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玲那は読書をする

(俺は平穏な生活を送りたいんだ。俺が思い描く平穏な生活とは、決して目立たず誰からも気にも止められず、ひっそりと暮らすこと。卒業後、そんな奴いたっけ? と言われることだ。それなのに……)


 虎太郎は目線だけを隣に向ける。図書室の貸出カウンター。図書委員の特等席には今日も玲那が座っている。


「結局読み終わらなかった! でも面白いから読んでるよ!」


 週に二度の図書当番。先日に少し話したせいかは分からないが、何故か玲那は図書室に足を運び虎太郎の隣で本を読み始めた。

 玲那のような人気者がなぜ自分と、なんて考えている虎太郎は一つの結論に辿り着きハッとする。


(人気者と関わる→注目を浴びる→叩かれる機会が増える……そんなのはごめんだ)


 玲那と時間を共にするデメリットに思い至った虎太郎は、なんとか角が立たないように玲那を追い出せないかと画策する。


「神谷は、昼休みに友達とかと遊ばないのか?」

「柚たちのこと? 今日は読書の日なんだ!」


 玲那には当然友達がたくさんいる。男子も女子も分け隔てなく。中学一年から二年に上る際にクラス替えがあったが、玲那はあっという間にクラスの中心人物となった。四月も下旬となりすっかりクラス替えの緊張感がなくなった今、クラスの全員と友達と言っても過言ではない。

 いや、少なくとも一人は友達ではない。


「図書室ってつまらなくないか? 本しかないし」

「え? そんなことないよ?」

「そ、そうか……」


 失敗!

 だが虎太郎は諦めない。


「神谷は読書してるイメージなかったなぁ。ほら、運動得意だろ?」

「そうだねぇ。読書にハマり出したのはつい最近だからねぇ」

「そうか。体動かしたくならないか? 本読んでると」

「めっっちゃ分かる! こう肩が凝るというか、頭使ってるからパーっと体動かしたくなる! もしかして秋山も!?」

「あ、いや。俺は特に」


 ぐいっと距離を詰めてくる玲那にタジタジになる虎太郎は、話題提供をミスったと脳内で反省する。

 予想以上に玲那は手強い。運動したい気分を煽り、そのまま遊びに行かせる作戦は失敗だ。


「そういえば五時間目って体育だったよな?」

「うん、そうだよー」

「は、早めに着替えとか準備とかしといた方がいいよな?」

「そうだねー。でも、昼休みまだ二十分もあるよ?」

「あー、そうか……そうだよな。はは(クソ! これでもダメか!)」


 虎太郎は、玲那のガードの堅さに攻めあぐねる。


「ねえ、さっきからどうしたの?」


(バレた!? いや、それもそうか。わざとらしすぎた)


 虎太郎は肝が冷える思いで言い訳を絞り出そうと頭を捻るが、頭が真っ白になり何も思いつかない。


「分かった!」

「な、何が……」

「私が図書委員じゃないから、この席にいるのを注意したいんでしょ!」

「ああ、いや、別に……」


 玲那がこの場からいなくなってくれるならそれでもいいか。と、虎太郎は否定するのをやめて曖昧に返事をする。


「へへー、でも退かなーい! だって他に人いないし、せっかく良い席見つけたんだから」

「お、おう。そうか」


 玲那はにかっと白い歯を見せて笑う。ぷっくりとした柔らかそうな唇が紡ぐ言葉に、虎太郎は一切の反論を封じられてしまった。


「ルールは破るためにあるんだよ!」

「蛮族の考え方だな」

「蛮族って何?」

「あー、野蛮……なんていうか輩的な?」

「なるほどー! 確かに! 私は蛮族だ」


 虎太郎の説明に納得した玲那は腕を組んで蛮族を演じる。


「ほら、ちょっと飛んでみろよ」

「それじゃあ本物の輩だ……」

「あはは、そっかそっか!」


 玲那は本を閉じてしまい、すっかりお喋りモードに入ってしまう。体も虎太郎の方へ向いており、白い膝を突き合わせて行儀よく座っている。


「こんなに喋るなんて珍しいね!」

「そ、そうか?」

「うん! 教室でもそうしたら良いのに!」


 玲那の提案に虎太郎は目を伏せる。それはできない。いや、したくないと言った方が正しい。今こうして玲那と話しているのは、リスクを天秤にかけた結果だ。玲那を無視して一人の世界に没頭することだってできるのだ。それをしない理由は単純。玲那の教室での発言力。玲那が「秋山に無視された」と誰かに愚痴を零そうものなら、虎太郎の学生生活は終わりだ。三年に上がるタイミングでクラス替えはないため、今の時点で最低の烙印を押されれば絶望的。そんな事態だけは避けたい虎太郎は、今こうして楽しそうな雰囲気を演出している。


