二十三話 お金は大事。古事記にもそう書いてある
ダンジョンが発生してからというもの、世界は大きな変革を迎えた。
特に大きな変化として最も多く挙げられるのが、発展途上国や特定の勢力による独裁体制を築いていた国家が相次いで崩壊したことだ。
基本的に民主主義国家のお題目である文民統制を維持するためには、軍や警察などの公的暴力装置が国内における最強の暴力装置であることと、彼らが国家(この場合の国家とは政府のことであり、政府を運営する政治家や役人を指す)に服従している必要がある。
ダンジョンが発生する以前であれば、その条件は特に難しいモノではなかった。
多くの国において国内最強の暴力装置は官憲であったし、国に仕える公僕としてそれなり以上の教育を受けた彼らは、自分にできることとできないことを正しく理解していたが故に、権力の側に立つことは是としながらも、自分たちで国家を運営しようとはしなかったからだ。
最強の矛と盾を得た権力者に逆らえる存在などいない。
それが当たり前であった。
しかし、ダンジョンの出現とそれに適応した探索者の存在が、既存の権力構造に亀裂を作った。
最強の暴力装置として君臨していた近代兵器で武装した軍隊が、ダンジョンで鍛えた個人に殲滅されるようになったらどうなるか?
答えは一つ、革命だ。
暴力装置による守りを失った独裁者が辿る道もまた一つしかない。
結局、それまで民衆を圧迫して甘い汁を吸ってきた権力者たちは、彼らが見下してきた民衆の手で討たれることなったのである。
結果として、今では多くの国で探索者が最強の暴力装置として国家の意思決定にまで口を挟むようになっている。
とはいえ、ダンジョンが発生する前から”マフィアが政治家より偉い国”なんて国や地域はごまんとあったので、該当する国の人たちは革命後の体制をその延長のような感じで受け入れているらしい。
なので、そういう意味であれば、彼が『お上の後ろ盾』になろうとすること自体はおかしなことではないのかもしれない。
などとそれらしい理屈をつけて自分なりに納得してみようとしたのだが、そんな俺の気持ちは当の本人に否定されることとなる。
「まぁ、お上の後ろ盾ちゅーのはちぃとばかし言い過ぎかもしれんな」
「あぁん?」
「どういうつもりだ?」
言葉の意味が分からず困惑する俺たち、というか但馬さんと西川さんを見て、瀬田垣さんとやらは満足げに頷きつつ、つい先ほど吐いたばかりの言葉を訂正してきたのだ。
彼ら風な言い回しをするなら”吐いた唾を飲み込んだ”わけだが、そこに恥じるような様子は一切ない。
むしろ誇らしげな感じさえある。
(なんだ? なにを企んでいる?)
脳内で疑問符を浮かべた俺のことを慮ったわけではなく、ただ向こうが喋りたかっただけだろうが、彼は隠すことなく己が吐いた言葉の真意を語ってくれた。
「なにせ、正確には後ろ盾やなく、黒幕に近いからな」
「黒幕、だと?」
「せや。俺らは排斥される側やない。排斥する側に回るんや!」
「「……」」
なるほど、黒幕。
黒幕ねぇ。
「会長曰く、世の中を回すためには一つの大きな力と、それを支える二つの力が必要になるんやと。その大きな力ってのは『権力』のことで、それを支えるんが『財力』と『暴力』や。まぁ、より正確に言えば『財力』と『暴力』を備えた時点で『権力』は手に入る。わかりやすいやろ? なんたって無学な俺や俺の部下でも理解できたくらいやからな」
確かにわかりやすい。
小学生でも理解できるレベルのわかりやすさだ。
どうやら向こうの会長さんとやらは、他人に物事を伝える能力が極めて高いようだな。
妙な方向で感心している間も話は続く。
「今現在、ひょろがりの役人連中が偉そうにできとるのも、ギルドがこの二つを握っとるからや。ほなら、俺らがそれを奪えばどうなると思う?」
「……お前らがギルドから実権を奪える、とでも言いたいんか?」
「奪う、やない。取り戻すんや!」
西川さんの答えがよほど不満だったのか、瀬田垣さんとやらは急に声を荒げて語りだした。
「考えても見ぃ! ダンジョンが発生したとき、なんも知らん中でも命を懸けてダンジョンに潜ったんは誰や? ダンジョンの中で魔物と戦い、血を流したんは誰や? そこから得たアイテムを持ち帰ってきたんは誰や? 今現在も率先して潜ってインフラを支えとるんは誰や? 警察か? 軍隊か? 違うやろ! 俺ら探索者やろがい!」
