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親友で好きな人に先輩を紹介してしまった

「はあ、やばい」


「そんな緊張しなくても大丈夫だよ」


 待ち合わせの金時計の下で美玖は頻りに腕を擦ったり、胸に手を当てて鼓動を確かめたりしている。


 たまに「おかしなところないよね」とスマホの内カメラを起動し、髪を整えては服に汚れがないか入念に確かめ、一通り確認したあとまたカメラを起動して髪を整えている。


 普段、休日一緒に出かけるときは動きやすい楽な恰好なことが多いから、今日の美玖の服装は新鮮だった。肩を出した薄手の白いワンピースを着て、ミディアムボブの毛先が軽く巻いてある。明るいローズピンクの口元が一層可愛らしさを演出している。



 休日の駅構内は人でごった返している。私たちと同じように人を待つ学生や大人っぽい人たちが金時計の周りだけでなく、それを囲むデパートの壁際にも隙間なく並んでいる。


 デパートの角の辺りに金髪の女性がいたが、目を逸らした一瞬のうちに消えていて、気付けば違う人が立っていた。久しぶりの再会なのか会うなり抱き合う男女もいた。その中で私たちも人を待っていた。



「はい、美玖さん落ち着いてくださーい。大きく息を吸って、吐いて~。吸って、吐いて~」



 私の声に合わせて美玖が深く呼吸をする。



「ありがとう」


「ちょっとは落ち着いた?」


「うん、大分」

 とか言いながら美玖はまた胸に手を当てた。


 待ち合わせの時間になる少し前、彼は遠くからやってきた。背が高くて一目で分かった。黒地のTシャツにジーンズを履いたシンプルなファッションでも、彼が着るだけで華があるように見える。すれ違う周りの女の子たちが皆、彼の方へ振り返る。彼女たちの小さな黄色い声が徐々に近づいてくた。



「ごめん、待たせちゃったかな」


 晃先輩は相変わらず爽やかで格好いい。微笑する口元で白い歯が光っている。はっきりとした二重の大きな瞳で私たちの方を見る。その姿を見て美玖は背筋を伸ばした。


「いえいえ、とんでもないです」


「晃先輩、こちらが前に言っていた美玖です」


「み、美玖です。よ、よろしくお願いいたします」



 美玖の頼みを断り切れず結局晃先輩を紹介してしまった。晃先輩とご飯に行きたい子がいると伝えると、彼は快く承諾した。


「そんなに畏まらないでよ。晃です。よろしく」


「はい」


「じゃあ行こうか」



 晃先輩に連れられて駅を出ると、立ち並ぶビルの上から眩しい夏の日差しに照らされた。肌に熱を感じる。顔の輪郭を辿る汗がメイクを崩してしまわないか心配になる。


 駅を出てすぐにあるスクランブル交差点の信号が変わるのを待っていると、私たちの後ろに人が並んでいった。


「晃先輩受験とかで忙しくないですか?誘って迷惑になってないですか?」


「全然迷惑じゃないよ。ちょうど息抜きしたいなって思ってたところだし、行きたいお店もあったしね」


 歩行者信号が青に変わり、スクランブル交差点はたくさんの人が行き交う。そのほとんどが私たちと同じように休暇を楽しんでいるようだが、時々スーツを着て足早に胸を張って歩く大人も紛れている。私たちはその人の波をかき分けて進んだ。



「ええ、あそこ目指してるってことは晃先輩って頭もいいんですか?」


「いや、そんなことないから今必死に勉強してるよ」



 今日初めてあった二人は志望大学の話なんかをして盛り上がっている。私はその後ろを少し遅れて進む。


「二人だと緊張するから付いてきて」

 と美玖は言ったが、私は必要ないんじゃないかと二人の背中を見て思った。


 そんな私に気づいてか、美玖は振り返った。


「葵知ってた?」


「うん。すごいよね」


「スポーツもできて勉強もできて、あと何ができないんですか?」


「買いかぶりすぎだよ」


 高層ビルの隙間を抜けて細い路地に入ると、人通りは途端に少なくなった。ファションブランドのスタイルのいいマネキンがショーケースの中から私たちを見下ろしていた。一方通行の青い標識が指す方向に進むと、タクシーが私たちを追い越した。


 晃先輩はさりげなく隣の美玖を歩道側に寄せ車道側を歩いている。そういう気づかいができる人だった。



「あ、ここかな」


 地下に向かう階段を下りる晃先輩の背中を私たちも追った。徐々に暗くなり太陽の光が届かなくなる。


 気になっていたカフェがあったが男だけだと入りづらいからそこに一緒に行ってくれないか、というのが晃先輩の提案だった。美玖にそれを伝えたら、スマートでカッコいいと笑っていた。


 階段を下りた先のスペースにはいくつかの店が並んでいて、晃先輩の気になっていたカフェはその一つだった。ガラス張りのドアから中を覗くと、そこから見える客は女の子ばかりだった。


 晃先輩がドアを開けるとからんころんとベルが鳴り、「いらっしゃいませ。少々お待ちください」と声が聞こえた。白い制服を着た店員が忙しく歩き回っている。店内はモノクロ調の落ち着いた空間が広がる。窓がないため人工的な照明に照らされているが、それが日常から切り取られた非日常的な雰囲気として人気らしい。


 少し待ったあと、はきはきと喋る店員が私たちの方にやってきた。


「予約していた星野です」


 店員に先導され奥の方の席へ案内される。その道中、美玖が私の耳元に寄って囁いた。


「晃先輩の苗字って星野っていうの?めちゃくちゃピッタリな名前じゃん」


「本当そうだね」


 私はそれに静かに同意した。


 席に着き店内を見まわしていると、店員が「本日のおすすめです」と小さな黒板を持ってきた。ビーフシチューやグラタン、夏野菜を使ったカレーなどの名前が並んでいる。店員さんにおすすめを聞いてそれぞれ別のものを頼んだ。


