2nd Stageー4
そこからはお互い、ずっと無言だった。
漸く結斗の家の前まで帰ってきたところで、それじゃ、と別れようとしたときだった。
「なぁ」
「なに?」
結斗が声をかけてきた。
「その……お前んち、おじさんもおばさんも共働きで、この時間誰もいない、よな?」
確認するように聞かれて、私は頷いた。
「だったらさ……帰ってくるまで、家にいれば?」
「え?」
「……ひとりだと心細いだろ。それに、母さんも……お前の事、心配してたから」
ちょうど結斗がそう言ったときだった。
「結斗!」
玄関が開く音と同時に、ばたばたと中から人が走り出してきた。
「よかった!怪我はない!?あぁ……本当に無事でよかった」
そう言って、彼に抱きついてきたのは、彼の母親だった。
「あぁ、葵ちゃんも……二人とも、無事でよかったわ」
私もいることに気づくと、おばさんは泣きながら、今度は私をぎゅっと抱きしめた。
「母さん、おじさんとおばさんが帰ってくるまで、葵、家でいていいよな?」
結斗が聞くと、おばさんは大きく頷いた。
「もちろんよ!薫さんたちもきっと、その方が安心でしょうし」
そう言うと、おばさんは私の手を引っ張って、家の中へと連れていく。
私はどうしようかと一瞬考えたが、両親が帰ってくるまでの間、一人で家で待っていることが少し怖くて、そのままおばさんの言葉に甘えることにした。
「薫さんたちには、念のため私からも連絡しておくから。今はゆっくり休みなさい」
そう言って、彼女はにっこりと微笑んでくれた。
「おばさん……ありがとう」
私は心の中でホッと安堵しつつも、申し訳なさそうに、ぺこっと頭を下げた。
もともと、結斗の家は、私の家とご近所同士だった。
おばさんと私のお母さんも幼馴染だったこともあって、私と結斗も、小さいころから一緒にしょっちゅう遊んでいて、今でも家族ぐるみで付き合いのある仲だ。
おばさんが連絡をしてくれる、とは言っていたが、念のため自分でも、お父さんとお母さんに、どっちかが帰ってくるまで結斗の家にいると連絡をしておいた。
二人からは、そうするように、とすぐに返事がきた。
「結斗の家にくるの、久しぶりだね」
彼の部屋に置かれているベッドに腰掛けて言った。
「そうだな。……まぁ、外で遊ぶことが多くなったしな」
ほら、とお茶の入ったマグカップを渡された。
「あ……これ」
結斗も私も、お互いの家に遊びに行くことが多かったので、お互いの家に、それぞれのマグカップを昔、置いていたのだが。
「まだあったんだ」
もちろん、うちにも猫のプリントの入った結斗のマグカップが置いてある。
そう言って笑うと、結斗は少し顔を赤くしながら、当たり前だろ、と、ぼそっと呟いた。
思わず私は、犬のプリントの入ったマグカップを見つめた。
暫くの間、二人で思い出話にはなを咲かせた。
だが、時間がたつにつれ、だんだんと口数が減っていく。
手に持っていたマグカップの中身を、くるくるとまわしてみる。
「あの、さ」
結斗が少し言いにくそうに口を開く。
「葵、何で朝、あそこの部屋にいたんだ?」
「え?」
一瞬、何のことかわからず首を傾げる。
「お前が今日、あそこにいなかったら……授業サボってなかったら。俺らも今日のあの爆発に巻き込まれてただろ?絶対……」
結斗の顔色が少しだけ青ざめて見えた。
「クマ先は知ってたみたいだけど……なんでお前、あそこにいたんだ?」
私はマグカップの中を見つめながら答えた。
「もともとさ、ライブ……当選してたの、私じゃない?」
「ライブって……ムスカの、か?」
聞かれて頷く。
「招待客のリストが見つかったらしくって、それを元に、なんか、歯形とか?そういうので確認しようとしたらしいんだけどさ。私のだけ、取り寄せが出来なかったからって、今朝、警察の人が学校にきてたんだ」
言うと、妙に納得した表情で結斗は頷いた。
「あー……お前、体だけは丈夫だもんな。虫歯もねーし」
「ちょっと。馬鹿にしてる?」
少し拗ねた風に言うと、結斗は笑った。
「とにかく、それで警察の人とちょっと話しするのに、あそこの部屋、借りてたの」
言うと、結斗はふぅん、と言いながらも、首を傾げた。
「でも……わざわざなんで学校に?」
「さぁ?知らない」
「だってさ、学校じゃなくってもいいわけだろ?直接お前の家に行けばいいじゃん」
結斗に言われて、確かに、と私も首を傾げた。
「直接確かめたかった、とか?」
ふと思いついたことを言ってみる。
「あーなるほど。それは確かにあるかもな」
二人の刑事のことを思い出す。
「朱美、無事かな……」
ふと、口にする。
「……真也も、無事だといいんだけど…」
だけど、そんな私の言葉に、結斗は何も答えなかった。
私は俯き、小さく「ごめん」と呟いた。
それから夜になり、お父さんから帰宅すると連絡が入ったので、戻ってくる時間に合わせて、家に帰った。
結斗の家から家までははすぐの場所なので心配ない、と言ったのだが、結斗は送るといって聞かず、ほんの5分程度の距離だが、彼に送ってもらった。
家に着くと、お父さんの方が早かったらしく、家には明かりがついていた。
ちょうど、結斗と別れようとしたところで、お母さんが帰ってきて、私も結斗も無事だったことを、お母さんは喜んでいた。
「ありがとうね、結斗」
言うと結斗は笑った。
「ま、近いしな」
「……気をつけてね」
「あぁ。またな」
「うん、また。バイバイ」
手をふり、結斗が見えなくなったところで、家の中へと入った。
何があったのかと、お父さんもお母さんも聞いてきたのだが、正直、私には何が起こったのか、詳細は知らないし、サボっていたことがばれるのが少し怖かったので、学校で爆発が起こった、とだけ答えた。
「なんにしても、無事でよかった」
お母さんはそういって、私をぎゅっと抱きしめた。
「そうだな」
お父さんも、ぽんぽん、と頭を撫でた。
「今日はもう、疲れたから寝るね」
お父さんとお母さんに、おやすみ、と告げて部屋に戻った。
服を脱ぎ、ジャージに着替える。
鞄を床に落として、私はそのまま、ベッドに倒れこんだ。
……なんか疲れた。
ほんとに……ほんとに、疲れた。
そしてそのまま、夢の中へと、私は引き込まれていった。




