親友で好きな人が先輩に告白するらしい
「再来週、晃先輩と今度は二人で出かけることになった」
朝の教室、肩を掴まれて美玖だと分かった。教室に着くのはいつも私が先、美玖は私より少し遅れてやってくる。自分の席に座る私の耳元で、彼女は囁いた。
友達なら喜ぶべき言葉のはずなのに、私の心は重くなった。
「よかったじゃん。どこ行くの?」
私はできるだけ平静を装う。
「水族館!どこかお出かけしませんかっていったら水族館どうって聞いてきてくれてさあ」
美玖は声を弾ませた。対照的に私の心はどろっとした粘液にまとわりつかれたようだった。
「晃先輩、もしかしたら美玖のこと気になってるんじゃない?」
「そう思う?」
「だって普通何とも思ってない子を水族館に誘ったりしないと思うよ?」
「そうかなあ」
「それに晃先輩、美玖のこと面白くていい子だ、って言ってたよ」
「本当!?」
「うん、本当」
「ええ、どうしよう。めちゃくちゃ嬉しいんだけど」
美玖は声を高らかにして、頬を赤く染めた。
「美玖を魅力的に思わない男の人なんかいないよ」
「葵に言われるとなんか自身湧いてきた」
そう言って美玖は私を抱きしめて、「ありがとう」とその力をさらに強めた。
「私ね、晃先輩に告白しようと思っているんだ」
耳元で確かにそう聞こえた。美玖の胸の高鳴りが私にも伝わってくるようだった。
「美玖なら絶対にうまくいくよ」
「心の友よ~」
私は美玖の頭を少し撫でて、彼女の体を遠ざけた。
「うまくいったら教えてね」
嘘だ。嘘ばっかりつく自分が嫌いだ。うまくいっても教えてほしくなんかない。
それどころか、うまくいかなければいいなんて思ってる。
最低だ、私。
――ブー、ブー、ブー。
美玖が告白をすると言っていた日の夜、マナーモードにしていたスマホが繰り返し震えた。画面は予想通り美玖の名前を映し出している。
私はその着信を取らずに洗面台で髪を乾かし続けた。濡れた髪を揺らし、隙間にドライヤーで風を当てた。しばらくしてスマホの震えが止まってから、裏返してそっと置いた。
ため息をつく私が鏡の中にいた。
スマホを持って自分の部屋に戻った。スマホの画面は見なかった。部屋のドアを開けてすぐ、ベッドに飛び込んだ。寝転がったまま勉強机の上の本棚を左から順に眺めた。何度も何度も。そうして時間が経つのを待った。
時間が経ったところで、何かが変わるわけでもないけれど。
私は起き上がり、スマホの電源を付ける。画面には美玖の着信通知が浮かんでいた。私はその通知に指をつけたまま深く呼吸をした。そして一度指を離し、もう一度通知を押しスマホを耳に当てた。
数秒ごとに軽快な音楽が流れる。数度繰り返したあと、それが途中で止まった。
『もしもし!』
電話が繋がりすぐに聞こえたその一言で美玖がいつもより興奮しているのが分かった。
「もしもし。さっきはごめんね。お風呂入ってた」
私はできるだけ普段通りを装って答えた。
「全然大丈夫!」
「それでどうしたの?」
どんな言葉が返ってくるか、分かっている癖に聞いた。できるなら聞きたくなかった。でも私は普段通りに接するしかなかった。この気持ちはばれてはいけない。
『驚かないで聞いてね』
驚くことにしようと思った。
『実は私、晃先輩と付き合うことになりました』
「ええ!よかったじゃん」
ちゃんと言葉として聞いて目頭が熱くなった。
『葵には一番に伝えたくてさ』
その言葉に喜んでいいのか分からなかった。
『本当葵のおかげ』
「そんなことないよ。美玖が魅力的だからだよ」
『いやいや葵が背中押してくれたおかげだって』
「そうかな?」
『そうだよ』
本当にそんなことはないと思った。私は背中なんて押してない。むしろ私は、その背中を引っ張りたかったけれど、引っ張らなかっただけ。
自分の中に醜い心が見えたが、それを無視してありがとうって言っておくね、と冗談めかして言った。美玖はなにそれ、と笑った。
少しだけ沈黙が過ぎたあと、私は美玖の名前を呼んだ。
『なに?』
きっと言わなければいけないんだろうなと思って、私は思ってもない言葉を精一杯絞り出した。
「おめでとう」
『ありがとう!』
「じゃあまた明日学校で」
『うん!また明日!葵が親友でいてくれて本当によかった!』
親友か。電話が切れたあと、一人で呟いた。
私の声、震えてなかったかな。
ああ、ってかなんで協力しちゃったんだろう。辛くなることなんて分かり切っていたはずなのに。正直にこの気持ちを伝えてしまいたい。
でもこれを言ったら美玖はきっと離れて行ってしまう。だからこの気持ちは私の中で一生閉じ込めるつもりでいる。
私は美玖のことが好き。親友で私の好きな人。