3rd Stageー6
「布施さん、彼女来ました」
部屋の入り口のところから、難波は大声で布施を呼んだ。
「わかった」
布施は短くそう言うと、腰を上げて赤いスマホを片手に、難波の方へ向かった。
(結局、何が原因なのかわからないままだが……本郷に話を聞けば、少しは何か、糸口が見つけられるかもしれん)
そう思うと、自然とスマホを握る手に力がこもった。
「待たせたな」
布施はそういいながら、葵の待っている会議室のドアを開けた。
すると、ドアをあけるとほぼ同時に、手に持っていた赤いスマホがブルブルと震えて音を鳴らし始めた。
布施の動きが止まり、難波も思わず、携帯を見つめた。
「どうかしたんですか?」
彼らの様子が何かがおかしいと気付いた私は、入り口で立ち止まっている布施さんたちのところへ駆け寄った。
彼は一瞬戸惑った表情を見せ、私と手に持っているスマホを交互に見た。
「……着信だ」
布施さんが私の目の前に、ビニール袋に入った状態で、電話の受信を主張してくる、見覚えのある赤いスマホが入っていた。
「えと……これ、出てもいいですか?」
私が聞くと、布施さん小さく頷いた。
一瞬、袋に入ったままでも操作できるんだろうか、と思ったが、画面をタップすると反応したので、私はそのまま、画面に表示されている『通知不可能』の文字を見つめながら、指ですっと画面を撫で、電話に出た。
「……もしもし?」
その瞬間、電話の向こうから返ってきたのは、予想外のものだった。
『今すぐそこを出るんだ!』
叫び声にも似た、男の人の声。
「え?」
思わず聞き返した時だった。
ばぁん!!!!!!
何かが破裂したような、でも、この間、学校で聞いた爆発音に少し似たような、そんな音がした。
「きゃぁ!!!」
「なんだ!?」
驚いて咄嗟にしゃがみ込むと同時に、建物がぐらぐらと揺れるのを感じた。
「な、なに、なんなの!?」
思わずバランスを崩しそうになって、スマホを床に落としてしまう。
「あっ!」
慌ててスマホを拾い上げると、そこにはもう、いつもの待ち受け画面だけが表示されていた。
「おい、何があった!」
布施さんが傍に設置されていた内線で状況を確認しているようだった。
難波さんも、彼のスマホで誰かと話をしていた。
(一体、何が起こったの?……も、もしかして、また……?)
まさか、と思ったその時だった。
建物内に、火災報知器の音が、けたたましく鳴り響いた。
「おい!今すぐ建物から出るぞ!」
布施さんはそう言うと、私の腕をぐいっと引っ張った。
「え?あ、ちょっ!」
バランスを崩して思わず倒れそうになったところを、難波さんが支えてくれた。
「何かあったみたいだから。とりあえず、布施さんの言うとおりにしたほうがいいけど、大丈夫、心配いらないよ」
そう言って、難波さんは私に笑って見せた。
(……顔、引きつってんじゃん)
心配させないようにと無理に笑顔を作ろうとしているのが丸わかりのその表情が少し笑えて、思わず噴出した。
「おい、急げ!」
少し苛立ったような声で、布施さんが叫ぶ。
私は難波さんと顔を見合わせて、頷くと、彼の後に続いて部屋を出た。
「何があったんですか?」
「わからん」
即答で返ってきたその答えに、思わず私は、小さなため息をついた。
「どこかで爆発があったんだろう」
大きな音と、建物の揺れ。
確かに、そうかもしれない、と私は頷いた。
「……あの、急いだほうがいい気がするんですけど」
布施さんに誘導されながら歩いて避難していた私たち。
周りの警察官たちは、みんなスマホで誰かと話ながら、廊下をバタバタと走っていたこともあり、私が聞くと、布施さんは少し怪訝そうな表情を浮かべた。
「学校で習わなかったのか?」
彼は歩きながら言う。
「避難訓練の時、慌てず、落ち着いてって言われてたろうが。決して走らないでください。ってな」
言われて思い出す。
が、実際、自分がそんな状況に見舞われて、落ち着いていられるものだろうか?
私は、彼のことを、変わった警察官だな、と思いながら、その後ろをついて歩いた。
建物を出ると、周りにはものすごい人だかりが出来ていた。
(そう……だよね、だって警視庁で爆発事故だもん)
そう思ったときだった。
「爆発、事故……?」
自分の行くはずだったコンサート。
自分の受けるはずだった授業。
そのどちらでも爆発事故が起こっていて、今度は自分のいる警視庁で爆発事故が発生。
「まさか、これ、も……?」
ふとスマホを開いてみる。だが、新着のメッセージはは何も来ていない。
これまでのことを考えると、あの爆発が自分を狙ったものだったのだとしたら、今回もまた、いきのびたのだから、メッセージが届いてもおかしくないはずじゃないのかと思った。
(もしかして、メッセージが来ていないってことは、今回の爆発事故は無関係で、全くの偶然……?)
そう思ったが、すぐにフルフルと頭を横にふった。
(そう何度も事故が起こるわけないじゃん。ましてや、爆発事故なんて)
ぐるぐると頭の中で同じことを何度も繰り返し考えながら、避難した外から警視庁を眺めていると、続々と緊急車両が到着し始めた。
集まっていた野次馬も、どんどんそれとあわせて増えていく。
「何があったんだ?」
布施さんが近くにいた警官の一人に声をかけた。
「さぁ……ただ、証拠保管室の辺りでなにかあったみたいですけど」
「証拠保管室……」
布施さんがその言葉を呟いたとき、私は思わず自分のスマホを見つめた。
(もしかして……私のスマホを、壊そうとした……?)
画面がブラックアウトしたままのスマホをじっと見つめる。
(……なんて、そんなわけないか)
自分が命を狙われている。
でも、スマホは関係ない。
そう思ったときだった。
「……まさか、結斗!?」
結斗は今、自分の協力者として登録をされている。
そして、危険なのは、参加者の自分だけではなく、協力者として登録されている結斗も同じだ。
「すいません!結斗、結斗の病院にいる警察の人に電話してください!」
布施さんの腕を掴み、必死でお願いする。
「結斗が、結斗が危ないかも知れないんです!」
怪訝そうな表情をするが、勢いに押された彼は、ふぅ、と小さく息を吐くと、スマホを取り出して、どこかへ電話をかけてくれていた。
(お願い、ただの思い過ごしであって……!)
祈るように布施さんを見つめる。
――――だが。
「……出ない」
布施さんが短く、そう、呟く。
次の瞬間、はじかれるようにして、私はその場から走り出した。
「あ、おい!どこに行くつもりだ!?」
彼は慌てて、私の後を追った。




