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打ち上げ会議と二人散歩

 迫る運動会。増していくクラスの熱気。他クラスとの対立。温度差によるクラス内のピリつき。学生たちの準備が着々と整っていく中、虎太郎が所属する二組(紅組)のテンションもいつもより二割り増しで上がっていた。


「やっぱバイキングじゃね?」

「しゃぶしゃぶだろ!」

「焼肉!」


 国分を中心として打ち上げに何をするかで盛り上がっていた。


「茂木! 女子たちの意見は?」


 国分はツツジの花弁が如く集まる女子たちに向けて声を発した。

 女子の中心には玲那の姿が。と言っても、女子を取りまとめるように動いているの主に柚葉だが。玲那はただ取り囲まれ、自身の膝に座る樽沢愛羽のツインテールで遊んでいる。


「スイパラとか!」

「やっぱりか……」


 スイーツパラダイス。仙台駅西口のパルコ内ポケモンセンター横にある。女性に人気のスイーツパラダイスは男子たちには不人気だった。幸いにもクラスの男女比はわずかに男子が優勢。男子が一致団結すれば多数決で負けることはない。


「秋山はこの前の投票どうした?」


 いつものように男子の群れから外れ自席で読書をする虎太郎へ国分が話を振る。


「投票?」

「グループラインでアンケート取っただろ?」

「グループライン??」

「三日前くらいに作った打ち上げグループ…………入ってる?」

「……? 入ってない」


 虎太郎がグループラインなどに入っているはずもなく、ヤーレンズの楢原ばりに首を傾げている。


「ていうか、誰かとライン交換してる?」


 国分は虎太郎を含め周りの男子たちにも問う。だが、誰一人としてうんともすんとも言わない。虎太郎も返事をすることはなく、静かに首を横に振っている。


「マジか……」

「あぁあっ!」


 と、男子たちの戸惑いを切り裂く絶叫が教室に響いた。発生源は女子コロニーの中心にいる玲那だ。


「私知ってるよ! GWの時にたまたま会って、宿題見せてもらうのに交換した! 今日帰ったら招待しておくよ!」


 女子の壁を掻き分けて男子たちの方へ近寄ってきた玲那は、虎太郎に目を向けながら「ね!」と同意を求めた。誰にも聞かれていないのに経緯まで語ってしまうほど動揺が見て取れるが、それをツッコむ者はいない。

 これほど慌てた反応をしたのは、誰も虎太郎のラインを知らないならば自分がやらねばという優しさからだろう。


「へ、へぇ〜そうなんだ……」


 玲那の様子や状況に対し国分がなんとも言えない表情を浮かべたため、虎太郎は形容できない居心地の悪さを感じ顔を背けて身じろぎする。


(いずい……)

「じゃ、じゃあ頼んだ! 神谷がグループに入れてくれたら、そっから追加するわ!」

「お、俺も!」


 気まずい空気を気遣うように男子たちは国分に続いて虎太郎へ声をかけるが、そも本件に関して虎太郎が何かを気にしている様子はない。自分は嫌われているのだから、ラインを交換していなくとも不思議じゃない。と考えているからだ。


「秋山はどう思う?」

「え? 何が?」

「聞いてなかったのかよ!」


 本の世界に没頭していた虎太郎は打ち上げの話が全く耳に入っておらず聞き返した。


「運動会の打ち上げ! どこにするかって話!」

「ふーん。別に、なんでも(俺は行かないし)」


 言いながら虎太郎は手元の小説へ視線を落とす。


「なんかテンション低くね? 朝の占いでも見逃したか?」

「ははは……(お前と一緒にするな! そんなことでテンション下がるか!)」


 乾いた笑いを浮かべる虎太郎は胸中にて半ギレでツッコんだ。


「今日ノリ悪くね? なんかあったのか?」

「別に。いつも通りだけど」

「そうか……」


 国分は怒られた犬のようにしょんぼりとした表情を浮かべ、虎太郎から顔を背けた。



 それからというもの、虎太郎は可能な限り国分との接触を避けた。と言っても、授業間の休みをトイレで過ごし、放課後はそそくさと気配を消して、部活前の国分と鉢合わせしないように学校を出るだけだが。

 自宅に帰ってきた虎太郎は学ランをベッドに放り投げジャージに着替える。学校指定の物ではなく、しまむらで売っている紺のハーフパンツと黒いTシャツだ。動きやすい格好になった虎太郎は、一階で待つマユゲの元へ。リードやうんち袋を用意していると、ポケットにあるスマホが震えた。


