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十七話 いざダンジョンへ

俺の言い分を良く理解していなかったシータさんに細々と解説をすること数分。

ようやく諸々を理解した(と思われる)彼女から「じ、上司に確認してみます……」という言質を取った俺は、前払いという形で指輪を貸し出すこととなった。


そう、貸し出しである。


インドネシアとの伝手は欲しいが、いくらなんでも正式に契約を締結する前の段階で貴重品を譲渡するのはありえないからな。

譲渡は、正式に契約が締結されてから。

常識といえば常識だし、試食させることでより断り難い状況にするという、非常に知的で高度なテクニックでもある。


あぁもちろん、俺は強制や脅迫なんて無粋な真似はしないぞ。

あくまでボールは彼女の手の内にある。


それを捨てるか拾うかは、彼女と彼女の上司が決めてくれることだろう。


願わくば素直に手を取ってもらいたいところだが……まぁ相手も国家機関だ。

思い通りには動いてくれない可能性も低くはないが、断られたところで別に損をするわけでもなし。


気になるシータさんの個人評価とて、心配には及ばない。

二つのAランククランとの伝手に加え、貴重品の存在とそれを得る機会を持ち帰った時点でそれなりのモノになるだろうからな。


少なくとも一方的に罰を受けるようなことはない、と思いたい。


国家機関の考え方なんて知らんけど。


ともあれ、こうして誰にとっても波乱に満ちた顔合わせは終わったのであった。


……そう、ここまでグダグダやってようやく顔合わせが終わったのだ。


これからパーティー編成やら護衛の位置やシフトの確認やらを詰めて、ようやくダンジョンに入るのである。


この辺しっかりしないと冗談抜きで死ぬからな。

幼稚園の遠足とは違うのだよ、遠足とは。


で、なんやかんやと話し合った結果、今回の探索では大きくわけて四つのパーティーに分かれることとなった。


一つ目は、護衛対象たちのパーティーだ。

四人のアイドル候補生に、奥野と切岸さんを加えた六人がこれに当たる。

最終目的は二〇階層に行くことだが、そこに行くまでの間も撮影してドキュメント的な感じで放送するらしい。


その際、アイドルたちには自分たちのアバターとなっているキャラクターの絵を被せ、奥野と切岸さんには黒子的な衣装の上にスタッフA・Bという字を当てることで対処するのだとか。


護衛でしかない奥野たちに対しても身バレしないよう徹底してくれるのはありがたい配慮と言えるだろう。


二つ目は、護衛として彼女たちに帯同するパーティーである。


彼らは護衛の他にも、事前に危険な罠を外したり、魔物の数を減らす役割も担っている。


留意点として、彼我の距離が近すぎるとダンジョンから『こいつらパワーレベリングしてるな』と見做されてしまうことが挙げられる。


パワーレベリングのデメリットとして、レベルアップ時のステータス上昇値が下がることは広く知られているのだが、それ以外にもドロップアイテムが落ちにくくなったり、魔石の質が落ちてしまうというデメリットも判明しているので、そういったことが起こらないよう適度な距離を開けることになっている。


そのため、突如として出現した魔物による奇襲に代表されるマジの緊急事態には対応できない可能性もあるが、そもそも護衛対象たちもそれなりのレベルはあるので、大体のことには自分たちで対応できるし、なにより奥野と切岸さんがいれば二〇階層程度で発生する障害程度は軽く排除できるので、特に問題になることはないだろう。


それでも、いざというときは真っ先に駆けつける必要があるため、ここには精鋭部隊である但馬さんが率いるパーティーと、美浦さんが率いるパーティーが当てられている。


三つ目は、スタッフさん。

この人たちは向こうの学校が用意している人たちで、荷物持ちの【商人】が一人、アイドル学校が用意した護衛(撮影スタッフを兼任)が三人、マネージャーが一人の五人に、飛び入り見学者のシータさんを加えた六人で構成されている。


ちなみに全員女性である。


彼女らは企業秘密的な意味合いも抱えているため、基本的に部外者の立ち入りは禁止とされており、俺らが絡むことはない。


一応シータさんは別口になりそうだが、そもそも彼女は無理を言ってついてきた立場であり、この探索に先立って『なにが遭っても文句は言わない』という旨の誓約書にサインをしてきたらしいので、アイドル達とは異なった扱いになっても問題はないとのこと。


もちろん、誓約書があるからといって、意図的に怪我をさせたり、意図的でなくとも後遺症が残るような怪我をさせたり、性犯罪などの犯罪行為に及んだりしたら当たり前に問題となるが、逆に言えばそこまで行かなければ問題はないらしい。


具体的には、護衛対象である少女たちには傷一つ付けないよう配慮する必要があるけど、シータさんに関しては”傷を負ってもポーションを使って治せる程度の傷なら問題なし!”とされるとのこと。


なんなら「少しくらい痛い目に遭って反省して欲しい」という思惑さえ感じられる。


一般人からすれば『子供相手にシビア過ぎないか?』と思われるかもしれないが、元々が無理を言って先輩の探索に便乗してきた身なのだ。

そのことを念頭に置いて考えれば、護衛を付けてもらえる時点で十分以上に配慮していると言えるだろう。


なんなら「ダンジョンという死地に赴く探索者の『自己責任』を舐めるな!」と叱責されても文句を言えないレベルで甘やかされているまである。


彼女がただの留学生ではなく、特殊部隊に所属している現役の軍人であることも加味すれば、護衛すらいらないかもしれないが……そこはまぁ、貸しということで。


シータさんの扱いに関してはこれくらいにするとして。


四つ目は、スタッフさんの護衛と、予定外のナニカあったときの交代要員だ。


これには龍星会のパーティーが一つと俺、それと西川さんら鬼神会の探索者一二人がここに加わることとなった。


本来であれば西川さんたちこそ”予定外のナニカ”だったのだが、なんやかんやで手を組むことになったため、交代要員として控えることにしたらしい。


よって最終的な人数は、六+一二+六+六+一+一二で四十三人、内訳は護衛対象一〇人に対し、護衛が三十三人という大所帯である。


これが多いか少ないかで問われれば間違いなく多いのだが、まぁ、経験上護衛が多くて困ることはあまりない――もちろん指揮系統があやふやな場合はその限りではないが、今回は西川さんが但馬さんをメインとして動くことを了承しているため、特に問題はない――ので、今のところ俺から口を挟む予定はない。


気になる日程は六泊七日の長丁場。

詳細は、行きに四日、二〇階層でのレベリングと撮影に二日、帰りに一日となっている。


行きと帰りに差があるのは、レベリングだけではなく探索の過程も映像にしたいというアイドル側の意見と、疲れている復路こそ事故が起きやすいことを知っている但馬さんらの意見を取り入れた結果、復路は撮影をしないで帰ることとなったためだったりする。


つまり、全員の安全を第一に考えた日程ってわけだ。


いやはや、安全第一、な。

素敵な言葉だと思う。


聞いた途端思わず、探索者のことを自分たちのためにダンジョンに潜る奴隷か何かと勘違いしているギルドのお偉いさん連中の頭を切り開いて物理的に脳裏に刻み付けてやりたい衝動に駆られたくらい素敵な言葉だよ。


いや、マジで大事だからな、安全って。

閲覧ありがとうございました

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