予選ー1
「ねぇねぇ、当たった!?」
眠たい目を擦りながら教室に入ると、挨拶もすっ飛ばして、友人の朱美が声をかけてきた。
「え?当たったって……なにが?」
私がきょとんとした顔で聞くと、朱美はぷぅっと頬を膨らませた。
「もう、わかってるでしょ?Muskaの招待券!当たった!?」
言われて、あぁ、と思い出したように私は答えた。
「いや、当たんなかったけど」
その言葉に朱美はひどく驚いたようで、愕然とした表情を浮かべていた。
「え、うそ!?葵もダメだったの!?」
朱美の言葉に、私は内心、やっぱり、と思った。
「てことは、朱美もやっぱり駄目だったの?……まぁ、だってほら。倍率ヤバイってネットでめっちゃ書かれてたし。やっぱ、そう簡単には当たんないんだって」
世界中で絶大な人気を誇るバンドグループ『Muska』が、日本で初めて来日公演をするとかで、数か月前から、日本国内では一種のお祭り状態になっていた。さらになんと、その公演の初日は、初の来日公演を記念して、完全抽選制の無料招待という、とんでもない企画になっているとかで、ファンはもちろん、名前は聞いたことある、なんて程度の人間までもが初日の公演のチケットに応募する事態となり、とんでもない応募数になっていたらしい。
そんな物凄い来日公演初日のチケット、取れなくても当たり前じゃん?しょうがないよ、と私が言うと、朱美は思いきり肩を落とした。
「あーぁ……葵、くじ運とかそういうの、昔っからよかったじゃん?だから絶対、今回のチケットも葵なら当たってると思ったのにぃ~」
確かに私は、どちらかと言えば運は良い方だと思う。だけどそれは、お菓子の当たりがよく当たるとか、ビンゴゲームで良い景品が当たりやすい、といった程度のことで、こんな物凄いチケットが確実に手に入ると思われるほどじゃなくない?と、苦笑いを浮かべた。
「いくら何でも流石に、ねぇ。あたり付きのお菓子で当てるのとはわけが違うんだし……あ、ほら、先生きたよ」
そう言って、私が入口のドアを指さすと同時に、白髪交じりのよぼよぼとした足取りの先生が入ってきた。
「ほら、席につけー。出席とるぞー」
先生のその一言で、私たちは急いでそれぞれの席に移動した。
こうして、いつもと変わらない一日がスタートする。
朱美は物凄く残念がっていたけれど、私は内心、浮かれていた。
HRの間、先生の話が全く耳に入らないくらい、私は心の中で喜んでいた。
朱美が言っていた、Muskaのライブ。
実は当選したと、チケットが送られてきていた。
だけど、朱美は当選していないような気がしていたから、嘘をついた。
ぶっちゃけ、私は別に、そこまでファンってわけじゃない。
ただ、朱美が好きで、行きたがっていたから。
一緒に行けるといいねと言われて、そうだねって、付き合いで応募しただけだった。
だけど、自分だけが当選したとなると、なんだか申し訳ないし、もちろん、自分だけで行く気もない。
それに、朱美にそんなこと言ったら絶対ブチ切れられる。
でも、そのままにしておくのはもったい。
だから、朱美がもしも当選していなかったら、これをプレゼントしようと、そう思っていた。
だって、今週末の朱美の誕生日が、ちょうどMuskaのライブの日だったから。
その日は一日、必死で浮かれていることを朱美に悟られないよう、ニヤけそうになる表情を必死で取り繕って過ごした。