『マユゲの散歩、一緒に行ってもいい?』

(……)


 通知を見た虎太郎は一瞬、未読無視でやり過ごそうかと考えるが、「マユゲでよければ、散歩の時くらいは──」なんて言った手前断りづらいと感じ、


『いいよ』


 と一言返信した直後、『すぐ行く!』とノータイムで返答されたため、虎太郎は急いで支度をする。マユゲの首輪にリードを通し、万が一にも家族(とりわけ姉)と玲那が遭遇しないよう玄関を出て彼女を待つ。

 玲那の家まではおよそ一キロ弱。十分ほどはかかるだろうが、備えあれば憂いなしだ。


「あっ! 待たせてごめん!」

「マジか……」


 虎太郎が家を出て一分も経たず玲那はやってきた。玲那は学校の制服もカバンも持った状態でやってきた。


「別に、待ってない」

「そう?」

「て言うか、ライン送られてから数分しか経ってないぞ」


 虎太郎とマユゲの元へ駆け寄ってきた玲那に虎太郎は苦言を呈する。


「まあね!」

「褒めてないぞ」


 えっへん! と胸を張った玲那にツッコミを入れた虎太郎は、彼女の格好を見て提案を呟いた。


「荷物、置いてこいよ」

「……いいの!? ありがと!」


 小さな声だったがきちんと聞こえていたようで、玲那は虎太郎の家へ上がろうとドアへ向かって階段を登っていった。


「俺の家じゃねえ!」

「え?」

「自分の家にだよ」

「あ、そっか。あはは」


 素で間違えたようで、玲那は恥ずかしそうに笑いながら階段を降りてくる。制服姿のままで犬の散歩をするのは目立つ上に、荷物を持ったままでは歩くのも疲れるだろう。散歩大好きのマユゲは毎回一時間以上は歩く。

 二人はマユゲを散歩させながら玲那の家へ向かった。自宅に着いた玲那は「すぐ着替えてくるから待ってて!」と言い、ドタドタと家の中へ消えていった。

 壁から屋根までグレーで統一された綺麗な一軒家だ。築年数は浅く綺麗だ。駐車場に車は止まっておらず、籠のついた自転車が一つ。

 虎太郎がぼうっと家を観察していると、二階のカーテンと窓が勢いよく開かれ中から玲那が顔を出した。


「もうちょっと待ってて!」

「お、おう……」


 下から見ても玲那の美少女みは薄れない。それどころか、塔の上の美女のような高嶺の花感が演出されている。

 ロミオとジュリエットみたいだ。とふと思った虎太郎は、すぐにその考えを否定するように首を振った。


「お待たせ!」


 五分と経たずに戻ってきた玲那もラフな格好で、黒いキャップから飛び出たポニーテールが活発な女の子感を演出している。短パンからスラリと伸びた足は、インドアかと思うほど白い。

 感情をリセットするため、虎太郎はマユゲの後ろ足を見た。こちらも細くて可愛い脚をしている。

 二人は特に話すこともなく無言で歩き出した。


「今日の給食は美味しかったねぇ!」

「? まあ、そうだな……」

「……」口を真一文にして瞬きを繰り返す玲那。


 こうして時折玲那が話を振るが、いつもと違い歯切れが悪いというかよそよそしいというか、少しだけいつもより話しづらそうにしている。急に人見知りになってしまったかのようだ。

 そんな気まずい空気の中、散歩コースをぐるりと回り虎太郎の家まで帰ってきた。マユゲは満足したように家の中へと入っていく。それを名残惜しそうに見つめる玲那は、何かを言おうと口を開けては閉じてを繰り返す。


「暗くなる前に──」

「も、もうちょっとだけ! 散歩しない……?」

「…………」口を真一文にして瞬きを繰り返す虎太郎。


 マユゲは満足そうだったが、もう一度行くとなれば大手を振って、もとい尻尾を振って喜ぶだろう。


「マユゲはなしで、二人で」

(……? なんの意図が?)


