十三話 俺は悪くないよねぇ?
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シータさんが突然泣き出したことを受け、最初は「若い二人にお任せや」なんて言っていた西川さんも傍観しているわけにはいかなくなったようで、真剣な顔になりながら「さすがに自分が紹介した相手を泣かされたら黙っとれんぞ? 一体どんな話をしたんや?」と事情を明かすよう迫ってきたため、彼や俺の保護者となっている但馬さんに彼女の事情を簡単に話すこととなった。
「つまり、あれか? シータはんはただの学生とか外交官の娘ってわけではなく、インドネシアの特殊部隊に所属しているスパイであり、今になってお嬢に近づいたのは【上忍】関連でギルドの連中が混乱しているうちにAランクギルドである俺らとの繋がりを得るためだった、と?」
「そうみたいですねぇ」
当然、その中には彼女が所属している組織の名前や、彼女らが霧谷組のお嬢さんに近づいた目論見(これについては俺の憶測)も含まれているため、彼女の立場が悪くなるかもしれないが……俺だって”年頃の娘さんーーしかも初対面ーーを追い詰めて泣かせた鬼畜”なんてレッテルを張られるのはゴメンなので、その辺は諦めてもらいたいところである。
別に嘘を吐いているわけでもないしな。
そうこうして簡単に事情を説明をしたところ、俺に関する嫌疑は無事に晴れたようで。
「ほぉん。……なんで兄さんがそないなことを知っているのかは聞かんでおくけど、とりあえず言いたいことはわかったわ」
「それはどうも」
必要以上に突っ込んでこないのは大人の配慮か、それとも藪を突くのを嫌ったのか。
どちらにせよ、これにて一件落着!
とはならないんだよなぁ。
「しかし、特殊部隊のぉ。子供を使うのは、探索者ってヤツの仕様上しょうがないことでもあるやろうけど、それを国外にまで派遣するってのは中々どうして。覚悟が決まっとると褒めるべきか、ダンジョンの探索が上手く行っとらんせいで焦っとると見るべきか、微妙なとこやな」
「そうですねぇ」
個人的には後者だと思うが、いちいち口にしてもしょうがないので相槌を打っておくことにする。
ちなみに日本にも国防軍や警察が管轄する諜報部隊や、外務省が管轄する情報部隊などが存在しているのだが、それらに所属しているのは全員一八歳以上の成年とされている。
その上で、いわゆる超常の力を有する探索者に関する諜報活動を一手に担っていたのは、同じ超常の力をもつ探索者、もっと言えば【上忍】とその配下たちであり、それらを擁することになっているギルドが行っていたのだが、現在そのギルドは、諜報部隊の長である【上忍】が音信不通になったことで混乱の極みにある。
【上忍】が消える前に何らかの予兆や引き継ぎなどがあればよかったが、彼女が消えたのは突発的な事故なので、そんなモノはない。
そのせいで、これまでギルドが行っていた探索者や、彼女たちのような国外の組織に対する監視も緩んでしまっているのだろう。
「その隙を突いて、お嬢に接触してきたわけやな」
「そうみたいですねぇ」
Aランククランを擁する会社の社長令嬢との繋がりなんて、国外の人間からすれば喉から手が出る程欲しいモノだからな。
これまでは【上忍】が管理監督していた諜報部隊の圧力があったせいで接触できなかった。
しかし、その圧力が消失したなら?
罠かもしれない。
動いたところを狙い撃つために、わざと隙を作ったのかもしれない。
だが、虎子を得るためには虎穴に入る必要があるし、この状況で動かないのは情報機関としてありえないわけで。
故に、彼女たちは動いた。
虎子、つまり三〇階層以降でしか取れない素材を得るために。
「そんで、罠かも知らんと飛び込んだところ、いきなり兄さんに詰められた、と」
「そうなりますねぇ」
状況的にはそんな感じである。
「うん、そら泣くわな。同じ立場なら俺だって泣いて命乞いしてたかも知らん。但馬ちゃんもそう思うやろ?」
「……まぁ、否定はしねぇ」
まさかの但馬さんまで納得するとは。
いや、そこは否定して欲しいところだが。
確かに、彼女の立場になって考えれば、今の状況はあまりよくないモノだろう。
だが、同時にこうも思うのだ。
状況は悪いが、最悪ではない、と。
これが【上忍】や彼女の配下に見つかったら、今頃四肢を拘束された上で取り調べ(意味深)を受けているぞ? と。
元々その覚悟をした上で、接触してきたんじゃないのか? と。
それが俺のような学生に見つかった程度で泣き出すのはどうなんだ? と。
だから、俺は悪くねぇ! と。
しかし、そう思っているのは俺だけだったらしく、西川さんも但馬さんも彼女に対してなにやら同情的な視線を向けているではないか。
解せぬ。
それはそれとして少し疑問が。
「西川さん、確認したいんですけど」
「ん? なんや?」
「言ってしまえば、彼女はお嬢さんを利用して鬼仁会に接触してきた産業スパイなんですが、それについて思うところはないんですか?」
子供だから許す、とはならないだろう。
情報や素材の価値は年齢で決まるモノではない。
しかもそれが、彼らが大事にしているお嬢さんを経由して、だ。
言わば彼らの逆鱗をピンポイントで踏み抜いてきた相手に対し、怒りを抱きこそすれ同情する余地なんてないと思うのだが、これは俺がおかしいのだろうか?
「あぁそれな」
そんな俺の問いに対する答えは、ある意味で当たり前のことであった。
「元々お嬢に接触してくる連中に下心がないとは思っとらんしな。その上、相手は外交官の関係者やぞ? 外交官なんざ国家公認のスパイやんか。だから、少し泳がせとったら、向こうの保護者からなんらかの接触はあると思っとったんや。それが、まさか本人が工作員だったとは思わんかったけどな」
「あぁ、そういう……」
最初からスパイの関係者だとわかった上で泳がせていた相手が尻尾を出しただけだから、怒る理由はない。
そういうことらしい。
加えて、現時点では何も取られていない未遂状態だったのも大きいかもしれない。
もちろん、これがシータさんではなく、競合する他のクランの人間だったら話は違ったのだろうが、その辺は、外交官の娘という肩書に救われた形だろう。
「それとな。正直な話、俺らとしては国同士の政治に関わる気はない。けどな、インドネシアっちゅー資源大国とのつながりは欲しいんや。その辺は但馬ちゃんかて一緒やろ?」
「そうだな。建築資材としての木材や石材はその多くが輸入品に頼っている。しかし、その多くは大手ゼネコンやら国会議員や閣僚の関係者によってほぼ独占されている。だからこそ、直接取引できるような伝手があれば、それを無下にはできねぇだろうな」
「なるほど」
建設業関係者としての価値観か。
これは盲点だった。
そうなると問題は、彼女をどう扱うかって話になるのだが。
「このまま連れていきますか? それとも置いていきますか?」
処することができない相手なら、距離を置くしかない。
だからこそ、普通に考えれば”置いていく”一択なのだが、インドネシアに恩を売ることを考えれば”連れていく”という選択肢も有りだろう。
俺としても、別にシータさんを追い詰めるつもりはなく、あくまで【ベスティア】に所属しているであろう彼女がどうしてこんなところにいるのかが気になっただけなので、西川さんらが問題ないと考えるのであればそれに従うつもりである。
「そうやなぁ……」
国外から派遣されてきたスパイをどう扱うか。
少し悩んだ西川さんの出した答えは……。
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