1st Stage ー3
「なぜ、ライブに行かなかった」
先生達がよく会議に使う小さな特別教室へ移動して、私と布施が、それから、もう一人の刑事の3人は教室内の椅子に座って、向かい合っていた。
「朱美が、抽選にもれたから」
その言葉を聞きながら、布施はじっとこっちを見つめたまま続ける。
「アケミ?」
聞き返されたので、私は一度、きゅっと口を結んだあと、口を開く。
「私の友達の中野朱美。クラスメイト」
私の言葉を聞いたもう一人の刑事が、どこかへ連絡をしているのを眺めていると、布施が声をかけきた。
「……もう少し、詳しく」
布施がもう一人の刑事をちらりと見ると、通話をちょうど終えた彼は、ペンを取り出し、メモをとり始めた。
「ムスカは……ムスカは、朱美が大ファンなの。だから、今度の抽選ライブに一緒に申し込んだ。結果は、私が当選して、朱美はダメだった。でも、ライブの日は、朱美、誕生日だったから。だから私は、プレゼントとして、朱美にチケットをあげたの」
布施は黙って私の話を聞いた。
「その朱美って子と最後に連絡をとったのは?」
「メールしたのが最後。確か開演前。夕方だったと思う……」
もう一人の刑事に聞かれて、私は答えながら履歴を確認しようと思い、スマホを取り出そうとスカートのポケットに手を入れたのだが、ポケットの中には何も入っていなかった。
そして、スマホは鞄の中に入れてあり、その鞄は、自分の席に置いてきたことを思い出す。
「……スマホ、教室のカバンの中だから、時間とかはわかんない」
私がそう言うと、布施は小さくわかった、と頷き、そのまま他にも質問を続けてきたので、爆発事故のニュースを聞いて、慌てて新宿に行ったことや、翌日はずっと、家にこもっていたことなど、聞かれたことには全て答えていった。
「あの……これだけ話したんだから教えてほしいんですけど」
言うと、布施はなんだ、と面倒くさそうに聞き返した。
「朱美は?」
それだけで、何を聞きたいのか、伝わると思った。
そして案の定、布施は小さく、ため息をつきながら口を開いた。
「今回の爆発で、身元が割れていない遺体がいくつか残っている」
布施の言葉に、私はゴクリと喉を鳴らした。
「人数が多いんでな、時間がかかる。それでも、幸い来ていた客のリストが見つかったので、そのリストを元に、歯形やらなんやらを照合していってたんだが……」
布施が言葉をくぎって、じっと私を見つめてくる。
「本郷、お前、歯医者にかかったことは?」
聞かれて首を横にふる。
「やはりな。お前だけ、カルテが取り寄せられず、照合不可で連絡が回ってきたから、直接出向いて確認しにきたんだよ」
そこまで言ったところで、ブブブッと何かが震える音が聞こえた。
布施は、上着のポケットからスマホを取り出すと、液晶画面を確認し、電話に出た。
「なんだ」
布施をじっと見つめる。
私は、布施の次の言葉を待った。
「ああ……ああ、わかった」
数分の会話のあと、布施は通話を切ると、席を立とうとした。
「朱美を探して」
私はすがる思いで彼に言う。
「土曜のあれ以来、ずっと連絡がつかないの7。お願い、朱美を」
「これが連絡先だ」
布施はそう言うと、一枚の名刺を出してきた。
「こっちは難波だ。何かあれば連絡しろ」
ただそれだけを言って、彼らは教室を出て行った。
彼らが出て行った扉をじっと見つめながら、私は暫く特別教室に一人でいた。
(私の、せいだ)
俯くと、涙が手にポタッと落ちた。
(私が朱美にチケットをあげなければ、朱美は生きていた)
そう思うと、途端に、次から次へと涙がこぼれて溢れてきた。
(私がチケットを当てなければ、こんなことにはならなかった)
「う……うぅ………」
私に泣く資格なんて、きっとない。
だって、これは私が招いたことだから。
そう、思っていても、あふれ出す涙を止めることはできなかった。
あふれ出す、この自責の念を止めることはできなかった。
(お願い……
生きてて…………)
そう、心から願っているはずなのに、そんな思いとは裏腹に、ただただ、嫌な予感だけが募っていった。




