十九話 ちゃんと報告して、役目でしょ
探索初日は一六階層に到達した時点で終了となった。
我々からすれば探索の途中でしかないこの階層も、護衛対象である少女たちからすれば初めて訪れる未踏の地(彼女たちの先輩にあたる秋口さんは十九階層まで行ったことがあるらしいが、今回はあくまで付き添いなので特に言及しないものとする)である。
一六階層の開けた場所をキャンプ地として選び、興奮冷めやらぬ様子でテントを張りながら語り合う姿に視聴者を意識した演技の色はなく、道中の戦闘シーンも含めればドキュメント番組として非常に”映える”画が撮れたのではなかろうか。
なんなら彼女らもスタッフさんも現時点で「今回の探索は成功だった」と思っているかもしれない。
俺としても、探索者を自認できるレベルに至っているとは思っていないが、アイドルとしては十分なんじゃないかな? と思っている。
あとはこのまま二〇階層に行って、撮影とレベリングをして、帰るだけ。
ここまでくれば、恐れるべきは突発的な罠(主に宝箱)と魔物や他の探索者の横やりくらいのもの。
その魔物や他の探索者とて、これだけの面子が揃っている中では碌な成果を上げることはできないだろう。
もちろん『余計な干渉をされたせいでこれから撮る映像が汚される可能性』は皆無ではないので、奇襲や横やりに対する警戒を怠るつもりはないが。
それでも、心配の種が『護衛対象の生命の危険』から『魔物の奇襲によるストレス』や『寝不足によるストレス』や『探索者との接触で生じるストレス』に代わったのは大きな変化だと言えよう。
それはそれとして、護衛にも休憩は必要であるため、俺たちは護衛対象の少女たちから五〇mほど離れた場所に陣取り、夜を明かす準備を整えていた。
まぁ準備と言っても、我々は遊びでここにいるわけではないので、わざわざ時間をかけてテントを張ったりしない。
あくまで俺が持ってきたモノを出して設置するだけだから、楽なもんだ。
―――
「こっちに休憩用のプレハブを二つ、その奥に倉庫用のプレハブを一つ。業務用インバーター発電機は休憩用の隣。少し離れたところに簡易トイレと簡易シャワーをそれぞれ二つ設置して。毛布は倉庫用のプレハブの中。飲料水と食料はコンパクトキッチン(魔石を原動力とするIHクッキングヒーター付き)の前に置けばいいな。よし、とりあえずこんなもんか」
長丁場の探索において最も重要視されるのは、モチベーションの維持である。
そのために必要なのは、そこそこ安全な寝床とそこそこ暖かい食事、そして清潔なトイレと清潔な風呂だ。
これさえあれば大体なんとかなるのは、一五年の探索人生で実証済みである。
それで言えば、個室やベッドやソファーがないことや、市販の簡易シャワーや簡易トイレに不満がないとは言わないが、その辺は我慢するしかない。
もちろん『ルーム』の中は、俺を含む【ギルドナイト】が総出で完成させた快適な空間となっているので、本来であればわざわざこんな設備を出す必要はないのだが……まぁさすがにこんなに人がいるところで切り札である『ルーム』を開示するつもりはないからな。
『ルーム』を使えない以上、みんなと同じ環境で寝泊まりするしかないのである。
そうして涙を呑んで快適空間を諦めつつ、某青タヌキが如く、あれやこれやとルームの中から取り出す俺に対する周囲の反応はというと、もちろん拍手喝采、なんてことはなく。
「「「いやいやいやいや」」」
「「「それはおかしい」」」
と、何故か困惑しながら否定されてしまった。
その比率は半々くらいだろうか。
心なしか、護衛対象の少女たちやスタッフさんたちからも困惑されている気がしないでもない。
いや、まぁ、俺とて一時期流行った鈍感系主人公ではないので、彼らの言いたいことはわかるのだ。
わかるのだが、あえて言わせてもらう。
「このサイズのプレハブなら西川さんだって持てるでしょう?」
俺が持ち込んだプレハブはそこそこお高い三坪タイプ。
軽量化を施されているため、一つの重量は約七〇〇キロ程度となっている。
このくらいであれば、上級職まで鍛えた探索者なら一人か二人で担げるようになるので、彼らを遥かに凌駕するステータスを持つ俺からすればそれほど重いモノではない。
よって、彼らより強い俺が一人で担いだり設置できることに問題はないのだ。
「いや、それもあるけど、そうやない!」
簡単に説明した俺に対し、なにやら疲れた表情を浮かべる西川さん。
一体何が不満なのか。
いや、言いたいことはわかっているが。
まず、アイテムボックスに関してだろう。
便利スキルの代名詞とされるこのスキルは、レベルに応じてその容量は増えることは広く知られている。
その中で、現時点における最高レベルの【商人】であっても、その限度は三坪倉庫一つ分(約二十七㎥)とされており、これが現時点での最大容量と言われている。
それに鑑みて、俺の出したモノを見てみよう。
最初に出したのが、三坪タイプのブレハブが三つである。
これだけで最大容量とされている分の三倍だ。
初見であれば驚くのも無理はない。
尤も、俺の最大容量は【旅人】から上級職の【過客】になったこともあってか、従来の三四三㎥から五一二㎥へと進化しており、容量にはまだまだ余裕はあるのだが、それはそれ。
容量と同じくらい、用途にも驚いたものと思われる。
まぁな。シャワーやらトイレはまだしも、キッチンまで出されたら、そりゃ「なにしてんの?」と突っ込みを入れたくなるわな。
俺だって最初『ルーム』に簡易キッチンを備えるよう言われたときは「は?」って感じになったし。
というか、普通に口に出して折檻されたし。
だから、色々と言いたげな西川さんの気持ちもわかるのだ。
わかるが、あえて言おう。
QOLが上がって何が悪い、と。
「いや、それにしたって限度っちゅーモノがあるやろ」
「限度? ないですよ」
断言できる。
人間の欲に際限など存在しない。
際限が存在しないが故に、どこまでも追及できる。
これはそういう類のモノだ。
ましてこれらはあくまで俺個人の欲であり、追及したところで文句が出る類のモノでもない。
ならば自重する理由があるだろうか? いや、ない。
そもそも、どうして相手に合わせて生活水準を落とす必要があるのか?
