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なんか懐かれている?

(俺は誰からも理解されない。理解されたくもない。理解し合おうとするからいらない軋轢が生まれる。無難に、誰にも迷惑をかけずに生きていきたい。


 別に世界平和とか、このクラスでいじめが起こらなければいいとか、そんな高尚なことは考えていない。ただ、自分が戦争に巻き込まれたくないだけ。だから俺は、他人に興味を持たず、自分からは干渉せず、来るものは必要最低限であれば拒まず去る者は追わない。

 なのに、最近の状況は芳しくない。なぜか分からないが神谷によく絡まれるようになってしまった。図書室だけならまだいいかと最初は妥協したが、気づけば教室でも接触する機会が増え、おかげで他のクラスメイトともなし崩し的に話さなければいけない空気になっている。このままじゃ、将来設計が崩れてしまう──)


「秋山! 俺、この運動会で勝てたら告白しようと思う!」

(死亡フラグか?)


 虎太郎が選抜選手に選ばれてからというものの、やたらと国分に絡まれるようになっていた。


「誰かとか聞かないのか?」

「うーん、そういう話はあんまり興味ないかなー」


 猫被り虎太郎発動。敬語、僕呼び、声のトーンが一段下がる。他人行儀な姿勢は決して崩さない。


「秋山はいっつも本読んでるよな。他に何かやったりしねえの?」

「うーん。今のところは」

「へ〜」


 とりつく島もないとはこのことか。国分では虎太郎のATフィールドを打ち破ることはできない。そも、国分は読書をするようなタイプの人間じゃない。落ち着いていられない性質で、休み時間もどこかしらで体を動かして遊んでいる。


「秋山、と国分もおはよう! 珍しい組み合わせだね」

「だろ? 秋山とは選抜リレーで一緒に走るから仲良くなりてーと思って!」


 朝から元気な玲那に、同じく朝から元気な国分が返す。似たような二人に目をつけられた虎太郎はなんとか二人の注意を自分から逸らそうと考え、


「国分は宿題やってきた? 今のうちにやっといた方がいいと思うよ」

「今日はバッチリだぜ!」

(なんでだよ……)


 いつもはやってこないか忘れてくるかしている国分が、今日は珍しく真面目に宿題を持ってきている。虎太郎は定形外の行動に心の中で悪態をつく。


「そ、それに一時間目の準備もしないとな」

「朝のHRもまだなのに? 秋山は真面目だなぁ」

「ま、まあねー……」


 秋山の前の席に陣取る国分は全く去る様子を見せない。その席の持ち主がやってきても「悪い、借りてるわ」と言って居座り続ける。恐るべきコミュ力! 席を取られている人間も国分の友達のため文句一つ出ない。


「秋山は漫画は読むのか?」

「まぁ、少しは」

「マジ!? なんの漫画!?」


 国分は喜色満面で虎太郎の返事に食いついた。前のめりで虎太郎の机に腕を置き、目をキラキラとさせている。まるでおもちゃを見た犬だ。


「結構ミーハーだよ? 呪術廻戦とか」

「それなら俺も読んでる! どのキャラが好き? 俺は東堂」

「僕は──」


 虎太郎と話せる共通の話題を得た国分は、それはもう嬉しそうで、話し始めたら止まらない。オタクか?


「てか、うちの家族みんな漫画好きだからさぁ、家に漫画いっぱいあんだよね。読みたいやつがあったら貸してやるよ!」

「あぁ、ありがと」


 国分の好意を受け取った虎太郎は、それを右から左に受け流す衝動をなんとか押さえ込み、愛想笑いを浮かべる。

 漫画の話で(国分だけ)だいぶ盛り上がったため、気づけばHRが始まる時間になっており、「またな」と国分は言い残しスッキリとした顔で自席へ戻って行った。

 虎太郎はこれがいつまで続くのかと、絶望的な未来に虚な瞳をしている。


「秋山ー、宿題見せて〜」

「秋山ー、トイレ行こうぜー」

「あ・き・や・ま〜、ウェーイ!」


 国分は授業の合間にある休憩時間、全ての時間で虎太郎の元へ訪れていた。話す内容もあまりないはずだが、国分は何をするわけでもなくただそこにいる。虎太郎と同じ時間を共有するために。


(……なんだあの生き物は)


 虎太郎はなんとか国分を撒いて図書室へ逃げ込み人心地がついた。

 国分は玲那と違って節度がない。男子同士ゆえに遠慮がない。四六時中虎太郎へ着いて回る。だが、国分のすごいところはそれだけじゃない。虎太郎に執着しているように見えて、他のクラスメイトともコミュニケーションを取っているのだ。


