二十二話 夢は大きく果てしなく
「お前らがもっと伸びる、だと? アホ抜かせ」
「あぁ?」
「役人どものお膝元であるこっちと違って、そっちはそれなりに自由度が高いってのは俺も知っとる。せやかて、そんなんは今だけや。お上が俺らみたいな人種を嫌っとるのは変わらんやろがい」
自由度の高さ、か。
確かに関東の探索者ギルドと関西の探索者ギルドは、同じ半官半民の組織とは思えないほど気風が違う。
関東のギルドは”官”が強く、関西のギルドは”民”が強い。
具体例を挙げると、関東のギルドが主催する理事会には役人しかいないのに対し、関西のギルドで行われる理事会には民間団体の代表者しかいない。
いや、一応関西の理事会にも役人は出席しているのだが、その場において彼らにはこれといった発言権はなく、もっぱら各団体の間を繋ぐ調停役として出席させられている。
関東では探索者がお飾りで、関西では役人がお飾りになっているのだ。
当然、探索者の多くは役人が嫌いなので、役人が牛耳っている関東のギルドや、彼らに従っている探索者に対する風当たりは強かった。
それこそ【ギルドナイト】が地方へ遠征を繰り返していた際に、堂々と『【ギルドナイト】立ち入り禁止』と明記されたプラカードをダンジョンの前に置く程度には嫌っていた。
そんな、見方によっては反乱とも取れるような行為が赦されていたのは、彼らにも【ギルドナイト】に対抗できるだけの暴力装置があったから、ではない。
関東の役人たちも探索者を嫌っていたことと、関西特有の事情が重なっていたからだ。
大前提として、関東は役人や国会議員のお膝元であると同時に【上忍】の勢力圏である。
それが何を意味するかというと、関東圏にはスパイが入り込めなかったのである。
彼女は自分の部下以外の諜報員を見つけた際、決して容赦をしなかった。
文字通りの見敵必殺、否、敵かどうかはわからなくとも怪しいヤツは全員必殺! と言わんばかりに狩り尽くしたし、部下たちにもそれを強要していたほど徹底していた。
もちろん、外交官のような公的な身分を持っている場合はその限りではないが、彼らは入国後の行動を逐一監視され、少しでも怪しい動きを取ったら即座にダンジョンへと連れ込まれていたりする。
もちろん、【上忍】に国を護る意思などはなく、ただ単純に自分の庭に害虫が侵入することを嫌っていただけなのだが、個人的な感情だからこそ、スパイの排除に際して政治やコネが入る余地はなかった。
おわかりだろうか。
関東圏は、国が認めた外交官ですら安全を確保できない諜報員にとっての墓場なのだ。
時に『死ぬのも任務のうち』などと謳われる諜報員だが、彼らとて無駄死にをしたいわけではないし、彼らを差し向けている側とて、それなりの金と時間をかけて育成した諜報員を無駄死にさせたいわけではない。
無駄死にを嫌った彼らが、関東から距離を置いたのは当然の帰結であった。
で、関東から距離を置いた諜報員が向かうのはどこか?
そう、言わずと知れた関西圏である。
関東と物理的な距離がある。
【ギルドナイト】を嫌っている。
元々移民や国外からの観光客が多い。
そして新宿ダンジョンに匹敵するとされる梅田のダンジョンがある。
簡単に挙げるだけでもこれほどの条件が整っているのだ。
それを知ってしまえば、関西圏に根を張らない方がおかしいとまで言えるだろう。
こうして関西圏は国内外から諜報員が集まる魔境になる、ことはなかった。
時に貴重な情報を抜いたり、時に貴重な品を盗み出そうとする諜報員を歓迎しないのはなにも【上忍】に限った話ではないのだ。
自分たちの成果を盗まれることを良しとしない探索者たちや、後ろ暗いことをしている企業関係者やそれと癒着している政治家や役人たち、さらには特に何もしていない一般人とて、自分の住む街を諜報員がうろつくことに不快感を覚えないはずもなく。