どうしてわざわざストレスを抱え込まなければならないのか?
それがわからない。
「……さよか。まぁ好きにしたらええ。もともと兄さんらのやり方にケチ付ける筋合いはないからのぉ」
なにやら諦めモードに突入したようだが、言質は取った。
鬼神会側のトップが納得したことで『問題はなかった』ということになり、一応の配慮として「使うならご自由にどうぞ」と告げておいたので、悪いようにはならないだろう。
あぁ、もちろん今回のあれこれは、俺が無自覚にやらかしたわけではない。
明確な意図があってやったことだ。
その意図とは、西川さんに対して『裏切ったらただでは済まないぞ』という警告を発することである。
少なくとも今回の件で俺は西川さんに、アイテムボックスの容量が常識外の域に達していることと、一人でプレハブを持ち運べる程度のSTRを備えていることを見せつけた。
ただでさえ”力”が生み出す雰囲気に敏感な彼らに対し、雰囲気だけでなく具体例まで見せたのだ。
ここまでやれば簡単に敵対しようとは思わないだろう。
彼が持つ常識が通じないように見せたのも、警告の一環である。
人間の精神とは、自分が理解できないモノを殊更に恐れるようにできている。
故に自分の常識では理解できない、自分以上の力を持つ存在を恐れるのは当然のこと。
で、好き好んで恐怖の対象と敵対したいと思う人間はそうそういない。
護衛対象という人質もいることを加味すれば、この探索中に敵対するという選択肢は消えるだろう。
また、一般的に過ぎた恐怖は排斥に繋がるが、恐怖が”畏れ”に昇華すれば、それは崇める対象となる。
力の信奉者である西川さんたちが排斥を選ぶか、それとも畏まることを選ぶか。
どちらを選ぶかは彼ら次第だが、まぁあの様子だと後者を選んでくれそうだな。
俺としてもAランククランは潰すのではなく仲間にしたいので、彼らには賢い判断をして欲しいと思うところである。
で、西川さんの態度に満足した俺はその場を後にしようとしたのだが、混乱しているのは西川さんたちだけではなかった。
それ以上に混乱している人物がいたのである。
「エェ……ソレで納得していい、の?」
意外! でもない。
インドネシア出身のシータさんだ。
なんでも、インドネシアの探索者はトイレやシャワーなどを持ち込まないとのこと。
トイレはその辺に穴を掘ってぶちまけるし、シャワーは諦める。
向こうではそれが当たり前なんだとか。
まぁな。
日本の探索者だって、余裕があるなら持ち込むが、余裕がなければ諦めるものな。
世界最強の集団である【ギルドナイト】だって、この時期はそういうのを後回しにしていたし。
だがそれはあくまで余裕がないから後回しにしているだけで、完全に諦めたわけではない。
なにせここはダンジョン探索にも快適さを求める魔境、日本。
QOLの向上に命を賭ける変態の巣窟である。
そもトイレは、その辺にぶちまけるよりはちゃんとした個室があった方が安全だし、する方にとっても見張る方にとっても精神衛生的にプラスになる。
シャワーもそうだ。
不潔よりは清潔な方がいいし、清潔にしていた方が心に余裕が持てることは広く知られている。
その余裕が命を救うことにも繋がるので、結論として”トイレやシャワーは持ち込めるなら持ち込むべき”というのが、日本の探索者にとっての常識となっているのだ。
実際、俺に対して色々言いたいことがありそうだった西川さんだって、シャワーやトイレに関してはなにも言わなかっただろう?
それが答えだ。
だから、日本ほど探索が進んでいない地域で生まれ育ってきた彼女の驚きは考慮に値しないし、情報を遮断しようとも思わない。
むしろ、この探索で色々と驚いてもらい、その驚きを事細やかに報告して欲しいとさえ思っている。
彼女からぶっ飛んだ報告を受けた上司がどんな反応をするかは不明だが、少なくとも圧倒的な力を持つ存在を軽んじるようなことはしないだろうから、な。
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