17話 もう一個プレゼント
「まぁ双方の利益なんて言っても簡単なことなんだけどね。君が斃して俺が拾う。言葉にすればそれだけさ」
「今まで拾いきれなかったドロップアイテムを拾えるって話よね?」
「そういうこと」
商人を連れて行く唯一にして最大の理由である。
また、レベルが高い商人は物品の鑑定もできるので、その費用や手間暇を省くことも可能だ。
そもそも侍は速さに特化した前衛職だ。それなのにいちいちドロップアイテムを拾っていてはその最大の長所である速さが失われてしまう。だからこそ、彼女の代わりにアイテムを回収するのだ。
「塵も積もれば山となるって言葉もあるように、単価は安くても数があればそれなりの利益になる。俺と一緒に潜ることで君はその利益を享受できるってわけだ」
「……それは別に貴方に限った話ではないんじゃない?」
お、値上げ交渉か? 確かにその通りではある。
重要なのは俺がどうこうではなくアイテムボックスの有無だからな。
だが、その反論がくることはすでに予想している。当然答えも用意しているぞ。
「それもその通り。でも、今の君と一緒にダンジョンに潜ってくれる商人に当てはあるのかな? 力関係もさることながら、ネコババを警戒しながら探索するのは上級者でも不可能なくらい難易度が高いけど?」
「むっ。でもそれは……」
信用できない足手纏いを抱えてダンジョンに潜るなんて自殺行為に他ならない。
彼女がダンジョンに潜っているのは、あくまでお金を稼ぎたいのであって死にたいわけではない。
だからこそ同伴者には最低限の実力と信用を求める。
「俺も同じだね。でも同じクランに所属するなら、あとで俺がどれだけ物資を売ったかを確認するだけでいいだろう? パーティーの収支報告を確認するだけならギルドと違って個人情報がどうとかは言わないし」
ギルドお得意の中途半端なコンプライアンス遵守である。
上層部から言われたら包み隠さず報告する(なんなら自由に閲覧できる)くせに個人や企業からの問い合わせ対しては無駄にガードが堅いのである。
そうすることで受付嬢のプロ意識を刺激するとともに、世間に対して『ギルドはコンプライアンスを遵守する公正公平な組織です!』とアピールしているのである。
実際に受付嬢とかは本気で「自分たちは正義の組織だ!」などと思っているのではなかろうか。
中途半端に真面目なやつほど操りやすいし、見栄えも良い。
ギルドとしては下に真面目な人間を置き、その真面目さを組織の色としているわけだ。
気に喰わないところもあるが、組織運営としては極めて正しい運営方法だと思う。
真面目な職員を隠れ蓑にして好きにやっている連中にとっても『ギルドはクリーンな組織である』という認識は必要なものだしな。
まぁ、連中に関してはどうでもいいや。
「後からでもパーティーの収支として確認できるのか、それならいい、のかな?」
というか、別に俺は金に困ってないからな、上層や中層のアイテムをネコババするほど暇ではない。
そんなことを言ったら気を悪くするだろうから言わないが。
あ、そうだ。
今のうちにこれも告知しておこうか。
「取り分は6:4を予定している」
「へぇ。私が6?」
そんなわけねーだろ。
「俺が6だよ」
「……なんで?」
ついてくるだけなのにって顔だな。
確かに普通のパーティーなら前衛職に多めに回すだろう。
だが残念。俺と彼女は対等ではないし、そもそも彼女が上ではない。
一緒にダンジョンに潜ればわかることだが、逆に言えば一緒にダンジョンに潜らなければわからないことでもある。
よって今はその”一緒にダンジョンに潜る”ために説得している最中なのだが……ここで嘘を吐いてしまうと、ただでさえ決して高くない信用が吹っ飛んでしまうので、あえて今の段階で取り分の詳細について告げることにしたのだ。
金は大事。古事記にもそう書いてある。
「理由その一、俺がいないとアイテムを回収できない。理由その二、別に俺も戦えないわけじゃない。理由その三、パーティーの共同資金と看板代の立て替えに充てる」
