6話 考察と目標の再設定
当たり前の話だが、俺が『タダ券の人』と呼ばれていたのは俺の記憶の中にしか存在しないことである。
だからこそ、とでも言うべきか。
俺自身が『もう大丈夫だ』と納得しない限り、俺はタダ券の人を卒業することはできないのだ。
具体的な方法としては、何度も――それこそタダ券を利用した回数以上に――現金で支払うことでしか、俺は俺を赦すことはできない。
その目標を叶えるために必要なことはなにか?
現金である。それもそれなりに纏まった額が必要だ。
ではその現金を稼ぐための方法はなにか?
探索者なんだから探索で稼ぐに決まっている。
こちとらチートを超えたチートと称された旅人様ぞ。
レベルアップ時のステータス上昇値もスキルの使い勝手も器用貧乏と評される商人とは違うのだ。
そもそも商人が使う【アイテムボックス】と旅人が使う【ルーム】では、見た目は似ているが中身はまったくの別物である。
最大の違いとしては、人を入れることができないアイテムボックスと違い、ルームは”使用者が許可を出せば誰でも出入りすることが可能”なことだ。
つまり、ルームはその気になれば誰でもその中に入って、そこにあるモノを確認することができたのである。
第三者による確認が可能だからこそ、アイテムを保管しても盗難や誤魔化しを疑われない。
疑われないから大手を振って使用できるし、向こうも安心して荷物を預けることができたというわけだ。
無論各々でアイテムバッグも使っていたが、多くの場合が水やら食糧やらを入れれば満載になるし、なによりあれには入り口より幅が大きなものは入らないため、あまり大きな物を入れられないという欠点があった。そのため、アイテムボックスのような収納スキルを使えるならそっちを使った方が楽なのだ。
また、ルームは”許可を出していない者は出入りできない”ことを利用して、ダンジョン内での休憩場所として利用することができた。
この点を活用することによって、各種損耗を最低限に抑えることに成功した我らがギルドナイトは、各国を代表する探索者たちが各々の国にできたダンジョンの五〇階層手前で足踏みしていた中、なんと六九階層まで到達することができていたのである。
補給や休息が安定していることの優位性は、当時ギルドナイトを除いた世界最強の探索者のレベルが五二だったのに対し、ギルドナイト最弱の俺ですら六三レベル。ギルドナイト最強に至っては七五レベルであったことを鑑みれば、彼我の間に圧倒的な差があったことは明らかであろう。
そんなぶっ壊れ性能を有しているスキルを馬鹿正直に報告したらどうなるかは、記憶の中の俺が証明してくれている。
好き好んでギルドの奴隷になろうと思っていなかった俺は、欠片も罪悪感を抱くことなく教師に虚偽の報告をした。
これからはこのスキルを自分のためだけに使う。
俺はそう決めたのだ。
その決心は、帰宅後すぐに揺らぐことになるのだが。
―――
あれからなんやかんやあって無事寮へ帰ってきた。
俺の報告を聞いた教師や周囲の生徒たちから侮蔑と憐憫の感情が満載された視線を向けられたものの、疑われるような視線は感じなかったので、今のところ計画は成功していると言えるだろう。
尤も、入学したての学生がわざわざ犯罪者予備軍を名乗るとは思わないだろうから、この一事を以て彼らのことを浅はかというのは酷というもの。
……教師があからさまな視線を向けてきたのはどうかと思うが、まぁ教師とて人間だ。なにより彼らはギルドや探索者という極めて狭い社会のことしか知らないため、一般の社会人と比べて社会経験に乏しいところがあるので、ああいう態度を取るのも理解できないわけではない。
それを俺が赦すかどうかは別だがな。
彼らの脇の甘さについてはさておくとして。
考えるべきは”今”と”これから”についてである。
とくに『そもそもこの記憶はなんなのか』という点について考えなくてはならない。
まず記憶が浮かんできたのは、ジョブを得た瞬間だ。
つまりこの記憶はジョブと密接な関係があると思われる。
この記憶がなんなのかについては……最初は単純にスキルが見せた夢や妄想、もしくはスキルが暴走して限定的な未来視を見せてきたパターンを思い浮かべたのだが……これはとある理由から否定できた。
なんと、ルームの中に、前回の探索で得ていたドロップアイテムや、ギルドナイトの面々から預かっていた予備の装備品などが残っていたのである。
物証がある以上、未来視のようなものではないと断言できる。
ではなんなのかと言われると答えに困る。
レベルは引き継がずにアイテムや記憶だけ引き継いでいることから、未来の俺が何らかの事情で記憶とスキルの中身を逆行させたのかもしれない。
誰かのスキルやダンジョンの罠によって、俺にとって都合のいい夢を見せられているのかもしれない。
ゲームやアニメなどであれば『アイテム引き継ぎありでレベル引き継ぎなしの二周目特典』で済む話だ。それなら俺も「やったぜ! チートで好き勝手しまくってやる!」とはしゃぐこともできたのだが、これが現実となるとそうもいかない。
神と呼ばれるような存在の駒として弄ばれているというのであれば、まだいい。
俺を捕えた魔物が捕食している最中俺が抵抗しないよう幸せな夢を魅せているというのも、あまりよくないが、まぁいい。
誰かが過去に戻ってやり直そうとしたのに巻き込まれた、というのも……まぁいい。
俺が恐れているのは、スキルが暴走してオートで巻き戻されたパターンと、他人が行ったナニカによって巻き込まれたパターンである。
これが今回の一度だけならいい。
だがこれから何度も十五年を繰り返すことになったらと思うと、やり直せる興奮以上に恐怖を覚えてしまう。
現金を得て幸せに暮らしても一からやり直し。
恋人ができても一からやり直し。
子供ができても一からやり直し。
幸せも不幸も全部一からやり直し。
我がことながら、そんな魂の牢獄が如き状態に耐えられるとは思えない。
なぜこのような状況になっているのかという理由が分からなければ、俺はずっとこの恐怖に苛まれることになるだろう。
だからこそ俺は『タダ券の人を卒業する』という目標に加え、もう一つ目標を設定した。
それは知ること。
いつ。どこで。誰が。なんのために。どうやって。
この状況がなんなのか。
どうやればこの状況が発生するのか。
そしてこの状況に巻き込まれたのは俺だけなのか否か。
知るべきことは多々あるが、知っていることはなにもない。
これらを知る為には、時に危険な橋を渡る必要もあるだろう。
その上で、俺は生きていくうえで自重したくないと思っている。
「……鍛えよう」
力が必要だ。
危険な橋を渡る力が。
妨害を跳ね除ける力が。
自由にやるための力が。
我儘を貫き通すための力が。
記憶の中では特に求めていなかったそれが、今はなによりも必要なのだ。
幸い、今の俺にはそれを得るための手段も、知識もある。
ならば使わない手はない。
「差し当たっては……目指すか。『最強の探索者』ってやつを」
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