告白してきた後輩と一緒に帰った
「先輩何かあったんですか?」
「え、何が?」
「いや、今日の葵先輩元気がないように見えたんで」
「そんなことないよ」
なぜ私は告白された日と同じように祐樹くんと地下鉄の駅まで一緒に帰ることになっているのだろう。ぼうっとして適当に生返事を繰り返していたらいつの間にかこうなっていた。
部活終わりの夕焼けに照らされて祐樹くんは隣で自転車を押している。
あの日と同じように。振られた相手と顔合わせるのが辛くないのかな。私は辛かった。
朝、私がいつもより少し遅くに教室に入るなり、美玖は私に駆け寄り抱きしめて本当に嬉しいと何度も繰り返していた。私はその度によかったねと返した。だけどいつものように美玖を抱きしめ返すこともできず、手のやり場に困った。
「うん。何もないよ」
「でも葵先輩、今日はらしくないミスしてましたし」
祐樹くんの言う通り、今日の練習は散々なミスをした。
スポーツドリンクの粉を入れすぎて部員から酷評をもらった。選手が練習している間にスクイズボトル水を汲んでおく仕事を忘れることもあった。最後にはぼうっとしてスパイクで跳ねたボールが私の顔に当たってしまった。必死に謝らせてしまったのが申し訳なかった。こっそりと同期のキャプテンに呼ばれて「体調悪いならもう帰る?」と言わせてしまった。
晃先輩たちが引退してから、みんな次の大会に向けて気合を入れて練習している。祐樹くんもリベロとして期待されて一年生ながら次の大会のレギュラーに選ばれようとチームを活気づけてる。そんな中で私だけが異物だった。
「ちょっと体調悪くてさ」
最近ずっと嘘ばかりついている気がする。
「大丈夫ですか?俺、薬とか買って来ますよ」
「いいのいいの大丈夫!そんなに酷くないから」
祐樹くんが焦って自転車に跨るから、嘘をついた罪悪感が深くなった。
祐樹くんが「よかった」と安堵して自転車を降りるから、余計苦しかった。
「何かあったら教えてください。全力で助けますから」
「ありがとう。でも大丈夫だから」大きく息を吸った。「本当に大丈夫」
改札の前で手を振る祐樹くんに手を振り返して私は地下へ降りる。長い階段の半分を抜けた先、強い向かい風が私の髪をなびかせた。私が階段を降り切った時、目の前のホームに電車が着いて扉が開いたが、乗る気になれなくて一本見送った。次の電車に乗り込み、途中で鉄道に乗り換えて家へ帰った。
家の前の門扉は建付けが悪く重たい。
玄関を抜けてリビングにいるお母さんに一言「ただいま」とだけ言うと、私はすぐにシャワーを浴びた。
ここならすぐに涙を洗い流せると思った。抑えていた感情が次第に緩み、呼吸が荒くなった。浴室の外に声が漏れだしてしまわないようにシャワーを強くする。勢いよく水が床に跳ねる音で私の声をかき消す。
私は泣いた。朝からずっと耐えていた。好きな人に恋人ができた。それがこんなに苦しいだなんて思わなかった。
いつもと変わらず美玖がそばにいたから辛かった。
彼の話をするたびに美玖が顔を赤らめるから痛かった。
美玖の告白が失敗してしまえばいいと願った自分が許せなかった。
私情を部活に持ち込んで失態を犯すのも悔しかった。
一日中、いろんな感情が心の中でぶつかりあっていた。その感情たちは外に出る時をずっと探していて、ようやく今、涙と嗚咽に乗って表に現れた。
ずっと美玖のことが好きだった。
いつかはこうなるかもしれないって分かっていた。美玖だって人間なんだから誰かを愛して愛されたいって思うのは当然で、そばにいるだけで気持ちを伝えるのを怖がっていた私が報われないのはごく普通の結果だ。そんなの分かってる。
でも苦しい辛い痛い悔しい。
他にも言葉では表せないネガティブな感情がいくつも頭の中に並んだ。呼吸が乱れてうまく息を吸えなくて頭がぼうっとする。鏡には醜く嗚咽する私が映っていた。
これ以上泣いてしまわないように、これでこの恋を終わらせてしまうために、ここで涙を枯らしてしまおうと思った。
だけど一向に涙が枯れる気配はなかった。深呼吸して心を落ち着かせようとする。それでも無理で、楽しいことを思い浮かべようともした。だけど、その思い出の中には必ず美玖がいた。
なにが大丈夫だ。こんなにも辛い。