さりとて、諜報員の多くは「自分は諜報員です」なんて主張しないため簡単には見つからないし、調べた結果相手が諜報員だと確定しても、その場合の多くは外交官のような表の身分を持っていたため、責任問題や外交問題を恐れた企業や役人たちに出せる手はなかった。
堂々と犯罪行為に勤しむ諜報員たちを前に、このまま連中を野放しにしないといけないのか……と関係者各位が絶望したとき、大きな声で「ふざけるな!」と気炎を上げたのが、義侠を掲げる民間団体の皆さんであった。
彼らは頑張った。
諜報員だと確定している人間を見つけたら、捕まえて、拷問して、情報を吐かせて、ダンジョンで処理をした。
怪しいやつを見つけたときも、とりあえず捕まえて、拷問して、情報を吐かせて、ダンジョンで処理をした。
稀によく関係ない人が連れ去られることもあったが、その場合は「仕方のない犠牲だった」と割り切って、心の傷に蓋をして次につなげた。
そうした地道な努力が実を結び、数年経った頃には多くの諜報員はもちろんのこと、不法滞在などの犯罪行為を行っていた者らも処理することに成功したのだ。
尤も、それでも【上忍】が目を光らせている関東圏に比べたら生存率は高かったため、関西圏に潜ろうとする諜報員は後を絶たなかったのだが……それでも当初懸念されていたようなスパイ天国とはかけ離れた状況を作ることに成功したことは大きかった。
彼らの行動は治安維持のモデルケースとして、関西圏はもちろんのこと、九州・中国・四国地方でも採用されており、それにともなって民間団体の影響力は極めて高くなっている。
国や地方自治体としても、諸外国から来て国内を荒らしまわる諜報員たちの集団よりは、一定の価値観を共有できる民間団体を相手にしている方が楽ということもあって、黙認している形だな。
結局、結果なのだ。
この世は結果だけが評価されるのだ。
役人や警察は護ってくれなかった。
でも民間団体の方々は護ってくれた。
それだけが事実であり、その事実がある以上、彼らの扱いが悪くなるはずもない。
事実、関西圏では民間団体の関係者が普通に選挙に出て、普通に当選している程度には受け入れられている。
社会にそっぽを向かれたアウトローならまだしも、大衆に選ばれた政治家が相手となれば、公僕たる役人たちにできることなどない。
せいぜいがスキャンダル情報を流して足を引っ張る程度だが、相手は無力な一般市民ではなく、暴力を是とする世界で生きてきた強者たち。
下手な真似をすれば(物理的に)己の首を絞めることになる。
ナニカあれば国が報復してくれる?
それはいいね。
で、それはいつだい?
君が行方不明になった翌日かな?
それとも君の友人知人が全員行方不明になった数日後かな?
無事でいたらいいね。
君も、君の友人知人も。
そんなことを平然と宣う相手に対して、抑止力どころか自衛能力すら持たない役人が大きく出られるはずもなく。
結果として関西圏では”官”より”民”が強くなっているのである。
そういう意味では、今も彼らは成長の途中なのだろう。
しかし、物事には限度というものがある。
「そうだな。今のところ待遇は良くても、結局は人手が足りないから俺たちみたいな破落戸を使っているだけだ。こんなのは長続きしねぇ。将来的には、いや、ものの数年後には探索者学校上がりでお行儀のいい連中を優遇する制度と、俺らみたいなのを業界そのものから締め出そうとする制度を作って合法的に排斥しようとするはずだ」
但馬さんの言う通り。
公僕を謳う役人たちは、感情のない木偶人形ではない。
虚栄心と自尊心の塊である連中が、いつまでも民間団体の風下にいることを是とするはずがないのだ。
むしろ現在進行形で彼らを蹴落とす計画を立てていても驚きはしない。
関西圏では民間団体が強い?
それなら全国的に規制を強めよう。
逆らうなら?
最強の暴力兵器をぶつけよう。
民衆が騒ぐ?
