運動会の後
国分と腹を割って話した日の夜。虎太郎はいまだに落ち着かず自室でソワソワとしていた。普段は殻の中に閉じ込めていた自分を少しだけ解き放ったことで嫌われたんじゃないか、変な奴だって思われたんじゃないか。そんな思考から、恐怖心やら羞恥心やらで虎太郎の心中はカオスだった。
「わかるぞ、少年。青いねぇ」
ベッドの上で何度もため息をついている虎太郎に、彼の部屋へ立ち寄った姉の琴音は染み染みと呟いた。
「漫画取ったんなら早く出てってよ」
「メンゴメンゴ」
虎太郎の本棚から目当ての漫画を奪取した琴音は虎太郎を煽りながら意気揚々と部屋を出て行った。
「恋か?」
「早くでてけ!」
ドアからひょっこり顔を覗かせた琴音に怒鳴りつけた。
(誰が恋なんか)
虎太郎は図書室で本音をぶつけ合った国分のことを思い出し「そんなわけあるかぁ!」と空にツッコンだ。
と、まるで今の虎太郎を覗いているかのようなタイミングでスマホの通知が鳴った。まさかと、虎太郎がスマホを開くと『やっほー』と一言、玲那からメッセージが送られてきた。
そっちか。と一瞬安堵した虎太郎だったが、、すぐに部屋の扉を確認した。
(よし、いない)
琴音だって腐っても女子。恋バナなどの浮ついた話は大好物だ。こうして玲那と連絡を取っているところを見られれば、嬉々として問い詰められるに違いない。
『なんだ?』
『運動会お疲れ様! 今度の打ち上げ楽しみだね!』
『(……)そうだな』
虎太郎は数秒考えてから渋々肯定した。否定したところで玲那が起こることはないだろうが、強く誘われるのは目に見えている。きっと、
『やってみたら意外と楽しいかもよ』
と言われるだろう。
『ねえ、今電話してもいい?』
(電話? 電話!? なんの電話だよ!)
虎太郎は再度部屋の入り口を確認した。ドアは閉め切られ、そこに姉の姿はない。
(……)
一瞬安心しかけるが、念の為とベッドから飛び降り本棚をドアの前にずらして塞いだ。
『別に、いいけど』
そしていつも通りの簡素で愛想のない返信をする。すると、案の定ノータイムで電話が鳴る。
「もしもーし! こんばんは。元気?」
「あー、まぁ。ぼちぼちだな」
「ねえねえ、うさぎ見る?」
「うさぎ? ああ、あの?」
「その!」
言いながら、玲那がLINEのビデオ通話を起動する。スマホの画面に部屋着姿の玲那がぱっと写り、胸元に茶トラの猫を抱えている。背景は以前見た薄水色のカーテンで、その壁に背を預けるように座っている。
「ジャーン! うさぎちゃんです!」
「おう」
「反応うっす!」
「まあ、アイコンで見てるし、俺犬派だし」
玲那は「ガーン!」と気を落とした後、膨れっ面を浮かべた。
「うさぎは可愛いんだぞ」
「いや、可愛いとは思うけど」
「ほんとっ!? やったー!」
(大袈裟な……)
玲那のオーバーリアクションに半分呆れる虎太郎だが、自然と微笑みを浮かべていた。
「で、電話かけてきたのは何の用だ?」
「え? 特に用はないけど」
「は?」
「用がなくても、友達と喋りたくなったら電話するよ!」
用がないと言われた虎太郎はどう反応するべきかわからず「そうか」とだけ返す。
「あ、一個ある! 話したいこと」
「なんだ?」
玲那の胸からうさぎが逃げ出し残念そうな表情を浮かべるが、玲那はすぐにカメラの方を見る。
「ちょちょ、ちょっと待って!」
何やら慌て出した玲那が画面から消えていく。虎太郎は玲那の言葉に続くように「お兄さん?」と。
「8.6秒バズーカ懐かしい!」
「よくわかったな」
「テンポがそれだったから」
と、部屋着の上にもう一枚Tシャツを着てきた玲那が再び姿を現した。黒地に白い線で猫が描かれている。
「ちょっと、エアコンが寒くて」
「そうか。風邪引くなよ。打ち上げ楽しみにしてるんだろ」
「うん、ありがと」
照れ照れと頭をペコペコする玲那は、虎太郎から打ち上げと言う言葉が出たのに続けて話し出す。
「打ち上げ、一緒に行こうよ。宮城野原駅から」
「えぇ……」
玲那からの提案にあからさまに嫌そうな反応を見せる虎太郎。願わくば不参加にしたいが、一緒に行くとなればそれはできなくなってしまう。
「それ、二人で?」
「あー、どっちがいい? みんなで行くのと、二人で行くの」
少しだけ恥ずかしそうに頬を染めた玲那はカメラをオフにした。画面にはもう何も映っておらず、虎太郎は画面から目を外した。そして、問われたことの答えを考える。
「……どっちも厳しいかな」
「えっ、なんで!?」
「いやぁ……、ほら。色々あるじゃん」
「何? 色々って?」
虎太郎は建前ではない答えを持っているが、それを言うわけにはいかない。
「ちなみに、みんなでってなったら誰々で行くの?」
「うーん、タルタルと柚と京ちゃん!」
「いつメンだな」
「そ!」
それを聞いた虎太郎は迷う素ぶりでうーんと唸る。
(女子だけか。気まずいよ。それに国分のこともあるし)
国分は玲那のことが好きで、この打ち上げで告白するつもりだ。それを知っていながら玲那と行動を共にするのは不義理だと虎太郎は感じている。友達として国分の背中を押すのなら、ここは断る以外の選択肢はない。
だが、それを直接玲那へ伝えるわけにもいかず、かといって適当な理由では納得してもらえないだろう。そこで、
「国分と一緒に行くつもりだから、俺はいいや。当日は別々で」
「そっかぁ。じゃあ、それぞれ仙台駅で」
「ああ」
そこで会話が途切れ話すことがなくなったため、玲那の方から電話を切った。
急に部屋の中が静かになり、余韻が残る部屋で虎太郎はため息をついた。ああ言った以上はやらねばならない。
虎太郎は渋々、グループラインから国分を追加しメッセージを送った。