「一と二はまだわかるけど、共同資金と看板代ってなに?」
「共同資金はわかるだろう? なにかあったときの為にプールしておくお金だ」
「それはわかるけど、二人しかいないんだから個別でも……」
「普段の君ならまだしも、今の君に預けたら”つい”使っちゃうかもしれないだろう? 目の前に欲しいモノがあったときに我慢できる自信はあるかい?」
「……調べたの?」
「そりゃね。さっきも言ったけど、スカウトする方にだってリスクはあるんだ。君がナニを、どうして求めているかくらいは知っているよ」
「……そう」
これは半分だけ本当で、半分は嘘。
彼女の事情を知ったのはスカウトするために調べたからではなく、彼女本人から聞いたからだ。
あれは彼女を指名し続けて五年ほど経った頃だろうか。
何が原因だったかはわからないが、普段はそんなことを話さない彼女が、ふと自分のことを話してくれたのだ。
曰く、彼女が学校に入学する少し前に両親が所属していた探索者パーティーが三〇階層にて運悪くボスと遭遇したそうな。
――ちなみにボスは一〇階層ごとに出現する。ただし特定のボス部屋に行けば必ず遭遇するというわけではなく、ボス部屋にいないこともある。これはフロアボスが討伐されてから一定の周期で復活するタイプであるためだ。よって遭遇頻度はまちまちである――
そのボスは何とか討伐したものの、そのとき受けたダメージが深刻だった。
まず六人いたメンバーのうち、二人が死亡。
残った四人も両腕が複雑骨折していたり片足がなくなったり、顔面が陥没したりと散々だったとか。
最後に一本だけ残っていたポーションを4人で分けて応急処置をし、なんとかダンジョンから脱出したものの、地上に帰り着いたときには生きているのが不思議なくらいの状態だったそうな。
で、そのまま入院した。彼らを診た医者の診断は再起不能。
通常の医療ではどうしようもなく、ポーションを使ったとしても一人当たり三本は必要。完全に治すためにはハイポーションでもなければ不可能と診断された。
つまり、彼女が両親を救うためには最低でも六本のポーションが必要だった。
で、彼女は必死でポーションを求めたのだが、当然ながら学生が簡単に手に入れることなどできるはずもなく。
お金がないのでダンジョン探索で得ようと学生時代に周囲から引かれるくらい頑張ったがダンジョンでは一つも得られなかった。
また、頑張って貯めたお金で買ったのが偽物だったり、借金して買ったのが偽物だったり、体を売って貰ったのが偽物だったりと散々だったらしい。
最終的にどこからか一億だか二億の借金をしてギルド経由で本物のポーションを五本だけ購入できたそうな。
それらを両親に使うも完治には足りず、結局借金の返済と新たにポーションを得るため、日中はダンジョンに潜りつつ、夜はギルドと繋がりがある店で働く日々。
その話を聞いた俺はハイポーションは無理だがポーションくらいなら……ということで、特別なサービスと引き換えに何本かポーションを提供した。
五年経過しているけど意味はあるのか? と思われるかもしれないが、大丈夫だ、問題ない。
患部をもう一度破壊してからポーションを振りかけると普通に効果が出る。
俺が提供したポーションのおかげもあってか「リハビリは必要なものの、傷自体は完治した」と喜んでいたからなんとかなったのだろう。
思えばあれ以来だろうか。彼女が積極的にサービスをしてくれるようになったのは。
情けは人の為ならず、とはよく言ったものである。
ちなみに、生き残った四人のうち、二人は彼女の両親だったので彼女が面倒をみたが、残った二人やその家庭についてどうなったかは知らないとのことであった。
もしかしたら知っていたが俺に教えることではないと判断したのかもしれないが、少なくとも彼女が働く店の同僚の中にはいなかったことだけは知っている。
寝物語にしては随分とアレな感じではあるものの、探索者をやっていればよくあることだ。
最終的に彼女の献身によって家族が救われたのだから、めでたしめでたし……と言えるのではなかろうか?
