11話 手に入れろ てごわいチャンス
この作品はフィクションです
実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
株式会社藤本興業。
かつては神保町に本社を置いていたが、ダンジョンの出現と一般開放にともないダンジョンがある新宿に移転した。
今は新宿五丁目に建てられた専門学校を買い取り、改装した上で社屋として利用している。
従業員の数は受付を入れて一〇七名。
その多くは探索者で構成されており、今では本職であった土建業よりも探索者クラン龍星会の母体としてそこそこ有名な会社である。
その有名な会社の幹部である但馬は、自分たちが置かれている状況に頭を悩ませていた。
「このままじゃウチに先はねぇ。余力があるうちになんとかしねぇと……」
但馬は破落戸である。
煙草をふかし、爆音で自動二輪車を走らせていた。
但馬にはどうすればいいのかはわからぬ。
しかし、組織が弱体化していることについては敏感であった。
「オヤジも頭を悩ませてる」
但馬には親はいない。
されど親と慕う男がいた。
藤本隆である。
「お嬢だっておぼろげながらなんとかしねぇと不味いってことを理解してる」
但馬に娘はいない。
されど娘のように接してきた子がいた。
藤本の娘、紗希である。
「最近は会社全体がやけに寂しい。のんきな美浦でさえ、だんだん不安になっているみてぇだ」
理由はわかっている。探索者としての質が落ちているのだ。
いや、正確には違う。
自分たちが落ちているのではなく、他の探索者のレベルが上がっているのだ。
だから、厳密に言えば解決策はある。
自分たちも彼らと同じように上を――この場合はダンジョンの下層――を目指せばいい。
学生たちができていることだ。自分たちにできないとは思えない。
しかし、それは社員たちに『会社の為に安全マージンを捨ててダンジョンに潜れ』と命じることになる。
「俺はいい。家族もいねぇし、どうせオヤジに拾って貰わなきゃ野垂れ死んでいた身だ」
だから会社の為に身を張る覚悟はできている。
だが、他の連中に自分と同じ覚悟を背負わせるのは違う。
誰だって死にたくはないのだ。
養う家族がいれば尚更死ぬわけにはいかないだろう。
但馬だってそれくらいは理解している。
そもそも社員は但馬の部下ではあるが奴隷ではない。
『命を懸けてダンジョンに潜れ』なんて言えるはずがない。
では自分が張り切ればいいのかと言えば、それは違う。
一人でダンジョンに行ったところで野垂れ死ぬだけ。
会社のために死ぬ覚悟はできているが、だからといって犬死するつもりはないのだ。
「だからって決死隊を募るのも違うしなぁ」
ひと昔前であれば自分たちと敵対関係にある連中との争いで命を張らせたこともあった。
そうやって縄張りを広げ、出た利益を社員に還元してきたこともある。
だが今はそんな時代ではない。
命懸けでダンジョンに挑んだところで縄張りが広がるわけではない。
あくまで本人のステータスが上るだけだ。
またダンジョンでしか採れない鉱石やドロップアイテムを売る場合、命を懸けた社員に優先して還元しなくてはならない。
リスクを冒して利益を齎した者には相応の報酬を払う。当たり前だ。
そこに不満を持たれて退職されたら意味がないのだから。
しかしそれをやると、決死隊とそうでない者の間に格差が生じてしまう。
「それが同格の社員同士のことならまだいいんだがなぁ」
但馬が懸念するのは、力を得た決死隊の社員が調子に乗って古参の幹部社員に噛みつくようになることだ。
決死隊は自分が率いるつもりなので、自分には従うだろう。だが他の幹部はどうだ?
管理職には管理職の仕事がある。
だから幹部が命を懸けてダンジョンに潜る必要はない。
それが道理というものだ。
だがしかし、命を捨ててダンジョンに挑むような荒くれ者が命を懸けない人間に大人しく従うだろうか?
