺にとっては違う。
もちろん、但馬さんにとっても、だ。
「なるほどなぁ。確かにそういう意見もあるわな。せやけど西川はん? アンタはそう思っておっても、但馬はんは違うみたいやで?」
「ちっ……」
「あぁ? なんや但馬ちゃん。まさかお前さん、向こうの寝言に納得しとんのか?」
「……可能性がないとは思ってねぇ」
「……なんやと?」
そうだよな。
少なくとも但馬さんは俺がハイポーションを複数持っていることも知っているし、安定供給の目途が立っていることも知っているからな。
供給元は知らなくとも、供給方法があるという事実を知っている。
そのせいで、向こうの言葉の中に真実味を感じてしまったのだろう。
但馬さんの反応を見て真面目に考えることにしたのか、西川さんの表情が真剣なものに変わる。
そんな二人の様子を見て瀬田垣さんとやらは「ようやく現実が理解できたようやな」と呟き、話を続ける。
「ハイポーションのお陰で『財力』は片付いた。残るは『暴力』なんやが、これに関しては『財力』の話も関わってくる」
「どういう意味や。結局『暴力』は力。強化するには鍛えてレベルを上げる以外に方法はないやろ」
脳筋の発想だが、その通り。
レベルに勝る力は存在しない。
そしてレベルを上げる方法は唯一つ。
ダンジョンに潜る、それだけだ。
しかし、ここにも問題がある。
所謂『三五階層の壁』だ。
この問題を越えない限り、探索者のレベルは頭打ちとなってしまい、一定以上の成長は見込めなくなる。
一応新宿ダンジョンは【ギルドナイト】によって壁が取り除かれていることになっているため、三五階層以降にも挑戦できる。
しかし、多くの探索者たちは【ギルドナイト】と狩場が被ることを恐れており、三五階層くらいならまだしも、四〇階層以降に挑もうとする者は極めて少ない。
まぁ、ギルドから『四〇階層にいるボスを斃せないようではそれ以降に行っても死ぬだけ』という警告が出されていることと、四〇階層にボスが出現した場合【ギルドナイト】が優先的に討伐しているため、一般の探索者がボスに挑戦すること自体が出来ていないという事情もあるが、それはそれ。
【ギルドナイト】に睨まれることを恐れている彼らからすれば、レベルを上げて力を付けることは危険に向かって走るのと同義なのだ。
故に彼らは深層に挑まない。
挑むとしたら、それは【ギルドナイト】が五〇階層を突破し、その他の探索者を突き放したとき。
それまでは三九階層までで留まっておく。
これが彼らにとっての常識であった。
しかし、その常識も関西の人間には通用しない。
否、通用しなくなった。
「はん。『【ギルドナイト】が踏破していないダンジョンには三五階層以降に壁がある。その壁を越えて生還した者はいない』やったか? 馬鹿馬鹿しい話やで!」
「なんだと?」
「馬鹿馬鹿しい言うたんや。但馬はん。アンタともあろう者が、そないな噂を信じて足踏みしとるのが情けのうて情けのうて、涙が出るわ!」
「連中の怖さも知らんくせに、よぉ言うわ」
「確かに、俺らは実際に連中を見たことはない。せやけど、レベルは知っとる。レベルは嘘を吐かんさかいな。そら四五前後なんて言われたらビビるし、ビビらんでも警戒せん方がおかしい」
「そんなら……「けどな」……なんや」
「事情が変わったんや!」
「なに?」
「アンタらかて知っとるやろ? 最強の暴力装置の一員であった【上忍】が行方を眩ましたって話」
は?
ここで【上忍】が出てくるのか?
「それがどうした? 死んだかどうかはまだ判明していないはずだ」
「せやな。俺らも【上忍】が死んだんか、一時的に身を隠しとるだけなんか、はたまた他の国に逃げたんかは知らん。知らんけどな。【上忍】がいなくなったら必ず出てくるモンがあるやろ?」
「あぁん? そんなん……いや、まて。アレか、情報か?」
「正解やで、西川はん」
「なるほどな。確かに『自分を殺したら自分が握っている情報をばら撒く。その準備はできている』ってのはスパイの常套句だ。なら【上忍】ほどの人間がその準備を怠っているはずがねぇ」
「せや。ホンマに死んだにせよ、死を偽装しているだけにせよ、行方知れずになった時点で隠された情報がばら撒かれるんは確定しとるんや。そのくらいせな偽装の意味がないからな」
なるほど。
確かにそうだ。
もし彼女が死んでいたなら、彼女が持つ情報は全てばら撒かれている。
死を偽装していたとしたら、表に出す情報を絞った上でばら撒くだろう。
まったく情報が流出していなかったら、彼女の生存が確定する。
非常にわかりやすい。
その上で、こうして御高説を頂いているということは。
「【上忍】が握っとったなんらかの情報を掴んだ、ってことか?」
「せやで。どうやらそっちではそれなりに情報を封鎖できとるみたいやが、こっちはそうでもなかったさかいな」
ギルドの連中が足下を抑えるのが精いっぱいだったか、それとも最初から関西圏で情報がばら撒かれるように設定していたか。
まぁ、彼女の性格を考えれば両方だろうな。
関西の連中が、自分たちと仲が悪い関東の連中がやらかした情報を得たとて、隠匿に協力してくれるはずもなし。
むしろ積極的に広めようとするのが目に見えている。
意趣返しとしては十分だ。
「そこで俺らは知ったんや。ギルドが『三五階層の壁』と抜かすモンの正体と、その理由をな!」
そうか、知られてしまったか。
「信じられるか? 三五階層に挑んだ探索者を返り討ちにしてきたモンの正体は【ギルドナイト】そのもので、連中がそんなことをしてたんは連中がダンジョンの初回攻略特典を独占するためやった、なんて」
「「初回攻略特典?」」
ギルドがひた隠しにしていた情報が開示されていく。
それは、その情報を使って儲けを掠め取ろうとしていた俺の計画の一端が破綻したことを意味していた。
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