七話 なんでこんなところにいるんですか?(裏)
但馬が率いる龍星会と西川が率いる鬼神会の戦いはすでに終わっている。
……鬼神会の負けという形で。
(あ~下手こいた。アホの依頼なんか突っぱねときゃよかったわ)
元々今回の件について西川たちは、但馬が早々に負けを認め、鬼神会に頭を垂れて『邪魔をしないでくれ』と、慈悲を乞うものだと思っていた。
それを受け入れた場合、鬼神会側がギルドの役員から依頼された仕事に失敗したことになるが、そもそも彼らが請けた依頼はギルドが認めたモノではない――護衛任務を邪魔するような依頼を出せるはずがない――ため、失敗したところで罰則があるわけではない。
あったとしても、せいぜいが依頼人の役員から評価を落とし、お小言を言われる程度のこと。
故に、龍星会が”役員からの評価”を上回る利益を生み出せるナニカを提示したならば、西川は但馬らを見逃すことも視野に入れていた。
西川が想定していたナニカとは、ずばり、但馬を含めた龍星会が急速に力を付けてきた理由である。
(但馬ちゃんや幹部が奮起したのはまだわかる。あのままじゃ龍星会はどん詰まりやったからな。あの状況を打開するために一か八かの賭けにでることもあるやろな。但馬ちゃんほどの漢なら一度や二度なら成功してもおかしくはない。せやけど、そんな一か八の賭けがずっと成功するほど、ダンジョンは甘いもんやない)
そもそもダンジョン探索に於いて、その場の勢いほど邪魔なモノはない。
深く潜れば潜るほどに、階層に合わせた実力を備えるのは絶対条件として、綿密な探索計画や、予想外の事態が発生した際に対応できる冷静さが求められるのである。
無論、西川とて但馬の実力は認めてはいる。
認めてはいるが、それでも、追い詰められてヤケクソになった彼らが今まで生きている――それもAランクへの昇格を目前にしている――のは、どう考えてもおかしなことだった。
その”おかしなこと”が、龍星会の躍進を支えるナニカによって引き起こされているのであれば、それを知ることで鬼神会もまた成長できるのではないか?
西川はそこまで考えて、今回の件に関わることにしたのだが……。
(それがまさか、こないなバケモンどもと鉢合わせるとはなぁ)
離れたところにいる黒髪の少女もヤバいが、目の前にいる普通の少年はそれ以上にヤバい。
暴力に携わる者として今まで自分を生かしてきた本能が『今すぐ逃げろ!』と警鐘を鳴らしている。
『逃げられないなら頭を下げろ!』と騒ぎ立てる。
龍星会の邪魔をする?
できるはずがない。
下手に手を出そうものなら、有無を言わさず処理される。
二人にはそういう凄みがあった。
(ほんま、なんでこんなのがこんなところにおるんや。そもそも、おどれらは子供の護衛なんかするタマやあらへんやろがい! ダンジョンに潜れや!)
心の中で罵倒しつつ、考えることは止めない。
(逃げる? ……無理やな)
逃げようにも、すでに相手側から認識されてしまっている以上、それは悪手にしかならない。
というか、霧谷組にとって最重要人物であるお嬢を置いて逃げることなどできるはずもない。
戦えない、逃げられない、依頼? 知ったことではない。
(……あかん。なんもできることがないわ)
考えて考えて、考え尽くした結果、西川は『今は自分たちから率先して許しを請うべき状況だ』と、悟らざるを得なかった。
故に。
「あ~、うん。参った。降参や」
数秒悩んだのち、両腕を上げて負けを認めた。
ちなみにこの数秒は、勝ち筋を探すためとかではなく、あくまで『どうやって降参するのが一番角が立たないか』を考えた時間である。
「……そうですか」
あっさりと負けを認めた西川に対し、但馬はその裏を疑うことはなかった。
むしろ「まぁ、この二人がいればそうなるわな」と、西川に同情までしていたくらいだ。
とはいえ、但馬とて一組織の長である。
同情はしても、妥協や容赦をするつもりはない。
「……で、どうします?」
「……どないしたもんかのぉ?」
一見ふざけているように見えるかもしれないが西川としては、但馬を煙に巻こうとしたつもりはない。
単純に当てがないのだ。
本当はそっちの妨害を企んでました。
でも予想以上に強いみたいだから諦めました。
未遂だから許してください。
そんな、どこぞの役人が抜かしそうな寝言が通じるほど、但馬や西川が生きる世界はぬるくない。
故に、最低でも西川は、但馬を含めた龍星会の幹部たちが納得するモノを差し出す必要がある。
それが手打ちの最低条件。
(それはわかるんやけどなぁ)
少し前までの龍星会であれば、単純に金でも、深層でしか得られない素材でも、なんなら戦力の提供という形でも納得しただろう。
どれを選んでも龍星会に損はない。
なんなら「停滞していた状況を覆すための手段が手に入った!」と喜んで受け入れていた可能性すらあった。
だが、今の龍星会は違う。
ギルドを通さずにハイ・ポーションを得られるルートがあるなら、金に困っているなんてことはないだろう。
深層の素材も、自分たちで取りに行ける。
戦力に至っては、一人で鬼神会を潰せるだけの存在が少なくとも二人いる。
(但馬ちゃんも、俺と同じ……いや、少し上くらいか? 美浦を始めとした部下たちも順調に育っとるようやし、戦力もいらんわな)
情報を秘匿することを考えるなら、むしろ戦力こそ最も不要な存在だろう。
金、モノ、人。
そのどれもが不要なら、一体何を差し出せば謝罪になるのか。
とんと見当が付かないが故の韜晦であった。
そして、泰然自若とした態度の裏で必死に考えを巡らせている西川と同様に、但馬もまた悩んでいた。
(俺らはナニを貰えばいい?)
今回は自分たちが勝った。
それは良いことだ。
そこに異論はない。
しかし、この勝利を決定づけたのは自分ではなく、松尾篤史と奥野せらという特級のイレギュラーである。
信賞必罰は組織運営の要。
これを軽んずれば、組織の崩壊を招く。
というか、二人の不興を買った時点で龍星会は終わる。
二人の危険性を誰よりも理解しているが故に、但馬はこの二人――正確には篤史――の扱いに細心の注意を払わざるを得なかった。
その上で、但馬は考えていた。
(ナニを貰えば松尾は納得する?)
金は持っているから要らないと言われている。
モノも自分で集めるから要らないと言われている。
役職や権力は、面倒だから要らないと言われている。
どうしろというのか。
(なら女は……駄目だな。奥野の嬢ちゃんが闇討ちしてくる未来しか見えねぇわ)
女、と思い浮かべた瞬間、但馬は、篤史の前では決して見せないであろう表情を浮かべた奥野に襲撃され、有無を言わさず細切れにされる自分の姿を幻視した。
金、モノ、人。
そのどれもが不要なら、いったい何を与えれば褒美になるのか。
「……」
「……」
但馬と西川。
先ほどまで二人の間にあった刺すような剣呑さはすでに消え、今はただただ困惑したような雰囲気だけが漂っていた。
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