4話 チート持ちの不遇職 ②
前回に引き続き説明会です。
商人の危険性その三。商人は戦闘に向かない。
この場合は危険性というよりは脆弱性だろうか。
元々剣士だとか槍兵のような戦闘職がある中で商人に戦闘を期待する方がおかしいと言えばそこまでの話であるが。
ともかく、前に挙げた二点とは違い、こちらは”脆弱なユニットを抱えてダンジョンに挑むこと自体がパーティーを危険に晒すことになる”という戒めのようなものからきている。
これは本人の性格や経験の話ではなく、商人というジョブの仕様に由来しているため、改善のしようがない問題であった。
より具体的に言えば、ジョブごとに設定されている『レベルアップ時に於けるステータス上昇値』の問題である。
大前提として、探索者のステータスにはゲームのように数値化されているものがある。
それが以下の八つである。
STR(攻撃力)
DEF(防御力)
VIT(体力)
MEN(精神力)
SPD(敏捷)
DEX(器用)
MAG(魔法攻撃力)
REG(魔法防御力)
仮説としてLUK(運)があるのではないかと言われているものの、あくまで仮説止まりなので、今回はないものとする。
あるかどうか分からないステータスはさておくとして。
当たり前の話だが、ステータスはその数値が高ければ高いほど強いとされている。
で、基本的にステータスはレベルの上昇に伴って上昇するのだが、その上昇値はジョブによって偏りがある。
たとえば戦闘職の基本とされる剣士の場合だと基本的な上昇量は。
STR(攻撃力) ……10
DEF(防御力) ……6
VIT(体力) ……8
MEN(精神力) ……6
SPD(敏捷) ……7
DEX(器用) ……7
MAG(魔法攻撃力)……0
REG(魔法防御力)……3
以上、合計47となっている。
正確にはこれに『レベルアップするまでに取っていた行動に伴う補正』が入るのだが、今回はあくまで基本なので割愛する。
上記の数値を見ればわかるように、剣士は前衛、それも防御ではなく攻撃に特化した職業だということがわかる。
これが騎士になるとSPDやDEXが減り、DEFやVITの上昇値が高くなるし、魔法使い系になるとMAGやREGが高くなる傾向にある。
このようにジョブによって上昇するステータスに偏りがあるため、レベルが上がれば上がるほど『戦闘職は前衛。魔法職は後衛』という役割分担が徹底されることになる。
そこに『武術の経験がある』といった経験や『後衛よりも前衛が良い』といった嗜好が挟まる余地はない。
これらの情報を踏まえた上で商人のステータス上昇値を見てみよう。
STR(攻撃力) ……5
DEF(防御力) ……5
VIT(体力) ……5
MEN(精神力) ……5
SPD(敏捷) ……5
DEX(器用) ……5
MAG(魔法攻撃力)……5
REG(魔法防御力)……5
以上、合計40。
オール5である。
通知表に記された数字であれば絶賛されるかもしれないが、探索者のステータスとしてみればこれほど扱いに困るものはないだろう。
一応これに加えて、武器職人ならSTRに+2、防具職人ならDEFに+2、行商人ならSPDに+2といった感じで補正が付くのだが、補正込みでも専門職には及ばないのだから救いにはならない。
また、ステータス上は魔法も使えるのだが、商人に魔法を覚えさせるくらいなら専門職に覚えさせた方が効果が高いし、なにより前に挙げたように社会全体が商人の存在そのものを危険視しているため、わざわざ商人を強化しようとする人間は極めて少ない。
一言で言い表すなら器用貧乏。
前衛にするにも後衛にするにも弱すぎるジョブ。
これがダンジョンに挑む者として見た場合の、商人に対する一般的な評価であった。
ただし、これだけなら商人が当初の『一番の当たり職』から『犯罪者予備軍』まで落ちることはなかっただろう。
実際、スキル自体は極めて有用なのだから、なんとかして活用しようとした人間は犯罪者以外にもいたのだ。
そういった商人の地位向上に向けた活動は、アイテムボックスに代わる存在こと【アイテムバッグ】の台頭によって完全に止めを刺されることになる。
―――
世界にダンジョンが出現して以降、世界中で様々な実験が行われていた。
その中で“装備品のレベルアップ”に着目した研究者がいた。
ダンジョンで使われた武器に不思議な力が宿ることは早いうちから判明していた。
理由は分からない。
魔物が宿していた力が流れ込むとか、そういうスピリチュアルな話だと認識されていたため、詳細な研究はされていなかったからだ。
「原理は不明だが装備品が強化されることは事実。ならば何かしらの法則があるはずだ」そう考えた件の研究員は、様々なモノを使って魔物を討伐してみた。
剣・槍・斧・拳・杖、そして弓矢。
彼は勤勉だった。本当に様々なモノを調べた。
そして彼はあることに気が付いた。
魔物を貫いた矢に強化の兆しがあったのに、弓にはその兆しがなかったのだ。
「当たり前のこと」というなかれ。
往々にして新たな発見とはこういう視点から生まれるのである。
彼は矢を用いず、弓本体で魔物を討伐してみた。
すると弓に強化の兆しが見られたのである。
つまり『魔物を斃したモノが強化される』ことを証明したわけだ。
そこからは早かった。
武器に布を巻きつけて攻撃してみれば、武器と布が強化された。
強化された布に鉄球を詰めて攻撃すれば、鉄球と布が強化された。
そして、強化された布で造ったバッグに重りを入れて攻撃してみたところ、バッグが強化されたのである。
その強化は劇的であった。
強度が増したのはもちろんのこと、内容量が増えたのだから。
最初は誰もが気のせいかと思った。
しかし砂を満載して同じ実験を繰り返したところ、実験開始時と比べて明らかに容量が増えていたことが確認されたのだ。
――誰もが中身を確認することができる夢の収納アイテム。アイテムバッグが誕生した瞬間であった。
実験を続けた結果、元になった入れ物の大きさによって拡張できる限界があるものの、縦横一〇cm、厚さが数センチの巾着袋――このくらいが探索者の行動を阻害しない限界とされている――であれば、その容量を約一㎥にまで拡張できることが判明した。
ちなみに商人が使えるアイテムボックスの容量は、初期で一㎥である。
容量が一緒であれば、本人以外中身を確認できないアイテムボックスを使う必要はないと考えるのは当然のことであった。
ちなみに、アイテムボックスは中のものが破損する恐れはないが、アイテムバッグは中のものが破損する恐れがあるし、アイテムボックスは整理をせずとも内部を認識して任意に取り出すことができるが、アイテムバッグはきちんと内容を整理する必要がある等々、様々な理由から運搬や収納を考えればアイテムボックスの方が優秀なのだが……商人を擁護しようとしていた人たちにとってもメリットを補って余りあるデメリットを黙認することは難しかったようで、アイテムバッグという代替品の普及に伴い、商人はその社会的地位を喪失したのであった。
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