2nd Stageー7
私は結斗と一緒に、まず朱美の家へ向かった。
だがその足取りは、すぐに重くなる。
「おばさん……何か知ってると思う?」
正直、可能性は低いと思う」
朱美と連絡が取れなくなったとき、すぐに朱美の両親に確認しようと考えた。
でも、私も結斗も、そうしなかった。
朱美の家は母子家庭なのだが、朱美と母親の仲はすこぶる悪かった。
朱美がまだ小学生の時、母親は育児に疲れたと男を作り、父親はそんな母親に対して、そんな女だと思わなかったと言って、女を作った。
そして二人とも、朱美はまだ幼いからわからないだろうと、愛人の存在を彼女に隠そうとはしなかったらしい。
幼いながらに『もう、うちはダメだと思ってた』と言った、朱美の顔は、今でも忘れられない。
そんな状態が何年も続き、彼女が中学生になった時、父親の愛人が家に乗り込んできたことがあったらしい。
そしてそれからすぐ、両親の離婚は成立したそうだ。
子供の目の前で、両親が醜く言い争うのをみているのは、さすがにキツかったから、これでよかったんだよ、と、朱美は苦笑して言っていた。
朱美は母親に引き取られ、その後は父親とも母親とも、ほとんど口をきいていないと言っていた。
あの人達は、自分に対して、関心が全くないのだ、と。
何度か朱美の家には遊びに行ったことがあったが、おおよそ、自分の知っている家庭と呼ばれるものとはかけ離れたものしかなかった。
家に帰っても、『ただいま』も『おかえり』もない。
顔を合わせると、嫌な顔をして、外で遊べと言う。
最後には、私がいた目の前で朱美に手をあげた。
朱美は自然と、家にいる時間が短くなっていった。
私も、そうなるのは当然だと思ったし、真也という彼氏ができてからは、お金をもらいにしか帰らなくなっていったことも、当然のことだと思った。
朱美の家の前についたとき、たぶん、無駄だろうなとは思ったが、身元が分かったら、真っ先に連絡がいくのは、養育者の立場であるあの女のところであることは間違いがない、と思い、私は意を決して、インターホンを押した。
短いブザーの後、玄関の扉が開いた。
私は少し、驚いた。
「……ちっ」
外にいたのが私達だとわかると、彼女は露骨に嫌な顔をした。
「あの、朱美は」
すぐに家の中に引っ込もうとしたので、私は挨拶もせずに慌てて彼女に聞いた。
「知らない」
ため息とともに、彼女はそれだけ言って、バタン、と玄関の戸を閉めて鍵をかけた。
「……やっぱ無駄だったか」
結斗はポリポリと頭をかきながら言う。
「わかってたことだよ……」
そう言って私達は、次に、真也の家へ向かった。
彼の両親は海外赴任中のため、真也は高校生になってから、一人で生活をしている。
もっとも、今は朱美も一緒に住んでいたので、正確には二人暮らしなのだが。
真也の家の前までくると、真っ白な外壁に大きな門が目にはいる。
豪邸と呼ばれる大きさはあると、いつもこの家をみると思った。
門のそばのインターホンを二回、カチカチっと続けて押し、反応がないか、少し待つ。
だが、反応は一向になく、辺りは静寂に包まれていた。
「……やっぱダメか」
私は小さくため息をついた。
仕方がない、と、結斗と一緒に、家を後にした。
結斗と一緒に、駅前まで戻ってきた。
平日の昼過ぎだからか、人影はまばらだ。
「疲れてないか?」
結斗に言われて、大丈夫、と答えた。
「……無理すんな」
どうやら顔は、大丈夫、という表情ではなかったらしい。
そう言って、結斗はコツン、と私の頭を叩いた。
駅前を通りすぎ、いつもの長い坂道を下る。
だが、いつもは絶えず続く会話が、今日はまったくといっていいほど続かなかった。
「結斗」
立ち止まり、名前を呼んでみる。
「なんだ?」
結斗も立ち止まり、私の方を向いた。
「……あの爆発、どっちも事故だよね?」
緊張と不安で、乾燥した唇が、口を開こうとして、ぱりぱりと音を立てる。
「当たり前だろ?」
結斗の言葉に、少し安堵する。
……そうだよね。
大きな爆発事故。
そんなものが立て続けに起こるなんて珍しいことだとは思うけれど。
そのどちらにも自分が関わっているなんて思うのは、やはり考えすぎだ。
そう思い直し、私は笑った。
「ほら」
結斗が手をさしのべてきた。
小さい時からいつも、私が不安なとき、辛いときには、結斗が手を握り、自分が傍にいる、一人じゃないと、安心させてくれていた。
私が小さく笑って、結斗の手をとった時だった。
「危ない!」
結斗が突然、握った手を思い切り自分の方へと引っ張った。
私はバランスを崩し、結斗の方へ倒れかかった。
その瞬間、自分のすぐそばを、大型トラックがかなりの勢いで通りすぎた。
そのトラックは、そのまま坂道を下り、例の開かずの踏切を止まることなく通り過ぎていった。
この坂道は、開かずの踏切に引っかかるのを嫌がるドライバーたちが、少し幅の狭い道であるにも関わらず、よく、スピードを出して通っている。
学校でも、ひかれそうになった、という話を、よく耳にする。
実際、私も過去に何度か、そういった車に接触しそうになったことがある。
