予選ー4
その後、緊急の全校集会が行われ、校長先生の短い説明と長い眠くなる話、黙祷のあと、鬼クマ先生からの話で締めくくられ、そのまま今日は休校ということで、生徒は全員、自宅に帰るように言われた。
「やっぱさ……まぁ、そうだよねー……」
教室でかばんを手に取りながら、朱美に言うと、朱美はうんうんと頷いていた。
「こんなことがあったらね。今日はとりあえず休校って、鬼クマせんせ、言ってたもんね」
今日一日は、念のため自宅待機と全校朝礼で校長先生が言っていた。
それと、あくまでも、容疑者候補として、家出クンは名前があがっているだけだと校長は言って、みんなに黙祷もさせた。
鬼クマ先生は、レポーターがうじゃうじゃいるから、余計なことは何も言わず、さっさと家に帰って、自習をしなさいって言っていた。
くれぐれも、推測や憶測で、特にテレビやインターネット上で発言をしないようにと、皆に注意喚起もしていた。
「家出くん、ホントに殺したのかなぁ」
ぽつりと言うと、突然、後ろから、「そんなはずない!」と女の子の叫ぶ声がした。
「え……?」
振り返ると、そこにはツインテールにした愛らしい顔の女の子が、目に涙をためて立っていた。両脇には、別の女の子が2人「大丈夫?」と言いながらその子に付き添っていた。
「渡辺くんのこと、なんにも知らないくせに……!」
そう言って、いきなりつかつかと近寄って来たかと思うと、パアンといい音が廊下にこだました。
「った!え、ちょ、何、いきなり!?」
私は頬に平手打ちを食らった。
突然のことに、避けることすらできなかった。
「だ、大丈夫、葵!?ちょっと、あんたいきなり何すんの!」
朱美が彼女を思いきり睨みつけながら怒鳴る。
私はひりひりと痛む右の頬を、そっと左手でさする。
「渡辺くんは、そんなこと、するような人じゃなかったもん!」
そう言うと、わぁっと泣きながら廊下に飛び出し、走って行ってしまった。
「あ、かえでちゃん!?」
両脇にいた女の子の片方が、慌てて彼女を追いかける。
「あんた、何も知らないくせにテキトーなこと言って、最低なんじゃない!?少しは考えてモノ言いなさいよ!」
もう片方の女の子が吐き捨てるようにそう言うと、ギロっと私を睨んで、そのまま2人の後を追いかけて行った。
「……え、なんだったの、あれ」
彼女らの言動を総合して考えると、なんとなく、理由というか、自分がなぜ叩かれたのは想像がついた。
が、だからといって、叩かれたことに対して納得ができるかと言われれば、それは全く別の話で。
茫然と立ちつくしていると、遠くの方で誰かが怒鳴っているのが聞こえてきた。
「……おい、お前たち何してる!さっさと帰らないか!」
声の主は鬼クマ先生のようで、校内を見回って、まだ教室内に残っている生徒を追い出しに来ていたようだった。
「こら、本郷!お前も……っておい、どうした!?」
「へ?」
驚いた顔をした鬼クマ先生は、慌てて私を職員室へと連れて行った。
「ほれ、これで冷やせ」
鬼クマ先生は、冷蔵庫の中から保冷剤を取り出すと、ぽいっとそれを投げて渡してきた。
「あ、どうも……」
側にあったデスクの上にあった鏡をちょっと借りて、自分の顔を見てみると、見事に綺麗な紅葉型で、頬が赤くはれ上がっていた。
「うっわぁ……」
私は思わず頬を引きつらせた。
「何があったんだ?」
「あー、いやー…………別に?なんでも」
鬼クマ先生に聞かれて、私が答えると、思いきり怪訝な表情をされる。
「お前……その頬でなんでもないってことはないだろ」
「いや、まぁ……なんではたかれたのかは正直なとこわかんないんですけど。多分、あの子が切れるようなこと言ったんだと、思うんで」
もしかして、家出クンと付き合ってた彼女だったりしたら、そりゃ、人を殺したんだろうかと邪推している人間がいたら、怒るのも無理はないのかもしれない、とは思ったから、私は庇うわけじゃないけれど、なんとなく、言葉を濁した。
「……まぁ、子供の喧嘩に、いちいち大人が首を突っ込むのもどうかとは思うから、お前が大丈夫だっていうんならお前の言葉を信じるが……」
まるでやくざのような見た目と雰囲気とは裏腹に、意外とやさしくて、ちゃんと話を聞いてくれる鬼クマ先生に、私はやっぱこの先生、好きだなぁと思いながら笑った。
「大丈夫だよ。別にいじめとかそんなんじゃないし」
言うと鬼クマ先生は、まだ少し納得していないような表情ながらも「そうか?」と呟く。
「うん、ほんとになんかあったら、先生にちゃんと相談するし」
「……必ずだぞ?いいな?」
私がそういうと、先生は少し安心した様子で答えた。
「うん、絶対。ありがとね、先生。心配してくれて」
言うと、ははっと笑って先生は職員室から見送ってくれた。
「さっさと帰るんだぞ。寄り道せずに、まっすぐにな!」
「はぁーい。せんせ、保冷剤ありがとね!」
私は先生に手を振りながら、職員室を後にした。




