女子に順位つけるやつ
教室は騒がしい。毎日朝から一緒にいるというのに、学生たちの話題は尽きない。部活、勉強、遊び……多岐に渡る話題の奔流に日々身を晒している。
子供の興味の移り変わりは早く、その流れについて行けない者は篩にかけられる。
読書一途な虎太郎はその最たる例で、クラスメイトたちの会話についていけるだけの情報量を持っていない。もちろん、会話についていく気がないため差し支えはないのだが。
「秋山。ちょっと悪いんだけど、職員室行かなきゃいけないから黒板消しといてくんね?」
「ああ、分かった」
「助かる!」
クラスメイトの男子は両手を合わせて礼をすると、友達と一緒にさっさと教室を去っていく。これくらいの頼み事であれば断らないのが虎太郎流の生き方だ。読書の時間を奪われるのは癪だと思っているし、なんならクラスメイトに対して貸しばかりが増えていくが、虎太郎にはそれを取り立てるつもりも算段もない。
そんなことをすれば嫌でも関係を持たざるを得なくなるからだ。自分が便利に使われているうちは、誰とも対立することはない。そう考えながら虎太郎は黒板へ向かう。
「そういえば玲那、最近昼休みにどこ行ってるの?」
「図書室! 最近読書にハマってるんだー」
「え!? 玲那が読書とか季節外れの雪でも降るんじゃ?」
「失礼な! 読み始めたのは少し前だし、最近は晴れ続きでしょ!」
チョークの粉が黒板消しを握る虎太郎の腕にパラパラと降る。本の世界に没頭していない時はどうしても周りの音に意識を引っ張られてしまい、虎太郎の意識は女子たちの会話に釘付けだ。
(余計なことは言うなよ……)
玲那へ直接伝えるわけにもいかず、そちらを振り返れない虎太郎は無心で黒板を消す。文字は全て消えたが、丁寧に何度も黒板消しを擦る。
「これ、この前借りたんだけど面白いよ! おすすめ!」
「私は漫画しか読まん! 活字見ると眠くなる」
「柚はいっつも寝てるもんねー」
クラスで一番賑やかな女子グループ。その中心に玲那はいる。彼女の膝には小柄なクラスメイトの樽沢愛羽が座り、玲那の前の座席に茂木柚葉、玲那の後ろに立ち彼女の頭を撫でているのが笹塚京。いつも一緒にいる仲良し四人組だ。
「タルタル(樽沢のあだ名)は読む?」
「私は読まない。けど、玲那が楽しそうな顔を見るのは好き」
茶髪ツインテールを揺らしながら樽沢は顔を玲那の方へ向ける。当の本人は「えへへー」と照れ笑いを浮かべている。
「でもなんで急に読書?」
笹塚は玲那の頭を撫でるのをやめ「ちょっと見して」と言いながら玲那から本を受け取る。玲那は笹塚の手を自分の頭に置き直し、満足げに鼻息を鳴らした。
「ふーん。玲那の趣味っぽくないけど。てっきり恋愛小説とか読んでるのかと思った」
「普通の小説だと私も途中で飽きちゃうんだけど、それ短編集だから、一個一個飽きずに読めるよ!」
「へー」
自分から聞いておきながら興味なさげな笹塚は、本を返して引き続き玲那の頭を触る。
「図書室って、誰もいなくて静かで落ち着くんだよ」
いつまで本の話題を続けるのかと、虎太郎は気が気じゃない。早くいつもの恋バナだとか化粧品だとかの、自分とは無縁の話題に変えてくれ。と心の中で祈る。
「お! ありがとな秋山! てかめっちゃ綺麗じゃん!」
先ほど虎太郎へ頼み事をした男子は、教室へ戻ってくるなり虎太郎の元へやってきて声をかけた。掃除後のように綺麗な黒板を見て驚き笑いを浮かべながら。
「お、おう。いや、別に(どっちだよ!)」
突然声をかけられ吃った返答に自分でツッコミを入れつつ、虎太郎は黒板消しを置いて席に戻る。その間も彼の耳は女子たちの会話へ向けられている。
「この本ね、秋山におすすめしてもらったんだ」
(ちょっ!?)
