二十一話 変身と語りの途中は攻撃禁止の法則
それは探索三日目の終盤。
目的地である二〇階層に到着し、少し進んだところにある開けた空間をキャンプ地として選んだ俺たちが、夜を明かすための準備をしているときに現れた。
それは大きな男であった。
見た感じ、歳は四〇前後。身長は一九〇センチほどはありそうだ。
横幅も相応にあり、服の上からでも鍛えていることがわかる程度にはがっしりしている。
そして第一印象を決定付ける最大の特徴、輝くスキンヘッドと口元を覆う髭が傷だらけの厳つい顔をより輝かせているように見える。
一言で纏めると、やはりヤクザしかない。
それも映画やゲームの中にボスキャラとして登場するようなステレオタイプのそれである。
「ここまでご苦労さん。けど、アンタらの探索はここで終いや!」
「「「な、なんだってー!?」」」
端的に言えば、襲撃を受けたのだ。
それも予想だにしていない方向から。
本来俺たちを邪魔する予定だった西川さんたちが心変わりをした時点で、今回の仕事は無事に終わることが確定した、はずだった。
しかし、俺が抱いていた楽観的な幻想は、招かざる客たちによって派手にぶち壊されてしまった。
結局俺は見誤っていたのだろう。
俺たちに仕事の依頼を出した連中の小賢しさとその本質を。
尽きぬ欲望の上に幾多の犠牲と怨念を積み重ね、五〇年の長きに亘って増改築を加えられるも、一向に完成する(集まる欲望に歯止めがかかる)気配がない、それどころか拡張の一途を辿る未完の悪意、人呼んで『悪徳のサグラダファミリア』こと、探索者ギルドの本質を。
完全に見誤っていたのである。
―――
強大化した利権と腐った性根は、実態以上に自意識を肥大させる。
全ての部署が利権を持ち、それぞれが強い自意識を持った彼らは、ありとあらゆる手段を用いて自分たちを正当化し、勝手気ままに動こうとする。
故に、右手がやっていることを左手が認知していないのは当たり前。
右手がやっていることを左手が邪魔しようとするのも当たり前。
右手と左手が争っている間に右足が抜け駆けしようとすれば、その足を左足が引っ張るのも当たり前。
今回の件でもそうだ。
龍星会に護衛任務を回した者の中には、龍星会を昇格させることで繋がりを作ろうとする者と、任務そのものを失敗させて龍星会を潰そうとしている者がいた。
潰そうとする連中には、龍星会を潰そうとする者と、龍星会に依頼した役員の失脚を狙った者がいた。
その方法として鬼神会が選ばれたが、それだって鬼神会に美味しい思いをさせようとした者と、鬼神会と龍星会の共倒れを目論んだ者がいた。
そんな感じで暗躍している者たちにも、共通している思いがある。
それは『使い勝手のいい駒は増やしたい。だが制御できない駒はいらん』という思いであり。
より具体的にするなら『下層に潜れるAランククランは増やしたい。しかし、それはあくまで自分たちの命令に従う狗であり、自分以外に従うようでは困る。自意識を持つなど言語道断』という思いである。
確かに、これまではその危険性もあってか下層に挑める探索者は少なかった。
そのため、命知らずの無教養者たちを煽てて下層に潜らせてきた。
そのせいで本来自分たちに入るはずのモノが無教養者たちの下に流れてしまったが、それに関しては『多少の損はしょうがない』と寛大な心で以て見逃すことにした。
ハイポーションを勝手に売るような横紙破りにも、目を瞑るしかなかった。
しかし、そんな屈辱に耐える日にも終わりが見えてきた。
ある程度の教育体制が整ってきたことで、自分たちの手で育てた品行方正な探索者が下層へ潜れるようになってきたからだ。
思想教育を施された子供たちは、これまで嫌々利用してきた無教養者とは違い、ダンジョンで見つけた貴重品を勝手に横流しするようなことはしないし、そもそもできない。