「大変だねぇ」


 虎太郎の隣で玲那がニヤつき顔を浮かべながら口に手を当てていた。大変な状況の虎太郎を面白がっている顔だ。


「もはや神谷の顔でも落ち着ける」

「どういう意味だそれ」

「見慣れた景色ってことだよ」


 図書室へ逃げ込んだものの、お生憎とそこには玲那がいる。虎太郎が本当の意味で心を休ませられる場所は、この学校にはないのかもしれない。


「国分の行動原理が分からん。何か分かる?」


 虎太郎は考えても見つからない答えを玲那に求める。似たような種類の人間であるため、玲那なら何か分かるだろうという考えのもとだ。


「朝に言ってたじゃん。仲良くなりたいって」

「本当にそれだけだと思うか? いくらリレーのためって言ったって……」


 玲那の回答に納得がいかない虎太郎は、結局またしても自らで答えを探す。だが、虎太郎にとって国分の考えを理解するなんてことは、太平洋に落としたコンタクトを見つけるに等しい難行だ。しかも、虎太郎はそのコンタクトが何か分かっていない。


「俺と仲良くすることで国分が得られるメリットはなんだ?」

「メリットって……、みんながみんな損得勘定で動いてるわけじゃないと思うけど」


 仰る通り! とはならないのが虎太郎。

 呆れている玲那の助言に全く耳を貸さない虎太郎は、なんとか自分の力だけで国分の心を暴こうとする。


「メリットは、リレーでの勝率が上がること。だけど、そのためだけに貴重な自分の時間を使うか?」

「貴重な時間を秋山に使ってくれてるんじゃん。それくらい本気で国分は秋山と友達になりたいって思ってるってことでしょ」

「そうかぁ……そうかぁ?」


 一度納得しかけるも、やはり腑に落ちない虎太郎はウンウンと唸っている。


「ん? それじゃあ神谷が俺に絡んでくるのはなんでだ?」


 ふと、虎太郎は気になった。国分が秋山と仲良くしようとすることに裏があると疑ってかかったのに、なぜ今までの間、玲那に対してはその疑念を抱かなかったのか。玲那が図書室に来るようになったのは、虎太郎の独白を聞かれたあの時からだ。


(いや、こいつの場合は単純に面白がってるだけだろうな。そのうち飽きるだろ)


 と結論付けて虎太郎は再び国分のことを考える。

 玲那は虎太郎の呟きを聞いて言葉を失っていた。なんて返すべきか迷っているようで忙しなく髪を撫で付けている。


「わ、私は別に……」

「ん? どうした?」


 既にそちらの問題など頭にない虎太郎は、なぜかモニョモニョしている玲那を不思議に思い疑問を口にした。


「なんでも、ない……」


 わずかに頬を赤く染める玲那は、恥ずかしそうに顔を背けた。


「私はね、秋山の友達になりたい」

「……なんで?」


 突然答えを示し出した玲那に対し、虎太郎は怪訝な目を向ける。


「秋山面白いし」

「面白い要素かけらもないと思うけど」

「あとね、意外と面倒見がいいところ」

「それは俺にとって損にならないようにしてるだけだ」

「じゃあ、こうして私と喋ってるのも?」

「そ──」


 虎太郎は出かけた言葉を飲み込んだ。玲那の悲しげな表情を見て。


(そうだと言ったら、神谷を傷つけ俺がクラスで社会的に死ぬ)


 虎太郎はなんて答えるべきか戸惑い、音にならない呻きを漏らす。


「そんなこと、ない、かも」

「ふふ、なんだそれ!」


 悲しげな表情から一転、明るい笑顔を浮かべた玲那は快活な笑い声を上げて虎太郎の肩をつつく。

 騙されていたのか、はたまた虎太郎の反応を見て気分が変わったのか。兎にも角にも虎太郎にとっては最善の結果と言えよう。

 二人のじゃれ合いを止めるように昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 玲那が「早く教室戻らないと!」と虎太郎の背中を押して急かす。対する虎太郎は「そんなに慌てなくても……」とわずかに不満を漏らしている。


「あー! 秋山どこ行ってたんだ、よぉ……」


 図書室から戻る途中、虎太郎を探していたのか国分が嬉しそうに声を上げたが、二人を見て言葉尻が小さくなっていく。国分の視界には、虎太郎の肩に手を置く玲那の姿が映っている。


「図書委員だから図書室に」

「そ、そうかそうか! 秋山は委員の仕事もちゃんとやってて偉いな!」


 どこかよそよそしい国分の様子に気づかない虎太郎と、咄嗟に虎太郎から手を離しなんでもない顔をする玲那。


「秋山を独り占めすんなよなぁ!」

「えへへ、めんごめんご」


 玲那との間に入った国分は虎太郎と腕を組み二人を引き剥がした。


(なんだこの状況……)


 全く事態を飲み込めていない虎太郎は心の中で疑問を抱いていた。


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