それこそ、彼らが行方不明になったあとの話ではないか。
そいつらに代わって治安を維持できる存在が居れば、そいつらを擁護する声は立ち消えるさ。
それこそ、第二次大戦後に国を護るために立ち上がった勇敢な民間団体の方々が、数十年後に反社会勢力として排斥されたように、ね。
俺が知る連中なら、こんな感じで話を進めているはずだ。
強引に排斥する場合、関西圏の役人たちも巻き添えを喰らうだろうが、それに関しても問題はない。
彼らは”役人”という括りでは同輩となるが、同時に競争相手でもあるのだ。
ならば競争相手の足を引っ張ることを生きがいとしている連中が躊躇するはずもなし。
おそらくだが”汚職”のレッテルでも貼って処理するのではなかろうか。
知らんけど。
役人たちの内輪もめはさておくとしても、役人に敵対的な態度を取っている探索者たちが処分されることに違いはない。
但馬さんは、組織を率いる身として業界の流れを分析した結果、今後の探索者業界に自分たちの居場所がなくなる、と判断したのだろう。
「ふん。それがわかっとるから、手を出される前に堅気になって、他の連中がやりたがらん仕事を率先してやってますってか? 涙ぐましい努力やのぉ」
だからこそ、建設業に力を入れることにした。
アレなら、堅気の仕事として生き残ることができるから。
「……なんとでも言え」
やや自嘲が過ぎる気もしないではないが、大筋では間違ってはいないと思う。
自前の販路を持つクランなんて、ギルドにとっては邪魔でしかないからな。
規制どころか、物理的に消滅させられてもおかしくはない。
現時点でそれを回避できているだけでも、但馬さんや西川さんの読みは間違っていないと言える。
ただ、但馬さんの分析にも間違っていることはある。
それは、連中は学生の成長を待たずとも、軍や警察の準備が整った時点で動き出すってことだ。
実際につい先日だって切岸さんの実家の工房を潰しにかかっていたしな。
アレは加工技術の独占と、探索者が持つ個人的な販路を潰すための動きだ。
つまり、ギルドによる探索者の締め上げは、これから行われるのではなく、すでに始まっているのである。
「まぁ、俺かてアンタらが懸念しとることを理解できんとは言わん。狩りで得た獲物を素直に主人の下に運んでくる犬なら可愛がられるが、自分で喰っちまうような狗は殺されても文句は言えん。俺かて飼い主の立場なら同じように思うわ。アンタらかて会社の金を勝手に懐に入れるような阿呆に容赦はせんやろ?」
「……せやな」
「まぁ、そうだな」
着服=死。
なんとも物騒な業界だ。
いや、探索者もそうか。
【商人】のネコババが判明したら容赦なくリンチされてたし。
「ギルドは勝手な真似をした探索者を締め出す。俺らはアホが組の金を勝手に懐に入れたらケジメを付ける。そこのどこに違いがある?」
違い、違いねぇ。
色々あるのでは?
むしろナニが同じなんだ?
「違い? そんなんあり過ぎてようわからんわ。けど一番を挙げろっちゅーなら……そらさっき但馬ちゃんが言うたように、法を好き勝手にできるかどうかやろな」
「せや! 法を好き勝手にできる。つまり後ろ盾になっとるもんの大きさ。これだけや! これだけが俺らとギルドの違いなんや!」
それだけってことはないが、結局そこが大きいのは間違っていない。
彼らが法の穴を潜り抜けて色々ヤるのに対し、法律そのものを自分に都合のいいように変えるのがギルドや役人たちのやり方だ。
同時に、それこそが寄生虫でしかない連中が探索者相手に偉そうにできている理由でもある。
社会を敵に回して生きていける人間は少ない。
だからこそ俺や但馬さんは、表立ってギルドと敵対しないよう色々と画策しているのだからして。
「……結局お前は何が言いたいねん。河内連合がお上を味方に付けたとでも言うんか?」
お上を味方に?
それはもしかして、関西圏の自治体だけではなく、政府と提携を結んで利益を折半できるような関係になったってことだろうか?
……こう言ってはなんだが、それはない。
いくらギルドや役所が腐敗の塊にして、容赦なく身内の脚を引っ張り合うようなクズのたまり場とはいえ、連中が探索者と自分たちを同列に並べることなどありえない。
どれだけ美辞麗句を並べて持ち上げようとも、連中にとって高ランクのクランや優れた探索者とは、自分たちの取り分を不当に貪る獣(なお、命懸けでダンジョンに潜ってその”取り分”を取って来るのも彼らが嫌う獣なのだが、その辺の機微に関しては先ほど瀬田垣さんとやらが狩りの狗に例えて説明済みである)でしかないのだ。
必要経費分の餌を与えることすら嫌う彼らが、自分たちのモノを手放すような真似をするとは思えない。
今だって、政治家になった人たちを蹴落とそうとしているはずだしな。
ならば彼らの狙いとはいったい?
「それこそまさか、や。ええか、お上が俺らの後ろ盾になるんやない。俺らがお上の後ろ盾になるんや!」
「「「はぁ?」」」
わからん。
彼の考えていることが、なに一つわからん。
そもそも、こんな野望を秘めた上で行動を起こすような組織は間違いなく【ギルドナイト】が動いて色々とヤる案件だ。
それなのに、彼らのことなど世間話どころか、教育の過程ですら聞いたことがない。
おかしい。
一体ナニが起こっている?
閲覧ありがとうございました















