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運動会のその後

 運動会は恙無く終わった。結果は紅組の勝利。その勝利を噛み締める生徒がほとんどの中、虎太郎はクラスの輪から外れ図書室に逃げ込んでいた。が、運動会に参加していないわけではない。しっかりと参加した上で、放課後の教室から抜け出しただけ。誰も虎太郎のことを気にかけたりはしない、と彼自身は思っている。


 明後日の月曜日は振替休日で、打ち上げが予定されている。当然参加するつもりなど虎太郎にはないが、そんな彼を気にかける人物が二人。図書室に向かう廊下で鉢合わせていた。「神谷……どこ行くとこ?」

 未だ紅組の鉢巻を頭に着けている国分は、少し気まずそうな表情を浮かべて尋ねた。


「図書室に、ちょっと……」


 返す玲那の言葉も少し弱々しく動揺が見て取れる。どちらとも足が止まってしまい、より気まずい沈黙が流れるが、国分が意を決したように拳を握り玲那の顔をまっすぐ見つめた。


「神谷。あいつと話しつけたいからちょっと時間くれ」

「……ほわぁ。男同士の会話ってやつだね!」


 国分の真剣な言葉を聞いた玲那は瞳を輝かせてそう返した。そして、国分の背中をバシッと叩き送り出してやる。


「任せた!」

「何をだよ!」


 すっかり覚悟を決めた様子の国分は、玲那の励まし? にツッコミを入れつつ肩の力が抜けたように背筋を正して、図書室へと向かっていった。


「頑張れ」


 玲那の小さな呟きは、誰にも届かない。



 そして、図書室の扉が開かれる。カラカラと乾いた音と、扉窓に貼り付けられたパネルが揺れ擦れる音が静謐な図書室に落ちる。オープンと書かれた文字が内側に向いているが、国分はお構いなしでそこに立っている。


「よっ!」


 陽気に片手を上げた国分はもう片方の手を後ろに回し扉を弄る。直後、カチャリと小気味いい音が


(なんで鍵閉めた!?)


 いつもの席で本を読んでいた虎太郎は手を止めて国分を見る。突如密室を作り出され、これから何をされるのかと警戒して椅子を引いた。


「こんなとこで何してんだよ!」


 軽い調子で虎太郎の肩をポンポンと叩いた国分はカウンターの正面に立った。そして、入ってきた時とは打って変わって真剣な眼差しで虎太郎を見つめる。まるで、一世一代の告白でもするかのような空気に虎太郎は唾を飲み込んだ。


「俺は神谷が好きだ。運動会の打ち上げの日、告白しようと思ってる」

「……や、」


 国分から打ち明けられた思いに、虎太郎は返しかけた言葉を飲み込んだ。


(やめとけなんて、何様のつもりだよ。余計なお世話だ。第一、こいつが振られたって何も思わない。俺に止めてやる義理なんてないだろ)


 数秒考えた虎太郎は、自分が思う最適な答えを示す。


「頑張れよ」

「……やっぱり、お前は俺のことをなんとも思ってないんだな」

「は?」


 諦めたような寂しがるような表情でそう呟いた国分に、虎太郎は意味が分からず困惑する。なぜ国分がこんな顔をするのか。国分はどんな答えを求めていたのか。国分は自分のことをなんだと思っているのか。

 虎太郎は自分の中で感じたことのない感情を揺さぶられ本を手から落とした。読みかけていたページが分からなくなってしまう。


「それは、どういう……」

「俺はお前のことを友達だと思ってるぜ。秋山がいないと学校つまんねえ」

「なん……」

「俺にとって、秋山はその他大勢なんかじゃなくて、仲良くなりたい友達だから。それはわかってほしい」

「……」


 虎太郎は正しい反応が分からず、返す言葉が見つからず口を開けては閉じてを繰り返す。異様に乾く喉からは掠れた音しか出てこない。


(なんでいきなりこんな話……神谷の仕業か?)


 熱く友情について語る国分の真意が読めず、虎太郎は必死に心の内を読もうとする。国分にとって、この状況の何がメリットなのか。それを伝えることで国分が得られるリターンは何か。


「秋山のことは友達だと思ってるから、お前には伝えておかなきゃと思って。もし、俺が神谷と付き合えても、俺たちの関係は変わらないって確かめたくて」


「なんでそんなことを俺に言うんだよ」


 何度も唾を飲み込んだ虎太郎はようやく口の渇きが収まり声を発した。その疑問に国分は微笑みを浮かべて答える。


「秋山は友達付き合い下手くそって知ってるから、ちゃんと言葉にしないといけないと思ったんだよ」

「友達とか、簡単に言うなよ……」


 求めている回答じゃない。何の意味があってそんなことを言うんだ。


「俺は、お前のことを友達だと思ったことはない!」


 苛立つ虎太郎の拒絶を受けてなお、国分はその表情を崩さず彼をまっすぐ見つめている。


「それでも俺は、秋山を友達だと思ってる」

「……っ」


 そんな国分を見て虎太郎はハッと息を呑んだ。酷いことを言ったのに、なんでそんなに優しい顔をしていられるんだ。なんでまだ、そんなことを言うんだ。


『みんながみんな損得感情で動いてるわけじゃない。貴重な時間を使うくらい、国分は秋山と友達になりたいって思ってるってこと』


 最近言われた玲那の言葉を不意に思い出した。この図書室で指摘されたこと。選抜リレーに選ばれて国分に絡まれるようになった日の出来事。


(なんでこんなに……)