「ねぇな。間違いなくやるわ」
元々が破落戸の集り。
自制心に期待する方が間違っている。
「つまり、決死隊を募ってダンジョンに向かうことは、短期的には会社を潤すことになるだろうが、長期的に見れば会社を荒らすことになる」
全員をダンジョンに潜らせることはできない。
さりとて特定の人間をダンジョンに潜らせても駄目。
土木建築業は比較的まともに機能しているが、それだって優秀な探索者と潤沢な資金を備えた企業がその気になれば簡単にシェアを奪われてしまうだろう。
不動産業についても言わずもがな。
今までは暴力という部分で優ってきたが、これからは違う。
十分な暴力に加え資金力も組織力も違う相手と戦うことはできない。
「だからこのままじゃあやべぇんだ」
今はまだ余力がある。抱えている探索者の数も質もそれほど乖離していない。
そのため今はまだ藤本興業が持っている物件や仕事を奪うような真似はしないだろう。
しかし、これからは違う。
社会全体が『自由な市場』を得るため、これまで利益を独占してきた自分たちを除くために動くだろう。
「……もって五年ってとこか」
その後はどうなるかわからない。
大企業が利用するために抱えるかもしれないし、あっさりと潰されるかもしれない。
前者ならまだ救いはある。だが後者なら……。
最悪の未来が見える。だがどうしようもない。
「ちっ。止めだ止め! ここで考えてるくらいならダンジョンにでも行って魔物どもをシバいた方がマシだ!」
閉塞感に苛まれていた但馬は、気分を入れ換えるために外出しようとした。
これが現実逃避だとわかっていながらも、今の彼にはそうすることしかできなかったのだ。
そうこうして、但馬がその場しのぎにしかならないダンジョン探索をしようとしたときのことだった。
「但馬さん!」
「あ? ……誰かと思えば美浦じゃねぇか。そんなに慌ててどうした?」
「いや、今さっき、入社希望の若いのがきたんですよ!」
「はぁ? あぁ、いや、そうか。もうそんな時期か」
五月は探索者学校に入学した学生たちが現実を思い知る季節である。
魔物との戦いで心が折れるやつもいれば、商人系のジョブを得たせいで虐めに遭うやつもいる。
そうして現実を知った学生は、虐められないよう自衛手段を取る。
それが藤本興業のような会社に入ることだった。
探索者はどんなジョブであっても並みの人間よりは力があり、頑丈だ。使い道はいくらでもある。
だから土建屋では、よほどのことがない限り探索者を優遇する傾向があった。
藤本興業もその例に漏れず探索者の囲い込みは行っている。
探索者にとっては、土建屋に入社できれば、その会社が持つ影響力で護ってもらえることが多い。
加害者が学生の場合は、とくにそれが顕著なものとなる。
なぜなら怖いから。
好き好んでヤの付く自営業っぽい方々と関係があるようなヤツに絡む人間などいないのである。
そういったことから、この時期に入社を希望する人間がくるのはおかしなことではないし、慌てることでもない。
ましてや慌てているのは、但馬に次ぐ地位を持つ美浦である。
時に入社を希望してきた探索者を推し量る仕事を回されることもある美浦が、若いヤツがきたからと言って慌てるのはおかしい。
「……とりあえず、そいつをつれてこい」
(つまり訳ありってことだろ? それも、美浦が俺に判断を仰ぐような特大のヤツだ)
但馬は内心でそう結論付けたうえで、美浦がいう『若いヤツ』と会うことを決めた。
それは美浦が慌てるほどの厄介ごとに興味があったこともあるが、主な理由としてはダンジョンに行く前に鬱屈した気持ちを切り替えるためであったという。
……後に但馬はこう語る。
「あのとき留守にしていなくてよかった」と。
「あのとき直接顔を合わせることができてよかった」と。
この日藤本興業を訪れた『若いヤツ』は、色々な意味で彼らにとっての救世主となる存在であった。
閲覧ありがとうございました。
ブックマーク・ポイント評価頂けたら嬉しいです