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運動会に向けてのクラス会議

 GWが開ける。安寧の時間は永遠には続かない。またまた学校が始まり、無難に目立たず過ごす日々が続く。

 だが、虎太郎はすでに以前の日常から抜け出し始めていることに気づいていない。


「よぅ秋山! この前はプリントの答え見せてくれてありがとね〜」

「お、おう。どういたしまして」


 連休明けの木曜日。登校してきた玲那は女子グループへ向かう前に虎太郎の元へ寄り一声かけていった。

 その様子を国分はじっと見つめていた。



 さて、五月はイベントが目白押しだ。週末には青葉まつりがあるし、来月からは衣替え。そして、梅雨に入る前の運動会。血気盛んな中学生たちが鎬を削る負けられない戦いの季節だ。

 虎太郎が属するクラスも当然運動会に青春を賭けている。


「僕たち二組は紅組になりました。今日は運動会の各役割を決めたいと思います」


 クラス委員の男子が教卓の前に立ち授業を取り仕切る。担任の女教師は黒板の横に座って静観を決め込んでいる。委員長たちに丸投げしたのだろう。副委員長の女子が彼の補佐をしてやり、字の綺麗な女子が黒板へ書記として手伝ってやっている。

 委員長は比較的穏やかで目立つような人間じゃない。それでもこうして皆の前に立ち職務を全うしている。立派な心がけだが、虎太郎には理解できないことだった。


(委員長とか死んでも無理だな)


 クラスの役割決めの時に抱いた感想を再び思う虎太郎は、流れに身を任せてぼーっと時間が過ぎるのを待つ。


・全学年種目(エール交換&応援合戦、綱引き、クラス対抗リレー、ソーラン節、クラス別徒競走)

・二学年種目(障害物競走、大縄跳び)


 個別で戦う種目は学年種目である障害物競走とクラス別徒競走の二つだけ。それさえうまく凌げば虎太郎の目的は十分に果たされる。

 運動会に出場しないという手もあるが、それを使っては逆に悪目立ちしてしまう可能性がある。当日に向けてクラスは一丸となり練習に取り組むだろう。虎太郎だってそれなりに参加する。それなのに当日休んでは、誰かが穴を埋めるだけでなく、後々、こいつ運動会の時休んだしな。という目で見られてしまう結果となる。


「えー、クラス代表リレーが男女二名ずつですが、立候補および推薦はありますか?」

「はいはい!」


 クラスで一番目立ちたがり屋でムードメーカーの国分が立ち上がって食い気味に手を挙げている。


「国分君ね。一応立候補が被った時には話し合いかジャンケン、もしくは多数決で決めます」


 選抜リレーなんて目立ちたがり屋のイベントに積極的に参加する国分みたいなアホは一握りしかいないだろ。と心の中でツッコミを入れる虎太郎は、この時間が早く過ぎるのを祈っている。下手に白羽の矢が立っても困るからだ。

 その後、国分以外の立候補は現れず、一旦男女に別れての話し合いが開催され、女子は個々のタイムを見て推薦で決まった。お決まりのように「〇〇さんお願いできる?」的なやり取りを挟んで。


「体育で測った百メートルのタイムをもらってるから、上から順にお願いする形にしようと思うけどどうかな?」

「「賛成!」」


 クラスの人間たちもさっさと終わらせたいのだろう。委員長の提案に満場一致で賛成の声が上がった。虎太郎ももちろん賛成派。代替案も推薦意見を出すわけでもないのだから当然だ。


「先生、タイム順で二番目の人を教えてもらってもいいですか?」

「ん? おお」


 女教師は胸ポケットに入れた紙を取り出す。個人情報保護の観点からこれは担任の仕事のようだ。


「あー、秋山だな」

「……は?」


 突然名前を呼ばれた虎太郎は抜けた声を上げた。


「国分の次が秋山だ」

「ということだけど、お願いできるかな?」


 委員長からの勅命。それは断れない義務に等しい。先ほどタイム順でいいかという問いに反論しなかったため、当然虎太郎はこの結果を受け入れなければならない。反論するとしても皆が即決で納得できる案でなければならない。授業の時間は限られているため、ただごねるだけではダメだ。