いや、三〇になっても借金が返済できていなかったし、そもそも借金をした経緯とか途中で散々騙されているからめでたくはないな。
すぐに”誰も死んでいないなら大丈夫”と考えてしまう探索者思考はよろしくない。
追々改善していかねばなるまいよ。
ともあれ、今の彼女は両親が入院して間もない時期だ、ポーションの現物が欲しいのはもちろんのこと、ポーションを買う金や家族の生活費を稼がなければならない。
そんな状況なので、今の彼女はお金があったら使ってしまう可能性が極めて高いのである。
「だから共同資金については譲らない。それが俺が貰う六のうちの一。残りの一は、看板代として俺が君の分も支払うからだ」
「看板代?」
「クランの利益を享受する以上は、ね。これはどこのクランでもやっていることだよ」
「スカウトするのに?」
「スカウトするのに。これは君の利益にも関わる話になる」
「私の?」
「そう、クランに所属することの最大の利点は、クランに物品を卸すことができるようになることと、クランの先輩たちが使っていた装備を格安で買えること。あとは先輩たちが残したノウハウを利用できることだ。これはわかるね?」
「……そうね」
装備も大事だが情報はもっと大事。
探索者が得た情報は全てが命を賭けて得た情報だ。
それが簡単に余所に流れることを面白いと思う者はいない。
当然敵対するクランやライバル企業に流れたら目も当てられないので、普通は教えてくれない。
だがそんな情報でも、同じクランに所属している仲間には共有するのだ。
その情報は文字通り金で買えない価値がある。
「それだけじゃない。個人では買えないようなモノや、中々市場に出回らないモノも会社経由であれば手に入れることもできる」
ポーションとかポーションとかポーションとかな。
「え?」
乗り気になったか?
「素材だって売るときはギルドよりも割り増しで売れるし、買うときも市場価格より安くなる。俗にいう社員割だね」
「社員割って」
軽いか? でもそうとしか言えないしなぁ。
「実際そうだし。会社としてもギルドを経由しない方が利益は大きいんだよ」
「それもわかるけどさ」
連中の価格設定は基本的にボッタクリ価格だからな。
品質の保証や面倒ごとを処理できる組織力があるのであれば、連中を通さずに直接企業やら政治家に納めた方が利益になるのは当たり前の話だ。
「そういうのを含めて利益を享受する以上、年会費的なモノを支払う必要がある。それが看板代。君の分は俺が立て替えるから俺の方が取り分が多くなる。納得してもらえるかな?」
「……しかたないわね」
彼女も今の自分がお金の管理ができるとは思っていないのだろう。
渋々ながら取り分の比率を認めた。
さて、ここからが俺のターンだ。
「でも、君にとっての最大の利益は、契約金を用意していることかな」
落として上げる。交渉の基本だよなぁ?
「! ……お金で言うことを聞かせる気?」
言葉だけなら嫌がっているように聞こえるが、興味がありありなのは隠しきれていないぞ。
気持ちはわかるけど落ちつけ。そんなんだから騙されるんだぞ。
「そんなつもりはないさ。学生同士でパーティーを組もうなんて話ならお金を払う必要はないけど、企業からのスカウトだからね。契約金を支払わない方が失礼だろう? 社会通念的に」
もちろん藤本興業にそんな制度はない。
全部俺のポケットマネーだ。
「そ、そういうものなの?」
「そういうものさ。だから正式に契約を交わしてくれた時点でこれは払う。ただし、一ヶ月で退社とかされても困るから最低でも三年は所属してもらいたい」
「まぁ、それはそうでしょうね。ち、ちなみに、そう、ちなみにその契約金っていくらくらい貰えるのかしら?」
もう興味を隠そうともしていないな。
学生ならそんなもんだろうけど。また騙されたりしないかオッサンは心配です。
とりま、彼女が騙されないよう囲い込むとしますか。
「現金なら一千万」
「いっ!」
学生相手にどうかと思わなくもないが、信用を買うなら十分安い。
だがこれはフェイク。本命は次だ。
「現金ではなく、モノが欲しいというならコレを進呈するよ」
アイテムボックス風な空間から取り出したるは、おなじみ例の青い水が入った試験管。
「そ、それはまさか!」
「そう。君が今なによりも欲しているモノさ。今ならなんと、もう一本プレゼント! 今だけ限定!」
「も゛!」
驚きの二本目!
こうかはばつぐんだ!
まぁ、買えば一本二〇〇〇万でも、ギルドに卸したら五〇〇万だからな。
今回は利益度外視で大サービスである。
……ハイポーションを売った分の五億円があるから今のところお金には困っていないし。
それくらいならこうして使ったほうが有益というものだ。
俺の思惑はさておいて。証拠として出したもう一本のブツと合わせて二本の試験管をそれぞれ左右に振ってみると、どういう原理か彼女の目は左右で別々の方向に動きながらも、それぞれが試験管を視界の内に収めていた。散眼である。
思わぬところで琉球空手に伝わる秘技と同年代の男性に見せてはいけない顔や声を披露してくれた彼女を見て俺は彼女が釣れたことを確信すると同時に「あぁ、あのときもこんな感じだったなぁ」と記憶の中の彼女に想いを馳せたのであった。
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