実際のところは『警察や軍に独占させようとして失敗したから民間にお鉢が回ってきた』が正解なので、民間人よりも先に警察官や軍人の間で多くの血が流れているのだが……それはそれとしても、深層に潜ってアイテムを持ち帰ったり、大勢で潜ってインフラを支えているのは我々探索者であるのは紛れもない事実ではある。
「もともとギルドなんざ探索者たちの互助会みたいなもんでしかなかったんや! そこに利益が生まれることを知った役人連中が手と口を出してきて、偉そうに牛耳るようになったんが今の体制の始まりやろがい! 俺らはこの腐った状況を打破するために立ち上がったんや!」
ふむ。
言っていることは正しいように思えるが少しだけ違和感がある。
それは、俺が知るギルドの情報と、彼の言い分との差異があるからだろう。
そもそも、ことの発端はダンジョン探索の黎明期にある。
当時、あまりにも探索者が勝手気ままに暴れまわるものだから、社会的に排斥されそうな気配が漂ってきた。
それを察した一部の強者たちが「世間に探索者を認めさせるためもにしっかりとした組織作りが必要なんじゃないか?」と言い出したのがギルドの始まりだった。
ギルド自体は元々頻繁にゲームや小説に登場していた組織なので、その導入に反対意見はあまりなかったそうな。
当時のギルドに求められたのは、探索者たちの取りまとめ、持ち帰ってきた情報の一元化、ダンジョンから得たアイテムの買い取り、買い取ったアイテムの販路構築、その他色々。
こうして簡単に列挙するだけでも、その煩雑さと面倒くささがわかるだろう。
そして、黎明期の探索者は、今以上に脳みそまで筋肉でできているような連中(そうでなければろくな情報もないままダンジョンに自発的に潜ったりしない)であった。
当然、事務仕事や組織の運営なんてできやしない。
できたとしても誰もそんな仕事をやりたがらないし、やるにしてもそれに見合う報酬が設定できなかった。
結局、それぞれの意見がぶつかり合い過ぎて話が進まず、あまりにも収拾が付かないことに業を煮やした国側が、それぞれの省庁で権力争いに負けた者たちを調停員として派遣してきたそうな。
で、話し合っているうちに「あ、コレは俺たちじゃ無理だ」と自覚していた探索者たちは、これ幸いと彼らに厄介ごとを押し付けたのである。
その後、色々と投げ渡された役人たちは文字通り血がにじむような思いをして組織づくりに勤しみ、今に至るというわけだ。
現在会長を務める人物も、面倒ごとを役人に押し付けてダンジョンに入り浸っていたという自覚があるので、探索者の立場に関わること以外では役人たちに対してうるさく言わないのである。
こういった経緯がある以上、組織として役人が幅を利かせるのも仕方のないことだと思わないでもない。
投資に対する配当の還元とでも言おうか。
連中とて決して理由もなく不当に利益を独占しているわけではないのだ。
まぁ、昨今の連中は些か以上に度が過ぎているとは思うし、更生の余地がないことも事実なので関わりたいとは思っていないし、あまつさえ庇うつもりなんて毛頭ない。
それでも、探索者側が一方的に損をしているような言い方はどうかと思う。
まぁ、あくまで俺個人の意見なので、他人に同意を迫るつもりもないが。
「言い分には納得できる部分もある、けどな。結局どないな手段でお前らが『権力』を握るねん。役人どもが抱える『財力』は国家予算で文字通りの国家規模やし、『暴力』かて”最強”には手が届かんやろ」
”最強”の下りでちらりと俺に視線を向けてきた西川さん。
彼の想定している”最強”はもちろん俺、ではなく【ギルドナイト】である。
関西の人は見たことがないかもしれないが、関東の探索者は違う。
特に高ランククランの探索者になると、実力差を見せつけるために探索に同行させられたり、個人的に”釘”を刺されたりと方法はまちまちだが、必ず一度は連中の実力を見せつけられる機会があるのだ。
それを認識したが最後、脳裏に『レールを外れたら【ギルドナイト】に消される』という事実が刻まれるのである。
この事実があればこそ、関東圏における探索者たちのモラルは保たれていると言っても過言ではないだろう。
故に、西川さんも但馬さんもレールの上からはみ出そうとはしていない。
それを諦めと言えばそうかもしれない。
しかし、それは同時に現実を見据えた決断でもある。