「お待たせしました」


 しばらくして店員が注文した品を持ってきて私たちの前に並べた。私が頼んだビーフシチューは木の長方形のプレートにキッシュやサラダにスープ、食パンと熱された鍋に入ったビーフシチューが均等に配置されていた。


「おしゃれ~」


 美玖は目を輝かせている。それを見て晃先輩が笑った。皆で手を合わせてそれぞれ手を付けた。


 サラダは色とりどりでシーザードレッシングの酸味が野菜の味を引き立てる。キッシュにフォークを縦に入れるとサクッとした感触のあと、柔らかい生地にすっと通った。


「一度この店来てみたかったんだ。だけどおしゃれ過ぎてハードル高くてだから葵ちゃんたちが来てくれて助かった」


「いや、でも晃先輩がここに一人でいても全然違和感ないですよ」


 いつもより高い声で美玖が言った。


「そうですよ。謙遜しすぎです」


 ビーフシチューは肉の甘味が溶け出し、その中でしっかりと煮込まれたスペアリブと玉ねぎが口の中でとろけた。美玖はグラタンをスプーンですくって口元に運んだ。頬張ると伸びたチーズがその唇から少し垂れた。



 それぞれ頼んだものを分け合って食べた。晃先輩の頼んだカルボナーラはクリーミーで、時々黒コショウのスパイスが効いておいしかった。



 食べ終わった頃合いになって店員に声をかけると食後の飲み物を運んできてくれた。晃先輩と私がアイスコーヒーで、美玖がオレンジジュース。私はミルクと砂糖をカップの中に入れた。かき混ぜてストローで少しずつ飲む。コーヒーの香りが鼻に抜けた。



「晃先輩はどうしてバレーボール始めたんですか?」


「当時から俺背が高くて先輩から強めに誘われてたのと、あとは漫画が流行っててさ」


「え、もしかしてそれってあれですか?主人公がめちゃくちゃ速い速攻?するやつ」


「そうそう!美玖ちゃんよく知ってるね」


「私も読んでたんで。そういうスポーツ系の漫画好きなんですか?」


「すごく好き」


「えー、私もです」


 二人は漫画について熱く語り合う。漫画をあまり読まない私はその会話に入っていけなかった。



 コーヒーの最後の一口を飲み終えた時、まだ二人のグラスには半分くらい残っていた。私のグラスについた水滴がなんだか虚しかった。空になったグラスを机に置くと美玖が私の方を向いた。


「そういえば葵はなんでバレー部のマネージャーしてるの?」


「中学のころは女子バレー部でバレーやってて、プレーするのはもういいかなと思ったけど、やっぱりバレーは好きで」


「ええ、知らなかった」


「葵ちゃんすごくうまいんだよ」


「葵がやってるの見てみたい」


 その後に続いた学校生活や去年の文化祭の話には何とか参加することができた。


「そろそろ行こうか」


「あっという間でしたね」


「そうだね」


 晃先輩は伝票を持って立ち上がりレジの方へ歩いていく。私たちはその後ろをついていく。


 店員がレジを伝票を受け取り、操作している間に鞄の中から財布を探していると、「ありがとうございました」と言った店員の声が聞こえた。顔を上げるとすでに晃先輩が支払いを終えていた。


「いくらでしたか?」


 店を出て美玖が聞いた。私と美玖が晃先輩に代金を支払おうとするが、晃先輩はそれを拒否した。


「そんなの悪いですよ」


「そうですよ」


「実家の手伝いでお小遣いももらってるし、それに何と言っても先輩だからね」


「え? 晃先輩の実家って……?」


 美玖が聞いた。


「お好み焼き屋なんだ。小さな店だけどね。二人とも今度うちに食べに来てよ。それで今日の分はチャラってことで」


 晃先輩は爽やかに笑った。美玖はその姿をじっと見つめていた。


 同じ道を通り、また駅へと戻る。行き交う人々は昼よりも少なかった。駅へ向かう最後のスクランブル交差点の歩行者信号が青に変わった。私たちは横断歩道を渡りながら、今日の感想を語り合う。


「何が一番おいしかった?」


「そうですね……。私はビーフシチューですかね」


「分かる。俺もそれが一番おいしかった」


「葵は?」


「私はカルボナーラかな」


「たしかに!それも捨てがたい」



 私だけ一番が違って、仲間外れになった気分だった。


 美玖はあっという間と言っていたけれど、私はそれと正反対の感想を抱いていた。少しだけ居心地が悪い。でもそれが今日の私の役割。二人の背中を見てそう思った。



「どうしたの?美玖ちゃん」


 唐突に晃先輩が言った。


 横断歩道の半分ほどで美玖が何かに気づいたようだった。そして美玖はそのまま駆け出した。


 美玖の向かう先には慌てて派手な法被を着た青年が空を舞うチラシを追いかけていて、それを落としたのだと察した。その時にはいつの間にか晃先輩も美玖のそばにいて、私は少し遅れて二人の元へ向かった。


 美玖は腰を落として一枚一枚チラシを拾い上げる。美玖のワンピースの先がコンクリートの地面に着いていた。晃先輩もそれに倣っている。


 私もそれに続こうとしたが、着いたころには晃先輩が最後の一つを拾い上げた。



 青年は晃先輩と美玖に丁寧に礼を言い、またチラシを配りだした。声を張り上げてチラシを配る青年の姿に、二人は安堵して笑っていた。

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