予選ー7
「まだ犯人の目星はつかねぇのか!?」
ダン!と机を叩く大きな音が辺りに響いた。
「しょーがねーでしょう。最有力候補の奴が死んじまってんですから」
ボリボリと頭をかきながら答えると、また目の前の小さくてまるっこいおっさんは、顔を真っ赤にしながら、ダン!と机を叩いた。
「だからだろうが!マスコミどもがハイエナのようにまとわりついてきては、あることないこと報道していきやがる!もっと外出て、ちったぁ事件解決できる何かを拾ってこい!」
「はいはい」
彼は小さく舌打ちすると、部屋をそのまま出ていった。
「布施さん!待ってください!」
俺を追いかけるようにして、一人の若い男が部屋から出てきた。
「なんだ、難波」
俺が面倒臭そうに聞くと、難波はムッとした顔で答える。
「何だ、じゃないですよ!また置いていこうとしたでしょう!」
プリプリと怒るこの男を見て、思わず小さく溜め息をついた。
「いいじゃねぇか。ちゃんと一緒に行動してるだろ」
「そういう問題じゃ……!!」
まだ怒っている難波を一睨みして黙らせる。
「一緒に行きたけりゃ少し黙ってろ」
俺の迫力に負けたのか、難波はぐっと口を閉じた。
「……それにしても、なんで上はこんな小さな事件を必死になって調査させるんですかね」
車に乗って移動中、沈黙に耐え切れなくなったのか、難波が俺に話しかけてきた。
「あれだろ、世間で未成年の殺人犯、なんて話題になってるからだろ」
昔は未成年が犯罪を犯しても、一時話題になりはしても、その後しばらくすれば風化していた。
だが、現在のネット社会では、警察が素性を公表しなくても、どこからか情報を探り出して、その情報の正確性などは二の次で、とにかく、人目に止まるよう、ありとあらゆるあおりを使って、本人の了承を得ることもせずに、ネット上にそれらをバラまいて正義の味方を気取っている奴らで溢れている。
「全く……そもそも、まだ参考人ってだけだってのに、一体どこで情報嗅ぎつけてきたんだか」
深いため息をつきながら呟くと、難波もそうですね、と同意した。
「おかげで彼の行方が分からなくなってるのも、本人が隠れてるのか、何かトラブルに巻き込まれたのか、その判断もつかない状況ですしね」
渡辺雄一。
都内の高校に通う、ごく普通の男子高校生。
「渡辺が捜査線上に名前があがったのは、こないだ路地裏で死んでた斉藤の死亡推定時刻に、その路地に面した雑居ビルに、なぜか出入りしていた防犯カメラの映像があったからってだけだ。なのに、どこで誰が何をかぎつけたのか、今じゃまるで、渡辺が斉藤を殺したかのような報道までされちまってる始末だ」
警察としては、この件に関する正式な発表は何もしていない。
何故なら、発表ができるほどの情報が、一切、何もないからだ。
「渡辺を探しているって発表をした方がいいんじゃないかって意見も出てますけど」
「あほだろ。ただの参考人だぞ?確かに連絡はとれない上に居場所もわからずともなれば、疑いたくもなるが、そもそも、渡辺と斉藤にはなんの接点もなかったんだぞ?そんな状況で、事件について何の進展もないのに、渡辺はただの参考人です、皆さん、あまりネットの情報を鵜呑みにしないでください、なんて言ってみろ。未成年だから警察が守ろうとしてるんじゃないか、とか、やっぱり渡辺は犯人なんじゃないか、って、余計に煽る結果になっちまうだけだろうが」
呆れたように俺が言うと、確かにそうですね、と難波は同意した。
「とにかく、この件については何の手がかりも見つかってないせいで捜査が難航しているから、こんなことになるんだよ。実際、蓋を開けてみたらただの事故でした、なんて可能性もあるんだ」
「そうですね……斉藤の死因は、あくまでも屋上に置いてあった植木鉢が落ちてきたのが頭に当たったのが原因、って検視報告書にありましたしね」
難波の言葉に、俺は頷く。
「植木鉢が偶々落ちてきただけならただの事故、植木鉢を誰かが斉藤めがけて落としたなら殺人、何かのはずみで植木鉢を落としてしまい、殺すつもりはなかった、というのなら過失致死だ。現状、どの線かもわかってない状態で、世論のせいで渡辺殺人説が真実のようになることだけは防がねーと、そうじゃなかった時、非常にマズいことになる」
「はい」
斉藤が死んでいた路地裏の近くに車を止めて、俺は難波と一緒に現場へと移動する。
「とにかく、もう一度ここから調べなおすぞ」
「はい!」
何かが出る可能性は低いが、それでも、何か見落としていないかどうか、あの時わからなかった何かが今なら見つかるのではないか、そんな一縷の望みにかけて、俺は難波と一緒に、現場をくまなく確認していった。