今後ダンジョンに潜るのは、全てを自主的に自分たちに納めてくれる、素直で優秀な蟻だけでいい。
これこそがギルドの上層部や各省庁を牛耳る高級官僚たちに共通する思いであり、今のところ龍星会や鬼神会に恩を売ろうとしている連中とて、その体制が構築されるまでの間に生じる細やかな利益を吸い上げるためにやっているだけで、準備が整った時点で切り捨てるつもりで接触しているに過ぎないのだ。
そんな連中が関わっている案件で、予期せぬ事故が起こらないはずもなく。
―――
どこからともなく姿を現した男は、俺たちに、特に西川さんに対して怪訝そうな顔を向けながら語りだす。
「しっかし、どうなっとるんや西川はん。本来ならあんたらもそこの但馬はんらを襲う予定やなかったんか? いやはや、予定と違う行動はとらんといて欲しいわ」
と宣っている間にぞろぞろと現れる、見るからに暴力に慣れた男たち。
その数ざっと二四人。
少し離れたところにいる女性陣や撮影スタッフさんたちの方にも一二人ほどいるし、さらに離れたところにもう一人控えているようなので、総勢三七人の大所帯である。
目に見える特徴としては、全員が黒い服やら羽織を纏っていることだろうか。
もちろんただのファッションではないだろう。
光沢や雰囲気から察するに、恐らくあれは黒蜘蛛の糸で作られた防具と見た。
現時点ではあまり流通していないアレを、少なくとも三六人分揃えている時点で中々に豪気な組織である。
各々のレベルに関しては、鑑定をしていないので詳細は不明だが、現役のAランククランである鬼神会とAランククランに昇格しようとしている龍星会が手を携えている中で堂々と姿を晒したくらいだ。
少なくとも彼には但馬さんや西川さんを相手にしても勝ち切る自信があるのだろう。
どれだけ自信があろうとも、今の俺や奥野には届く可能性は皆無だが。
「お前は確か、河内の……」
おや、西川さんの知り合いだろうか?
「あぁ、お互いに名を知っとってもこうして会うのは初めてやな。河内連合若頭代行・直参の瀬田垣組組長、瀬田垣道淳や。別に憶えんでもえぇで。どうせアンタらはここで死ぬんやからな」
「ほほう」
河内連合がナニかを知らない俺からすれば「なんとも長ったらしい肩書ではあるものの、相手の身分から目的まですべてを一つに纏めた、これ以上なくわかりやすい自己紹介だなぁ」としか思えなかったそれも、但馬さんにとっては違ったらしい。
「河内連合の若頭代行、だと? 西川さん……」
「……間違いあらへん。名前までは憶えとらんかったけど、顔と肩書はさっきので合っとる」
「ちっ。そんな大物がなんでこんなところに!」
驚愕したまま確認を取る但馬さんと、相手から目を離さないまま頷く西川さん。
二人の様子を見るに瀬田垣さんとやらは、探索者としての実力はまだしも、そちらの世界においてはそれなり以上の影響力を持つことが窺い知れる。
まぁ、それがどうしたという話なのだが。
確かに俺は社会が敵に回ることを恐れている。
しかし、それはあくまで排斥されたら社会的に詰むこととなる”表”社会の話。
相手が表の社会から排斥されつつある裏社会の勢力、つまり反撃しても社会的に排斥されず、それどころか称賛されるような組織など、どれだけ敵に回ったところで困ることも恐れることもない。
しかもこの場は官憲の目が届かないダンジョンの中である。
ナニをしても証拠が残らないからこそ、この地で襲撃することを選んだのだろうが、それはこちらも同じこと。
ナニをしても赦される条件下における襲撃など、危機を覚えるどころか「奥野や切岸さんに対人戦闘の経験を積ませるための獲物が向こうから来てくれた」と感謝の意を伝えたいくらいだ。
もちろん空気が読める俺は、まだそんなことは言わないけどな。
「俺たちを消すつもりか」