 苛立つんだ。

 今までの虎太郎であれば他人からどう思われても何も感じず受け流していた。それなのに、今はどうしようもない苛立ちを抱いている。ぶつけようのない心の焦り。相手が国分だからだろうか。


「俺は二度と、友達なんか作らない! お前だって、本心じゃ友達って思ってないんだろ!」


 虎太郎はついに立ち上がって反抗した。そして、国分も自身の気持ちをぶつける。


「確かに、最初は神谷と仲良いお前と仲良くなれば、神谷とも話せるかなって思ってた」

「な……」


 いきなりの口撃に不意を突かれた虎太郎は、少しだけ心にダメージを負った。


「それでも、秋山と過ごすうちに気づいたんだよ。お前が面白いやつだって。話してて、割と楽しいって」


 国分の本音。とは虎太郎の目には映らない。建前で生きてきた虎太郎には、この言葉が本音である確信を得られない。


「なんでも分かり合えるなんて思っちゃいないけど、これだけは分かる」

「……」

「俺は虎太郎と友達でいたい」

「……俺は、」


 虎太郎の視線が泳ぐ。図書室の隅を見たり本棚に並ぶ背表紙を見たり足元を見たり。


「俺は、」


 虎太郎が顔を上げる。何度も彷徨った目線はようやく国分の目とぶつかった。虎太郎が逃げるようにあちこち見ている間、国分は一度も目を逸らさなかった。ずっと虎太郎を見つめ、目が合うのを待っていた。

 そこで初めて、虎太郎は国分の本気を感じ取った。建前なんかじゃなく、本音でぶつかってきていることを。


「秋山がいないと、学校での楽しみが減るんだよ。俺はお前と仲良くなりたい」

「……俺だって、」

「お前も本音を言えよ! 建前とか、人にどう思われるとかじゃなく! お前がどうしたいかを言ってくれよ!」

(俺は──)


 それまで緊張でうるさいくらいに激しかった動悸が止んだ。


「幸せになりたい……」

「俺にできることなら、なんだってやるよ。学校が少し楽しくなるくらいのことはできるはずだ」

「俺だって、国分がいた方が楽しいよ……」

「秋山……」

「でも、バトン練習の居残り自主練しようとした時になんか目で訴えてきただろ。邪魔者感出してただろ! それなのに、友達とか……」


 一度願望を口にした秋山の口から、堰を切ったように言葉が溢れ出る。


「はぁ? ……はぁ!?」


 数日前のことを思い出した国分は見当違いな解釈に驚愕した声を漏らす。


「あれは、秋山がああいう自主練とかが嫌いかと思って……」

「じゃあそう言えよ!」

「はぁ!? 一緒に練習したいならお前が言えよ!」

「練習はしたくない! でも、友達だって言うなら誘ってくれたっていいだろ!」

「なんだこいつ! めんどくせえ!」


 虎太郎の理不尽な要求に国分の率直な感想が飛び出した。それを受けた虎太郎は「やっぱり……」と悲壮な表情を浮かべる。


「おまっ、今のは俺じゃなかったらそっこーで見捨てられる発言だぞ!」

「面倒臭い性格でごめんなさいねぇ!」


 もはややけっぱちで返す虎太郎。素の状態が出てしまっっている。


「はは──」


 国分は突然、ツボに入ったかのようにお腹を抱えて笑い出した。


「俺のこと笑ってんのか?」

「いや、面白いから笑ってるんだよ! 馬鹿にしてるとかじゃなくて!」

「ふーん」

「とりあえずそのネガティブやめろ!」


 呆れた国分は虎太郎を軽く叱責した。そして、貸し出しカウンターの中へと行き虎太郎の方に腕を回す。


「なんでも悪い方に考えるなよ。少なくとも俺は、お前のことを悪く思ったりしてないから。な?」

「……善処する」


 詰め寄られた虎太郎は、自分の感情を吐露してスッキリしたのか渋々ではあるが国分の助言を受け入れた。


「じゃあ、打ち上げ来いよ。楽しみにしてるんだから」

「……行けたら行く」

「オッケー。予約の人数に入れとく!」


 国分のアグレッシブさに負けた虎太郎はどっと疲れを感じて大きく息を吐いた。そして、そのまま国分に連行され共に共に教室へ戻ることになった。

 そんな二人の背中を陰から見送る玲那。国分に図書室を譲った後、七日市の告白と同じように盗み聞きをしていた。


「頑張れ、秋山」

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