虎太郎は振り向きそうになる体をグッと抑え込み、バレないように目線だけでそちらを見る。
「秋山くん? ああ、いつも本読んでるもんね」(樽沢)
「秋山と接点あったっけ?」(笹塚)
「秋山? あきやまぁ?」(柚葉)
一人だけ敵対的な反応を見せ、女子たちの視線が虎太郎の元へ集中する。
「ね、秋山!」
「お、おう」
玲那からダメ押しのように声をかけられてしまい、嘘をつくわけにもいかずなんとか返事を絞り出した。
「秋山って優しいんだよ。この前だって図書室で……」
もうやめてくれ! という虎太郎の心の叫びが届くことはなく、話題が小説から秋山についてになってしまった。
「秋山くんが優しいのは知ってる。さっきも黒板消すの代わってあげてたし」
「理解してくれるのはタルタルだけか〜! もっと頑張らないとだな〜」
「玲那が何を頑張るんだ?」
「ああ、いや。こっちの話」
玲那は「たははー」と笑って誤魔化した。何かあると瞬時に察した女子、柚葉と笹塚は話題を変える。
「それよりさー、他校の男子から告白されたんだよねー」
グループの恋愛筆頭女子柚葉はボブカットの髪を指で弄りながら話し出す。
「マジ? イケメン?」
そこにすかさず笹塚が食いついた。
「サッカー部のキャプテン。めっちゃ身長高くて、顔は普通くらいかな」
「ちょっとトイレ行こ」
柚葉と笹塚のコンビは玲那を教室から連れ出す。四人の会話に、クラスの男子たちが耳を傾けていたのは言うまでもない。
クラスを取りまとめる陽キャ組。その中でも玲那が突出して目立つが、他の三人も粒揃いで、男子たちからの人気も厚い。
「茂木が告られたってよ!」
男子緊急招集。後ろの方の席に固まった男子たちが作戦会議を始める。男子の中には茂木を狙っている人間もいるだろう。
「正直、あの四人はクラスの中でもダントツで上位に入る。お前ら、早いうちに唾つけといた方がいいぞ」
一部の女子から鋭い視線が男子の塊へ向けられる。男子の塊と言っても、積極性のある騒がしい部類の男子数名で、全員というわけではない。
「このクラスで可愛い女子ランキングつけようぜ」
下世話な会話に興じる男子たち。そういう話は男子トイレか修学旅行の宿でと相場が決まっているはずだが、女子からの冷ややかな視線と、自分たちの声が思った以上に聞こえていることに気づかない男子たちは止まらない。
だが、虎太郎の話をする女子がいなくなったため、虎太郎は周囲のガヤに興味を失い再び本の世界に入る。玲那が教室で余計なことを口走る心配さえなくなれば、虎太郎の精神状態は安定する。いつものように空気に徹するだけだ。
「秋山、お前の意見も聞かせろよ」
「へ?」
肩を叩かれた虎太郎は間抜けな返事をしながら振り返った。気づけば男子のボス国分大樹が楽しそうな笑みを浮かべて背後に立っていた。そして、彼に附属するように男子が二人ついてきて虎太郎を囲む。
(普段なら見向きもされない筈なのになんで今日に限って……あ)
虎太郎は先ほどの女子の会話を思い出した。なぜかは分からないが、玲那と樽沢からの評価が高かったためだろうと結論付けた虎太郎は何を聞かれるのか恐々とする。虎太郎は見ていないが、男子たちからは女子たちの動きが見えていた。四人組の視線を一身に受ける虎太郎の姿が。
「お前は誰がタイプ?」
「タイプ? いやぁ、別に……」
「強いてでいいからさ!」
(こいつら……俺を弄って楽しんでるな……)
国分たちは三人で壁を作り、虎太郎が話しやすいように耳を寄せてやる。小声で話せという意図なのだろうが、囲まれた虎太郎からすればリンチでもされるのかという気分だ。
「強いて言うなら、神谷……かな」
「「「やっぱりかぁ〜」」」
三人は納得した様子で楽しげに頷いている。
「どこら辺が?」
国分はそれに飽き足らずさらに詰め寄って問いかける。
「(どこら辺が……?)……いやぁ、強いて言うなら、顔?」
「「「顔か〜」」」
(なんだこいつら……)
呆れる虎太郎は早く解放してくれと胸の内で願う。
すると、ちょうどトイレに向かった女子たちが教室に帰ってきたため、国分たちは何事もなかったかのように自分たちの席へ戻って行った。
三人の男子が虎太郎の元から去っていく姿を目敏く見つけた玲那は、口元に手を当て嬉しそうに微笑んでいる。
虎太郎はそれに気づかずほっと胸を撫で下ろした。




