2話 二度目の初めて
レベルとジョブ。
それはダンジョンに選ばれた者たちだけに得ることができる力。
レベルとは、ダンジョン内に生息する魔物を討伐することで上昇する数値のことを指す。
その上昇に伴い各種ステータスが向上するため、探索者としての実力を表す指標の一つとなっている。
ジョブとは、探索者が最初にレベルアップした際に与えられる職業のことである。
戦闘系・技能系・魔法系・商人系などがあり、それぞれが特殊なスキルを内包している。
また職業によってレベルアップの際に向上するステータスに違いが生じるため、基本的には戦闘系のジョブなら前衛に、魔法系のジョブなら後衛にといった感じで、ジョブによってダンジョン探索に於ける役割が決定づけられていることが多い。
総じて、両方とも探索者が探索者足りえる為に必要不可欠なモノである。
―――
【レベルが上がりました。ジョブを取得します】
機械的とも評されるアナウンスが脳裏に鳴り響くと同時に、このあと自分が歩んだ一五年の記憶が流れ込んできた。
いや、正確には『思い出した』に近いだろうか。
正直なところ何がなんだかよく分かっていない。
「どうなっているんだ?」と声を上げたい気持ちもある。
だが今の俺には、それが悪手だということが理解できている。
ダンジョンでは慌てない。騒がない。思考を停止しない。
探索者の鉄則である。
加えて俺が声をあげない理由がもう一つ。
「その様子だと松尾は無事にジョブを得たようだな。最初は混乱することもある。下がって休め」
「……はい」
監督者だ。引率である彼は、万が一にも魔物に生徒を傷付けさせるわけにはいかないのだ。
騒げばそれだけ彼の邪魔になり、他の生徒を危険に晒すことになる。
それは避けねばならないことだ。
尤も、正直なことを言えば、俺は今自分に起こっている現象についてじっくり考えたいと思っている。
考察できることは考察したいし、実験できることは実験したい。
ジョブを得たばかりの若者がこう考えるのは、極めて自然なことだろう。
しかし、しかしだ。言い換えればそれは、あくまで『そうしたい』という感情に過ぎない。
その、好奇心とも言い換えることができる感情程度では、今俺を襲っている危機感……具体的には”自分自身に起こったことを知りたい”と思う当たり前の感情を塗りつぶすほどの危機感に抗えるはずもない。
ソレはこう告げるのだ。――その感情に身を任せればお前はまた歯車に逆戻りだぞ。考察や実験は後でもできる。今は慌てず騒がず。担任の教師にして生徒の監督役である尾崎教諭の指示に従い、大人しくしておけ――と。
『ダンジョンに入りたての学生がのたまう感情論と、一五年ものあいだダンジョンの最前線で戦い続けた探索者の勘。どちらを優先するべきだ?』と問われて、前者を選択する人間がいるだろうか?
いや、いない。
というか「比較対象にすること自体が間違っている」と叱責される可能性すらあるだろう。
少なくとも俺ならそうする。
そんなこんなで、俺は警鐘とも警告とも取れるそれに従い、大人しく教諭が指し示した場所へと移動することにしたのであった。
―――
引率の尾崎教諭が指し示したのは、ダンジョンの入り口近くにある広場のようなところであった。
この場所にいるのは俺を含めて十七人。
同じクラスの学生三〇人のうち、およそ半分が待機している。
ここにいる全員がすでにレベルアップを経験、つまりジョブを得ているはずだ。
耳をすませば所々から「俺は剣士だった」だの「俺はモンクだったぜ」だのと自分が得たジョブを報告しあう声が聞こえる。
嬉々として声を上げる者がいれば、反対に沈み込んでいる者もいる。
恐らくだが、沈み込んでいる者は、得たジョブが自分が望んだジョブではなかった、もしくは外れジョブだったのだろう。
ジョブはレベルアップによって上級のジョブに昇華することはあっても、別の系統に変更することはできないので、外れのジョブを得た場合はその時点で色々と終わってしまうのである。
そんな中、俺が得たジョブは【旅人】であった。
十五年前……いや先になるのか?
とにかく記憶にあるモノと同じジョブだ。
ジョブを確認したら次は【スキル】の確認をしよう。
ちなみにスキルとは、通常ジョブと紐付けられている技能のことである。
剣士なら【剣撃】
モンクなら【拳撃】
火魔法使いなら【火魔法】
斥候なら【索敵】
といった感じで、レベルの上昇によって増加するときもあるが、最初は一つのジョブにつき一つ習得する。
そして【旅人】が最初から習得しているスキルは【ルーム】という、当時はそこそこの力しかなかったギルドナイトを、世界最強まで押し上げるのに貢献したぶっ壊れ性能を有するスキルである。
「……ルーム」
右手を翳して唱えてみると、その先に青白い光が生まれた。
ぱっと見だとただの光に見えるが、実際はその先に空間が存在している。
これこそ旅人が有する最優にして最良のスキル、ルームである。
「成功、か。これで一安心だな」
このぶっ壊れスキルがあればこそ、俺はギルドナイトのメンバーからも『チートを超えたチート』と、タフな評価をされていたのだ。
その分警戒も強かったのだが、それはそれ。
これが便利さでは他の追随を許さない極上スキルであることに間違いはない。
もちろんこのスキルの性能を馬鹿正直に報告すると、その時点でブラック企業を超えたブラック企業に強制招集されてしまうため、周囲には俺が得たスキルとジョブについてを誤魔化す必要がある。
本来であればそんなことは不可能なのだが、今回に限っていえば、そんなに難しいことではない。
何故なら今、この場にはスキルやジョブの素人しかいないからだ。
「ねぇ、確か松尾君だったよね? ジョブはなんだった?」
おあつらえ向きに同級生の女子が声をかけてくれた。
名前は……すまん。覚えていない。
彼女が声を掛けてきた理由はただ一つ。
俺が得たジョブの確認である。
今は四月の頭であり、クラスの中でも集団が定まっていない時期だ。
仲良くする人間が定まっていないからこそ、周囲の目を気にせず『良いジョブ』を得た人間と知己を得るために動くことができる――逆に言えば、外れジョブを引いた人間と距離をとることもできる――というわけだ。
あざとい。とは言うまい。
探索者として成功するためには、他よりも早く動くことも大切なことなのだから。
しかし今回に限れば彼女の行動は拙速に過ぎたと言わざるを得ない。
「いやぁ。実は……」
「実は?」
「……行商人だった。これからどうしよう」
「あ、そ、そう。大変だね」
右手でルームを展開しつつ、頭痛を堪えるかのようにそう告げたところ、少女の目はまるで台所などに潜む黒い厄介者を見つけたかのような目になった。
「あの……「が、頑張って! それじゃ、私友達を待たせているから!」……そう」
そして俺が何かを口にする前にフォローっぽい一言を告げて一目散に立ち去っていった。
厄介者から距離をとるかのように……ではなく、正真正銘厄介者から距離を取った感じである。
励ましの言葉を掛けたのは、せめてもの哀れみだろうか。何の救いにもならないが。
うん。俺が年齢通りの少年だったらこれだけで心に深い傷を負っていたぞ。
――ジョブを告げるだけで同級生から逃げられる。
これが現代を代表する外れジョブ【商人】の実情であった。
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