十五話 大胆な告白は実力者の特権
「エェェェェェェェ!?」
俺の提案を受けて、心底驚いた振りをするシータさん。
もしも俺が年齢通りの子供なら、彼女が純粋に驚いていると錯覚したかもしれない。
だが、彼女のことを知っている俺は騙されない。
俺は知っている。
彼女はこの歳で特殊部隊に所属しているだけではなく、国家の未来を担う可能性がある任務を割り当てられる程度には優秀な工作員であることを。
そして、そんな彼女が俺と西川さんらとの会話にしっかりと聞き耳を立てていたことも。
その中で、最初は一方的に詰められて泣かされたという被害者の立場を利用して、俺たちから何らかの譲歩を引き出そうとしていたことも。
そしてなにより、俺たちが『インドネシアとの伝手』を求めていることを知り、これを上手く使えば、”おこぼれ”を貰えるんじゃないか? と画策していたことも、ちゃんと知っているのだ。
いや、最後のは穿ちすぎかもしれないが、少なくとも俺が知っている彼女はそういうタイプの人間だったからな。
侮るよりは警戒しておいた方が良いと思う次第である。
しかして彼女の試みは、俺が彼女の所属を暴露したことでご破算になってしまった。
そりゃそうだ。
生き馬の目を抜く世界で生きてきた男たちが、スパイと分かっている相手を甘やかすはずがない。
それも、外交官の娘という間接的なスパイではなく、特殊部隊に所属しているバリバリの現役スパイとなれば、排斥することはあっても甘やかすことなどないのである。
よって、本来であればこれから彼女を待ち受けているのは、凄惨な拷問……ではなく、上司からの叱責+それなりの処分、となるはずであった。
まぁ処分と言っても、彼女が優秀な人材であることに違いはないので、処刑されることはないだろう。
順当にいけば、現在の担当を外された上でほとぼりが冷めるまで閑職に回されるか、それともインドネシア本国に呼び戻されて、国内のダンジョンの探索に回されるか、って感じだろうか。
どちらにせよ、正体がバレて業務に支障をきたすような学生スパイの末路としては残念ながら当然と言えるだろう。
そんな出世街道から外されることが確定した彼女だが、ここで挽回のチャンスを与えられたらどう動くだろうか?
「……目的はなにですか?」
うん、当然警戒するよな。
自分が意図して訪れた機会ならまだしも、降ってわいたような好機に飛びつくような阿呆なら、工作員として派遣されるはずがないからな。
カタコトなのは油断を誘うための演技だろうか?
今更そんなコトをしたところで意味があるとは思えないのだが、まぁその努力は買おう。
値段を付ける気はないけどな。
それはそれとして、話を進めるとしようか。
「俺が貴女に欲するモノは、大きく分けて二つあります」
「……」
「一つはインドネシアとの伝手。これに関してはさっき西川さんや但馬さんが言っていたので、説明は不要でしょう?」
「……えぇ」
この伝手を以て、建設系企業に絶対に必要とされる建材の入手経路を得る……だけではない。
それがあくまで藤本興業や霧谷組にとって必要なモノであって、俺にとって必要なモノではない。
では俺が何を求めているのかというと、ズバリ『インドネシアという国家を後ろ盾にすること』だ。
現時点で世界最強の探索者となっている俺が想定している最大の仮想敵は、社会そのもの……もっと言えば、”えげつない”・”心がない”・”卑劣極まりない”と外道の三信を網羅している暗黒メガコーポこと探索者ギルドと、その上役たる日本そのものである。
俺がどれだけ強くとも、彼らがその気になれば、一学生に過ぎない俺や俺の家族などを犯罪者にして社会的に抹殺することなど、簡単にできてしまうからな。
それこそ、赤子の手を捻るかの如く、というやつだ。
もちろん、ソレをやられた時点で関係者全員に報復するし、力の限り色々とやって犯罪者扱いを撤回させるつもりはある。
撤回させるつもりはあるのだが、大前提として一度”犯罪者”というレッテルが貼られてしまった時点で負けなのだ。
新聞で訂正させようとも、テレビで訂正させようとも、”犯罪者扱いされた”という事実は消えないのだから。
そして民衆は、つまらない事実よりもインパクトがある情報をより強く覚えるモノ。
よって、一度貼られたレッテルはそうそう剥がれないし、そもそも撤回させるまでの期間、家族は肩身の狭い思いをすることになるわけで。
撤回されるまでの期間で近所付き合いとかが確実に終わるであろうことを考えれば、やはり犯罪者のレッテルを貼られないようにすることが大事なのである。
そのためにはどうすればいい?