「あ、ありがと……」
少し動悸のはやくなった胸をさする。
心配そうに、結斗が私の背中をさすってくれた。
「歩けるか?」
「うん、大丈夫。ほんとに、ありがとうね」
結斗が引っ張ってくれなければ、私はあのトラックに接触したかもしれない。
そう思うと、思わずゾッとなる。
「……帰ろう」
そう言って、結斗に手を引かれながら、私たちは家路についた。
結斗の家に帰ってから、二人でネットを使って色々調べてみたけれど、結局、なんの進展もなく、ただため息だけがたまっていった。
「二人とも生きてるかな」
結斗が言う。
正直、生きていれば無事だという連絡もあるだろうし、その連絡すらないとなると、その可能性は限りなく低い。
結斗も私も、心のどこかでその不安がぬぐいきれずにいた。
「……生きてるよ」
だけど、例えば。
爆発でスマホが壊れた。
ショックで一時的に記憶をなくしている。
なんて、小説みたいなことがないとも言えない。
私はその、一縷の望みにかけていた。
友人が死んだなんて、思いたくなくて。
小さく肩をふるわせながら、そう呟いた。
沈黙を破ったのは、無機質な携帯の着信音だった。
一瞬ハッとしたが、電話やLIMEの着信音とは違う、初期設定の音だったので、自分の望んでいる連絡ではない、とすぐに落胆した。
スマホをチェックすると、画面上にはSMSに未読1件を示すマークがついていた。
画面を開いて確認すると、見覚えのあるタイトルが表示されていた。
「何……これ」
未読は2件。
古い方は読まずにアーカイブしたのだが、さっき届いたと思われる方のプレビューが目にはいった瞬間、私は思わずひらいて中を確認した。
どういう、こと?
何よ、これ……!?
真っ青な顔をした私に、結斗は心配そうに、大丈夫か?と聞いてきた。
だが、私は結斗を見つめるだけで、何も答えることができなかった。
結斗が私のスマホを確認ししようと手を伸ばした時だった。
今度は結斗のスマホが同じ音を鳴らした。
結斗は自分のスマホを確認する。
そして次の瞬間、一瞬、驚いた顔をし、怪訝そうな顔をした。
「……なん、だよ。これ」
「どうしたの?」
「いや……」
結斗は自分のスマホの画面を下に向けて机に置き、何でもない、と答える。
「それより」
そう言って手を伸ばして、私のスマホを手に取り、画面に表示された内容を確認して絶句した。
*****
件名
【重要】選考委員会からのお知らせ
本文
お申し込み時にご希望いただきました協力者、緒方結斗様の審査が完了いたしました。
審査の結果、緒方様を本郷様の協力者として、本登録させていただきます。
それでは、最終審査通過を目指し、頑張ってください。
審査委員会 本部
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その内容に、結斗の表情は硬くなっていく。
机に置いた彼のスマホを、何も言わず、私に押し付けるように渡してきた。
「え、何?」
訳がわからず首をかしげながら、渡されたスマホの画面を見る。
そこには、表示されていた内容に、今度は私が言葉を失った。
「なっ……」
私は思わず結斗を見る。
「何か……心当たりはあるか?」
聞かれて私は、ふるふると頭を横にふった。
「俺も、ない」
意味がわからず、ただ呆然と、また、結斗のスマホの画面を見つめた。
*****
件名
【重要】選考委員会からのお知らせ
本文
この度、本郷葵様の協力者として審査させていただきました結果、緒方結斗を協力者として登録させていただきます。
なお、本郷様の詳しい登録状態、現在のステージランクはリンク先より確認いただくことが可能です。
今後の参考までに、是非、確認することをお勧めいたします。
それでは、最終ステージクリアを目指してがんばっください。
選考委員会より
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本文の最後には、URLがのっていた。
「登録状態、って…」
意味がわからず結斗を見ると、結斗は自分のスマホを手にとり、リンク先をタップする。
画面が切り替わり、スマホが一生懸命にリンク先を開こうとする。
指定されたリンク先は数秒待つとすぐにあらわれた。
開かれたのは、真っ黒なサイト。
少し下にスクロールすると、大きく『Luck TesT』と書かれた赤文字が出てきた。
「あなたの運を……試しません、か……??」
意味がわからず首を傾げていると結斗は突然、自分のパソコンを開き始めた。
「え?ちょ、どうしたの……?」
訳が分からず、結斗の方を見ていると、彼はパチパチとパスワードを入力してパソコンを起動させると、すぐにブラウザを開いて、検索サイトのヤホーを開いた。
スマホで見た『Luck TerT』の文字で検索をかけると、いくつか検索結果が出てきたのだが、その中に、HPと思われるものがあったので、そのリンクをクリックした。
私は無言で、結斗の隣にいき、液晶に映る情報をじっと眺めた。