「あー、谷島くんとか、足速かったよね? タイム測定の時調子悪かったりとか……」

「秋山、一緒に頑張ろうぜ!」


 虎太郎に向かって国分が親指を立てている。


「秋山! 私も頑張るから、みんなで勝とうね!」

(神谷ぁ……)


 トドメを刺された。クラスの中心人物からのダメ押しに虎太郎は言葉を失い、すかさず委員長が「それじゃあ決定ということで、拍手〜」と教室から四人の選手を称える拍手が送られてしまった。

 一人心ここに在らずの虎太郎はその後の時間を呆然と過ごした。自分が何の係になったのかなんてどうでも良くなるほどの衝撃だ。

 昼休み、いつものように図書室へやってきた虎太郎は本を開く。


(選抜リレーなんて、陽キャオブ陽キャの種目じゃねえか。しかも、勝たなかったら……)


 重責がのしかかる役割を押し付けられた虎太郎はずんと沈んだ気分を回復するため、現実逃避の読書をする。


「いや〜、秋山って足速かったんだね」

「別に」


 もう当然のように図書室へ居座る玲那を虎太郎は恨めしそうに睨みつける。


(そもそも神谷が一押ししなければ反論の余地はあったのに)

「秋山。運動会優勝したら打ち上げでも行く?」

「行かない」

「めっちゃ即答! ちょっと傷つくなぁ」


 選抜リレーに出場した上で打ち上げに参加するなど言語道断だ! と言わんばかりの勢いで返す虎太郎はむすっとした表情を浮かべている。


(たまたまリレーの選手に選ばれた程度で打ち上げに参加しようものなら「なんか調子乗ってね」って思われるのがオチだ)


 先ほどの怒りを鎮めきれていない虎太郎に、玲那は優しく言葉をかける。


「なるようになる」

「なるようになってしまったなぁ……」


 しみじみと、怒りを通り越して後悔が押し寄せる。


「なんでそんなに嫌なの?」

「俺は目立ちたくないんだよ。出る杭は打たれるって言うだろ」

「なら打ち返せ!」

「無茶言うな」


 滅茶苦茶な玲那の反論に呆れる虎太郎は耐えきれずに机へ突っ伏した。


「ちなみに、目立っても打たれないよ?」

「意味、知ってたのか……」

「失礼な! それくらい知ってるよ!」


 プリプリと怒る玲那は頬を膨らませて虎太郎を睨みつけている。


「前にも言ったけど、クラスのみんな良い子だよ? 普段から絡みがないからって誰かをはぶったりはしない」

「かもな」


 言葉ではそう返しても、虎太郎は心の底からそう思えていない。みんな良い子なんて幻想だ。羨んで妬み嫉みが横行する。玲那は自身がその発端となる可能性を十二分に秘めているということを理解していない。

 クラスで人気者で明るくて誰に対しても分け隔てない、まさにアイドル。そんな玲那と関係を持ちたいという人間は大勢いるだろう。もっと仲良くなりたい、付き合いたい、知りたい、知ってほしい。多くの人間がそれぞれの感情を抱く。なんであいつが、あんな奴より自分の方が、自分は選ばれないのに何故。

 人間、ひいては成長過程にいる思春期真っ只中の中学生の精神状態など、不安定以外の何物でもない。故に虎太郎は求めない。必要以上の関係を望まない。関わらなければ巻き込まれなどしないから。

 だというのに、


「なら、私が証明してみせる。友達を悪く言われたままじゃ引き下がれないからね!」

「あぁ、いや、別に神谷の友達を悪く言ったつもりじゃなく……ごめん」

「謝りはするけど、さっきの考えは変わってないでしょ?」

「ぬぐっ……」


 図星を突かれた虎太郎は渋い顔で呻き声を漏らした。


「いいよ。無理して変えたって意味がない。秋山の認識は私が変えてみせる」

「頑張らなくてもいいんじゃないかなー、なんて」


 玲那がやる気になってしまう。それは少し嫌な虎太郎はやんわりお断りを入れるが、すでに玲那の決意は固まっているようで、ふんすと息を吹いている。

 虎太郎は思っても見ない展開に頭を抱える。何がどうなってこうなってしまったのか、虎太郎にはさっぱり分からない。


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