 虎太郎は玲那の心意が分からず怪訝な表情を浮かべる。


「だめ?」


 上目遣いの玲那は夕日を背負い女神のように輝いている。こう頼み込まれては断りづらく、虎太郎はマユゲを玄関に押し込め「忘れ物取ってくる!」と中にいる家族に告げ扉を勢いよく閉めた。


「神谷の家まででいいか?」

「うん!」


 一連の行動を見ていた玲那は驚いたような表情で虎太郎を見つめていた。


「(なんだその顔)行くべ」

「あ、うん」


 自分から誘ってきたんだろ。とは付け足さなかった虎太郎は手持ち無沙汰な両腕を組みながら首の動きで促した。玲那もそれに続いて歩き出す。


「ところで、なんで二人? マユゲも一緒でいいんじゃ」

「マユゲがいると、ちょっと気まずい」

「なにゆえ??」


 玲那がこれから何をするつもりなのか、何を話すつもりなのか皆目見当もつかない虎太郎は、組んだ腕を身を守るような形に組み直す。


「最近、変だなって」

「今の神谷の方が変なんだけど……」

「そ、そうじゃなくて! 学校で!」

「……変か?」


 核心を伝えきれていない玲那はもどかしさに拳を握る。


「……国分と何かあった?」

「いや、何もないけど」


 ようやく聞きたいことに迫れた玲那に、虎太郎は一切表情を崩すことなく即答した。


「……やっぱり変だ。国分のこと避けてるでしょ」

「……」

「無視かよっ!?」


 図星を突かれた虎太郎は玲那の方を振り返ることなくスタスタと歩いていく。話すことはないとでも言うような反応を見せる虎太郎の腕を、玲那は横からガシリと掴みホールドする。


「おいっ!?」

「ちゃんと話してくれるまで離さない」

「うぅ……わかった、わかったから!」


 人目を気にする虎太郎は早々に観念した。幸い周りに人がいないため誰かに見られることはなかったが、虎太郎は上がった心拍数を整えるのに深呼吸をする。


「で、何があったの?」


 虎太郎が落ち着くのを待った玲那は歩く速度を緩めて問うた。今度は虎太郎が言いにくそうな顔で唇を引き結んでいる。


「……あいつが、俺のことを嫌いだってわかっただけだよ」

「えっ!? はぁ!? 嘘ぉ!? なんで!?」


 玲那が予想していた話とは違ったのか、心底驚いた様子で反応を示した。だが、すぐに切り替え冷静な面持ちで虎太郎を見つめる。


「それ、国分から直接聞いたの?」

「いや、聞いたわけじゃ……」

「なら分かんないじゃん。どうしてそう思ったの?」

「……なんか、態度とか目線とかだよ」

「秋山って、そういうの敏感なタイプだっけ?」

「俺だって、普通に人の気持ちとか察するくらいできるよ」

「はえー……」


 虎太郎の発言を疑問に思ったのか、玲那は心の底から納得していないとでも言いたげなため息混じりの相槌を返した。彼女の目は信じられないものでも見たかのようにまん丸だ。


「ちゃんと話しなよ」

「話すことなんか……」

「じゃあ、ちゃんと見てあげて」


 玲那は真剣に虎太郎の目を見つめる。切れ長な二重の三白眼。初対面にはあまり印象が良くない目つきだ。


「国分は理由もなく人を嫌ったりするような人じゃない。ちゃんと見てあげて」


 玲那はその目が威嚇ではないことを知っている。その目が全てを憎んでいないことを知っている。だから真っ直ぐに見つめる。

 見つめると言うよりも射抜くと言う方が適切かもしれないほどに。それだけ鋭く、冷たく思えるほどに玲那は虎太郎に現実を突きつける。真実から逃げるなと訴えかける。


「……わかったよ」


 蚊の鳴くような声でヤケクソ気味に返した虎太郎に、玲那は慈しむような微笑みを向けた。


「嫌われて不機嫌になるなんて、秋山らしくないね。前はみんなから嫌われてるって思い込んで普通にしてたのに」

「俺も人の子ってことだな」

「……ん? そりゃそうでしょ」


 茶化して逃げたつもりの虎太郎だったが、「何を言っているんだ」とでも言うような目をした玲那に真顔で見つめられ、渾身のボケが通じずスンと姿勢を正した。


「とにかくっ! 嫌われてるかどうかは国分とちゃんと話すまで確定じゃないんだから! 当たって砕けろ!」

「砕ける可能性があるんだよなぁ」

「絶対大丈夫って言ってあげられなくてごめんね」


 玲那は「頑張れ!」と握り拳を作って虎太郎を応援している。余計な気遣いがないところが純粋な玲那らしい。その正直さが少し残酷でもあるが。


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