「はっ、そないなこと簡単にできると思っとるんか?」
「もちろん簡単には行くとは思っとらんで? なにせ相手は『霧谷の鬼』と『藤本の龍』やさかいな」
鬼と龍、ねぇ。
随分と仰々しい渾名を付けられたものだ。
「アンタらの勇名は関西にも響いとった。俺とは違ってな。一〇年前ならこうして直接話すこともできんかったはずや」
西川さんは想像できるが、どうやら但馬さんも若いころは相当ブイブイ言わせていたらしい。
誇るような表情ではなく苦い顔をしていることから、彼的には黒歴史なのかもしれないが。
まぁな。
三〇過ぎて龍とか言われても困るよな。
「せやけど、アンタらは失敗した」
納得する俺を他所に、どこかしんみりした様子から一転し、厳しい目を向けてくる瀬田垣さんとやら。
「代紋も盃も捨てて堅気になる? 今更そないなことできるはずがない。できたところで世間が受け入れるはずがない。実際関西にまで名が知れていた武闘派の藤本興業は、今や中途半端な破落戸集団として落ちぶれとる。霧谷組かて同じや。ギルドの狗に成り下がったせいで、今やキャンキャン吠えるだけの雑魚になってしもた。アンタらだけやないで。関東におった連中、全部が落ちぶれとる! それもこれも全部アンタらが”誇り”を捨てたせいや!」
「「……」」
言いたいことはなんとなくわかった。
方々から色々と言われることはあるが、一応探索者は”表”の職業である。
【商人】系の職業を得てしまった探索者とて、犯罪者予備軍として白眼視されてはいるものの、犯罪者ではない。
当然、探索者の能力を利用している建設や鍛冶などの仕事も”表”の職業と分類されている。
なんなら、大成しなかった探索者や世間の目から逃げ出した【商人】たちにとってのセーフティーネットとして認識されているまである。
会社としては、どれだけ機械化が進んでいようと、現場で力仕事ができる人員が不足している昨今、探索者崩れだろうがなんだろうが真面目に働いてくれるならそれでいいし、探索者側も真っ当な人間として扱ってもらえるなら文句はない。
彼らの関係はそういう意味ではWINーWINの関係だった。
このこと自体は別に悪いことではない。
だが、国やギルドはセーフティーネットが反社会勢力と繋がっている、もしくは反社会勢力そのものであることを認めなかった。
おそらくだが、彼らに対して行政的な許可を与える見返りとして正式に組織の解体を求めたのではなかろうか。
藤本興業を始めとした各組織にとっては苦渋の選択だったかもしれない。
しかし、断るという選択肢もなかった。
断ったら【ギルドナイト】に粛清されていただろうからな。
なんなら、国やギルドはそっちを望んでいた可能性すらある。
真っ当な価値観を持つ役人や官僚たちからすれば、探索者崩れやそれを抱え込む裏の連中は唾棄すべき存在なのだから。
潰せる機会があったら潰しているはずだ。
そのことを理解していた彼らは、組織を解体して堅気としての道を歩み出した。
この決定は藤本興業らに存続を齎したが、その反面、同じ業界にいた瀬田垣さんとやらの目には”誇りを捨てた行為”に映ったわけだ。
もしかしたら”業界を裏切った”とさえ思っており、今回の襲撃はその裏切り者に対する粛清、という側面もあるのだろうか?
もしそうであったとしても、俺にとってはどうでも良い話でしかないのだが。
「自分から牙も爪も折ったアンタが衰退するのは当然や! せやけど俺らは違う! 俺らはこれからもっと伸びるんや!」
いい加減潰したら駄目かなぁ……なんて思い始めた俺の思いとは関係なく、彼の主張はまだ続くようで。
但馬さんも向こうがペラペラと情報を明かしてくれている内は攻撃するつもりがないみたいだし、これはもう少し話を聞くことになりそうだな。
閲覧ありがとうございました















