予選ー8
渡辺くんの件から数日がたった。
結局、翌日からはいつもどおり授業が始まり、私達の生活も、これといった大きな変化はなかった。
変わらない毎日、いつもと同じ日常。平日が終われば、土日で学校がお休みになり、また、平日がくれば学校に行く、を繰り返す。
ニュースなんかでの報道では、相変わらず話題として持ち上がってはいるようだったけれど、学校の前に群がっていたレポーターやカメラマンも、今はほとんどいなくなっている。
「そういえば、今日がライブの日だったっけか……」
ふと、部屋に飾ってあったカレンダーを見て思い出す。
スマホを取り出して、朱美にお誕生日おめでとうとメッセージを打った。
数分後、スマホから音が鳴る。
見てみると、朱美からの画像付きのメッセージだった。
「あはは、いい誕生日になったみたいでよかった」
ついていた画像は、彼氏の真也と一緒に、気合の入った格好でコンサート会場に入る列に並んでいる朱美の姿だった。
「彼氏とか、ほんと、マジ羨ましいんですけど」
くすくすと笑っていると、「ごはんよー」という、母の呼ぶ声が聞こえてきたので、私はまた、楽しんできて、と返信して、スマホを机に置いて、リビングへと向かった。
「今日は朱美ちゃんと一緒に遊ばなかったの?」
父と母と、いつものように3人で夕飯を食べていると、母がそう言えば、と不思議そうに聞いてきたので、私は苦笑いしながら答える。
「今年は予定がちょっとね。朱美、今日は彼氏と一緒にライブ行ってるから」
「なに、もう彼氏がいるのか!?」
父が驚いたように聞いてくる。
「普通だよ。他にも何人か、付き合ってる子たちいるし」
おかずのから揚げに手を伸ばしながら言う。
「……葵にも、いるのか?」
心配そうな、泣きそうな表情で聞いてくる父に、私は笑って答えた。
「あはは、心配しなくっても大丈夫。私には残念ながら彼氏なんていないから」
言うと、少しほっとした表情を浮かべながら、小さく、そうか、と父は呟いた。
食後にお茶を飲みながらテレビを見ていると、急に、バラエティー番組をうつしていた画面が切り替わり、臨時ニュースと表示された。
「え、なに?」
テロップで流れるだけではなく、番組を中断して流すほどのニュースとなると、そこそこ大きな何かが起こったようで、私は隣で一緒にくつろいでいた母と顔を見合わせた。
『ここで臨時ニュースをお伝えいたします。本日午後7時ごろ、東京都新宿区にあるライブハウスの一角で、爆発事故が発生いたしました』
事件の場所に、一瞬、湯呑みを口に運ぼうとしていた手が止まる。
(もらったチケットに書かれてあったライブハウス、あれ、確か新宿のライブハウスじゃなかったっけ……?)
今回のMuskaの初日のライブは、混乱を避けるため、開催場所から何から、すべてが完全シークレットとなっており、チケットが当たった人たちにしか詳細がわからないようにされていた。
当選人数も相当少ないようで、朱美と一緒にライブ会場を確認した際、新宿のライブハウスで、収容人数は数百人程度の小さなハコだったので、驚いたのを覚えている。
(いや、まさかそんな)
『本日こちらでは、有名ロックバンドのライブが開催されて、現在、警察と消防隊は、爆発による火災の鎮火と、生存者の救助が行われておりますが、詳しい内容はまだ不明とのことでした』
立ち上がると同時に、座っていた椅子が、ガタン、と倒れた。
びっくりした父が、どうした?と聞いてくるが、耳に入らなかった。
「ちょっと出かけてくる!」
「葵!?」
母が止めるのも聞かず、私は上着と財布とスマホだけを持って、家を飛び出していった。