「俺は、人と馴染むのとか苦手だから。こんなに話すのは今だけだよ」

「うぇ!? そうなの!?」


 玲那は驚いたように大きな声を出し、慌てて体の向きを正面に直した。「今だけって、どういうこと……」と、虎太郎に聞こえない程度の小さい声で呟きながら。


「無理強いはしないけどさ、教室でも話してくれると嬉しいな。みんな良い子だよ?」

「みんな、ねぇ……」


 虎太郎はその言葉のイメージを頭の中に浮かべる。

 誰もが使うみんな。規模感は話の流れや聞く人の想像に任せる曖昧で無責任な言葉。今で言えば一クラスみんな。神谷に悪意はないが、虎太郎にとっては


「まあ、機会があれば善処する」

「それ、行けたら行く的な回答でしょ」


 ちょっとおバカな玲那でもそれくらいは分かる。と自信満々に胸を張っている。


「秋山はさ、きっと誤解しているんだよ」

「誤解? 何を?」

「それは私からは教えられない。教えて欲しければ私と友達になるんだ!」

「えー……」

「嫌そうなのが顔に出てるぞ!」


 指摘された虎太郎は慌てて作り笑いを浮かべて表情を固定する。


「その作り笑いは……やめた方がいいかも」


 苦笑いを浮かべた玲那はそう言って椅子から腰を上げる。気づけば昼休みも終わりが迫っている。


「秋山の言う通り、体育の準備は早めにしないとね」


 玲那は言いながら虎太郎の肩に手を置き、彼にも立ち上がるように促す。

 虎太郎はどうしようかと少しだけ迷うが、玲那はきっと折れないだろうと諦めてゆっくり立ち上がる。自分が言った手前従う他なく、きちんと戸締りをして図書室を後にする。


「じゃあ、俺は図書室の鍵を返しに行くので」


 虎太郎はそう言って玲那と別れる。職員室を経由すると教室へ戻るには遠回りになる。一番良い形でフェイドアウトできたと虎太郎は満足げに頷いた。


「失礼しましたー」


 いつものように図書室の鍵を返却し、虎太郎も教室へ戻ろうと──


「先に戻ってなかったのか?」

「なんで? 教室まで一緒に戻ろうよ」

「いや、それはなんか変だろ。目立つし……」

「目立つかなー?」

(お前は自分の立ち位置を正しく理解していないから……)


 文句が口をついて出そうになるが、なんとか堪えた虎太郎は「目立つ目立つ」と玲那の疑問に答えてやる。


「別に、友達と一緒に教室に戻るくらいで目立たないと思うけど」

「トモ、ダチ?」


 その関係性に値する言葉を初めて知ったエイリアンのような片言の反応を見せる虎太郎に、玲那は小首を傾げて不安げな表情を浮かべた。


「もしかして、友達じゃない?」

「い、いや。友達ね。うん、友達だと、思う……」


 自信なさげな虎太郎の様子を見て玲那はしょんぼりと項垂れる。


「クラスメイトは無条件で全員友達だと思ってたから、ちょっとショック」


 なんて傲慢。と思ってしまうのは卑屈すぎるだろうか。虎太郎はなんと返すべきかが分からず、ただ愛想笑いをする他ない。


「秋山にとっての友達って何?」

「俺にとっての友達……」


 虎太郎はふと人生を振り返る。彼にとって友達と呼べるような人間は存在しない。気づいた時には一人で本を読んでいた。秋山の人生は半分が本でできている。本だけが秋山の友達だった。だから、


「俺にとっての友達は、互いを理解していなくても、自然と心が通じ合う存在、かな」

「……めっちゃエモいけど、それは世間一般だと親友って言うかも」

「そうなのか」


 高い理想を語った虎太郎は玲那の半歩後ろをついていく。教室ではクラスメイトたちが制服からジャージへ着替え始めている頃だろう。二人で一緒に戻ったとは見えないよう、偶然教室に入るタイミングが重なった、という状況を装うつもりだ。

 それを知ってか知らずか、玲那は無理に距離を詰めようとはせず虎太郎の半歩先を行く。


「いつか、秋山にもできると思うよ。友達」

「そうだと良いが」


 思ってもないことを口にした虎太郎だったが、それを聞いた玲那は言葉の通りに受け取り、「そうだと良いって思ってるんだ」と小声で呟いた。

 虎太郎はまだ知らない。神谷玲那の行動力を。


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