厳しい現実を思い知っているが故に、西川さんは彼に対して「現実が見えていない」と告げたのだが、それはあくまで西川さん個人の意見であって、絶対不変の法則ではないわけで。
「浅いのぉ。浅いで、西川はん」
「なんやと?」
「えぇか。一見すればギルド連中が持つ『財力』は途方もない数字に見える。せやけど、それは本当に連中の『財力』か?」
「どういう意味だ?」
「そのままやで但馬はん。国家予算規模、確かにそうやな。で、その内訳はどうなっとる? そもそも。『財力』を欲するのは誰や? ギルドか? それとも役人か?」
なるほど、そうきたか。
「今年ダンジョン庁に回された予算は約一兆円。俺らじゃ想像もできんくらいの大金やな。せやけどそれは、全部連中が好きにできる金額ちゃう。全国の支部に分配された後、それぞれの組織を回すための人件費や探索者が持ち込む素材の購入費用、各企業へ分配する研究費用にも当てられとる。この時点で、連中の手の中にはほとんど残らん」
「……連中が買った素材を売り払ったときに生じる利益もあるやろがい」
「そんなん、きっちり帳簿が付けられとるさかい、ギルドの利益として運営費に回されて役人どもの利益にはならんやろ。いや、着服する分は残しとるやろうけど、稼いだ額からすれば雀の涙やで」
そうだな。
例えばハイポーションの場合、売却価格の相場は一〇億円とされているが、元々探索者から五億で買い上げているので、純利益は五億円しか残らない。
さらに、モノがモノだけに完全な秘匿は不可能であるため、売上金の全部を懐に入れるわけにはいかない。
四億円を運営費に回すとして、残った一億円を分配することになる。
正確な人数は知らないが、役員だけで一〇人以上、それなりの立場にいるスタッフを合わせれば三〇人はいるはずだ。
それらに利益を分配することを考えれば、一人あたり数百万円になればいいところ。
少額ではないが、連中の欲を満たせるかと言えば……無理だろうな。
一〇億円を超えるハイポーションでさえそうなのだ、他の素材で稼げる額もそれほど多くはないだろう。
やりすぎないよう、他の省庁の役人たちからも見張られているしな。
「せやから、連中を黙らせるには一人頭一億くらいの実弾があればえぇんや。但馬はんならわかるんちゃうか? 最近羽振りがよさそうやし。連中を黙らせるためにそのくらい包んだやろ?」
「……」
否定はしない、か。
ハイポーションをいくらで売ったかは知らないが、最低でも一〇億円として。
俺に五億円、ギルドの役員に一億円、残りが龍星会の利益だ。
賄賂分を加味してもギルドの連中よりもずっと儲けているな。
いや、ここで重要なのは龍星会の利益ではない。
『賄賂を包むことでギルドの役員を抱き込める』という事実である。
一人頭一億円として、半分なら八億円もあれば足りるはず。
大金ではあるが、一回当たりそれくらいの出費でギルドの連中を抑え込めるなら安いものだ。
もちろん、何度も彼らの権益を侵すような真似をすればその限りではないだろうが、日常的なあれこれに便宜を図ってもらう程度であれば問題はない。
ギルドの連中とて、定期的に自分たちに大金を貢いでくれる組織を潰そうとはしないだろうしな。
「ほぉん。中々考えとるようやの。で、その軍資金はどっからくんねん。いくらお前らが絶好調いうても、毎年数一〇億円単位の金をドブに捨ててもやっていけるような余裕はあらへんやろ」
そうだ。
ギルドの連中に金を渡して黙らせるのはわかった。
決して不可能ではない、むしろよく考えられている。
しかし、結局は定期的に連中へ渡す金の財源はどこにあるのかって話になる。
まさか西川さんが言った打ち出の小槌みたいなアイテムがあるはずが……いや、まて。
まさかこいつら、気付いたのか?
「財源? あるやろがい。その辺に、いくらでもなぁ」
「あぁん? なんや急に。寝ぼけたか?」
「寝ぼけとるんはアンタや。なぁ但馬はん?」
「はぁ?」
西川さんはまだわかっていないようだが、但馬さんはわかっている。
何故なら最近ソレを扱ったばかりであり、つい先ほど釘を刺されたばかりだからだ。
関西の連中が財源にしようとしているアイテム、それは。
「……ハイポーション、か」
そう、何度も俺が例に挙げた貴重品。
それこそが連中が謳う『財力』の根拠となるアイテムであった。
閲覧ありがとうございました