国家に従順であればいいのか?
半分当たりで、半分外れ。
突如として現れた、どんな存在でも消せる最強の猟犬である。
確かに最初のうちは重宝されるだろう。
しかし『狡兎死して走狗烹らる』なんて言葉があるように、必ず終わりは訪れる。
なにせ猟犬はただ優秀なだけの狗だが、汚れ仕事を多くこなした狗は、知られては困る情報を溜め込んだ狗であり、自分に噛みつく前に交換したいと思われるほど厄介な存在となり果てるのだから。
それこそ往年の【ギルドナイト】のように。
【ギルドナイト】は、その有益性や、彼らと敵対した際に生じるデメリットが明確過ぎるほど明確であったため粛清されることはなかったが、同時にギルドの連中が常時対上位探索者用の装備を開発していたこともまた事実。
もし【ギルドナイト】にも通用する装備が開発されていたら、ギルドや国の連中は迷うことなく使用していたであろうことは想像に難くない。
表面上だけとはいえ、あれだけ国家やギルドに富を齎した【ギルドナイト】でさえその程度の扱いだったのだ。
俺のような若造が彼らに従ったところで、正当に報いられることはないと断言できる。
利用されるだけ利用され、最終的に裏切ると分かっている相手に従うことほど無駄なことはない。
よって、これまで俺は連中に従うのではなく、連中からの干渉を受けない立場を得るために動いてきた。
最強の探索者になったことで、最も簡単で、最も費用対効果が高い個別の干渉に怯える必要はなくなった。
個人の安全が確保されたのであれば、次は家族の安全を求めるのが筋というもの。
そのための一手が『インドネシアとの伝手』というわけだ。
事実として、ダンジョンから取れる素材を管理する探索者ギルドは、国内外に対して大きな影響力を持つ組織である。
しかしその影響力は、決して突き抜けたモノではない。
ざっと見渡しただけで、素材を研究する国家機関の科学技術省と、民間企業に素材を卸して研究させる経済産業省が争っているし、独自に素材を研究して自己の強化に用いようとしている国防省や、道路や建物を強化しようとする国土交通省の横槍もある。
それ以外にも、木材や食料になる魔物が絡めば農林水産省、ポーションなどの薬物や魔物由来の毒が絡めば厚生労働省、探索者が絡む犯罪に当たる法務省、税金も発生するので財務省だって無関係ではない。
ここに、国外への輸出入や外国人スパイに対処するための組織を有する外務省が絡むのである。
これらの省庁に対し、ギルドの立ち位置は明確に上……ではなく、圧倒的に下である。
具体的には、各省庁の間で行われた会議の結果に沿って、素材を分配するような形になっていた。
これはギルドが半官半民の組織であることや、ギルドが発足した際に派遣された役人たちが、各省庁での出世争いに敗けた面々であったことが尾を引いているとかなんとか。
この扱いについて、ほとんどのギルド役員たちは面白くないと思ってるようだが、その反面、各省庁の間で折衝する労力を割かなくて良いというメリットも享受していたので、組織を改革しようとはしていなかったりする。
まぁ連中についてはどうでもいい。
重要なのは『インドネシアが後ろ盾になってくれれば、ギルドが俺に対してナニカしようとしても、外務省が勝手に防いでくれる環境ができる』という一点にある。
このためならば入手方法が判明している指輪の一つや二つ、本当に高くはないのだ。
伝手ができたからと言って、後ろ盾になってくれるかどうかわからない?
それは、アレだ。
これから適度に彼らが欲しているであろう物資を提供することで、向こうから『絶対にこいつとの縁は切ってはならない!』と思わせれば良いだけの話。
幸い、彼らが欲しがりそうなアイテムはいくらでもあるからな。
無ければこれから取りに行くし。
つまり、彼女と伝手ができた時点で、後ろ盾云々の話は解決したようなモノなのである。
で、一つ目の理由に納得してもらったところで二つ目の理由になるのだが。
「二つ目の理由としては、貴女個人との伝手、ですね」
「……ハイィ?」
ん? なんだそのリアクションは?
なんかおかしなことを言ったか?
閲覧ありがとうございます。















