プロローグ
「葵先輩好きです!付き合ってください!」
部活の後輩から告白された。夏の夕陽が照り付ける帰り道の最中だった。
バレー部の活動後、マネージャー業務を終えて他の部員より遅れて帰ろうとしたところ、待ち構えていた祐樹くんから「駅まで一緒に帰りませんか?」と声をかけられた。彼は自転車通学で、しかも私が乗る駅とは反対方向に帰るはずだから何となくの予感はしていた。
自転車を押して駅までの坂を下る彼が、立ち止まり緊張した表情で私を見たときにこれが告白だと確信した。
祐樹くんは私の目を見て返事を待っている。その横を、体格のいいラグビー部が私たちを横目に見ながら通り抜けていく。
この時間帯は部活終わりの生徒が絶え間なく駅にぞろぞろと向かう。例によって今日も人通りは多く、そのほとんどが私たちに好奇的な目を向けている。
放課後に夕焼けが燦々と燃える帰り道で男女二人が向き合って立ち止まっている、この状況はどこから見ても告白にしか見えないだろう。
祐樹くんは変わらず緊張した面持ちで私の次の言葉を待っている。
中学生のころ同じ学校の男の子から何度か告白されたことがある。その度にこんな私のどこがいいんだろうって不思議に思う。
私は生徒が途切れるタイミングを待っていつもと同じ言葉を言った。
「ごめんね。祐樹くんとは付き合えない」
この後男の子はみんなバツが悪そうな顔で謝って去っていった。それから大体学校生活では気まずくなって話すこともなくなってしまう。私は告白をしたことがないから実際のところは分からないけれど、断られるのはきっと傷つくんだろうな、とその度に少し心が重たくなる。
だけど祐樹くんの表情を見るとそれほど落ち込んでいないようにも見えた。それどころか彼は私の目を見つめてくる。
「理由、聞いてもいいですか?」
「え、それは……その……」
今までそんなことを聞かれたことがないから戸惑った。正直に言うことができない理由が私にはあった。
「好きな人がいる、とかですか?」
神妙な面持ちで祐樹くんが聞くからドキリとした。好きな人、その響きで一人の顔が浮かんでしまった。それを悟られないように私はすぐに首を横に振った。
「ううん。そういうことじゃなくて、まだ私あんまり祐樹くんのこと知らないし……」
咄嗟にしてはいい言い訳ができたと思う。実際祐樹くんのことを知らないのは本当だった。
祐樹くんはうつむいている。悪いことを言ったかと様子をうかがっていると、祐樹くんが顔を上げて口を開いた。
「じゃあもっと俺のことを知ってもらえばチャンスがあるってことですよね」
前言撤回、言い訳は失敗したかもしれない。祐樹くんは目を輝かせている。
「俺、諦めませんから」
自転車に跨って、駅とは反対方向に坂を駆け上がる祐樹くんの背中は、真っ直ぐ夕焼けの中へ消えていった。
そんな彼のことを少し羨ましいと思った。