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雰囲気を察する

 虎太郎はいかにして練習をサボるかと考えていた。

 時は放課後、選抜リレーの練習に参加させられている虎太郎は、すでに一時間の練習でへとへとになっており、トラックの内側で座っていた。

 選抜リレーに選ばれているのはほとんどが運動部の生徒で、虎太郎のような帰宅部は一人もいない。体力のない虎太郎は足が疲労で上がらず、天を仰いでいる。


「大丈夫?」

「……大丈夫じゃない」

「水飲みな?」

「あぁ、ありがと」


 虎太郎を心配する玲那は、自身の水筒を差し出した。


「それ、水道水汲んだだけだから遠慮なく飲んでいいよ」

「悪いな……」


 お礼を言いながら水筒に口をつける。魔法瓶のおかげで冷えたままの水が、喉を通って虎太郎の体に染み渡る。


「あー、生き返る」

「頑張ってるね」

「まあ、先輩もいるしな」


 校庭には同じ組に所属する他学年の生徒もいる。虎太郎たち紅組の三年生は、サッカー部エースのバリバリカーストトップの男子が束ねている。高身長で顔もそこそこ良く、目立つのが好きそうな茶髪君だ。

 彼がどんな人間か虎太郎は知らないが、勝手に怖そうな印象を抱いていたため、悪目立ちするようなことがないよう適度に頑張っていた。

 国分は同じサッカー部のため、先輩と楽しそうに談笑している。


「国分とは仲良くなれた?」

「……さあ?」


 肩をすくめる虎太郎は元気な国分を眺める。先輩のことを慕っているのか、とてもキラキラとした瞳をしている国分が異様に眩しく感じ──


「いや逆光、眩しすぎ」


 地平線へと向かっていく太陽の光を背負う国分が眩しすぎた虎太郎は、目を瞑りながら顔を背けた。隣には汗をかいた玲那がいる。


「秋山がクラスのみんなと仲良くなっていくのを見ると、私は嬉しいよ」

「保護者かよ……」


 慈しみの籠った玲那の目線がむず痒く感じ、虎太郎はまたも視線を別の方へと向ける。


「仲良いかはわかんないけど、思ったより国分は良い奴だと思ってる」

「……気づき、だね」


 玲那は嬉しそうに微笑んで虎太郎の肩に手を置いた。虎太郎がそちらを振り返ると、玲那の指が頬に刺さる。


「……なんだよ」

「えへへ」


 虎太郎の頬をぷにぷにとつつく玲那は楽しげに笑って、柔らかい感触に虜になったようで、指でつまみ出した。


「ほっぺ柔らかいね!」

「別に……」


 頬をもちもちされる虎太郎は、女の子らしい匂いに身を固まらせる。運動して汗をかいているのに、花のような香りが鼻腔を掠め、なんとなく罪悪感を覚えた虎太郎は立ち上がった。


「公の場で、あまりそういうのはちょっと……」

「え、ごめんっ! 嫌だった?」

「人がいっぱいいるところでは、ちょっと……」

「そっかぁ……私は耳とか触られるの好き。もちろん、誰でもいいってわけじゃないけどね!」


 モゴモゴと遠慮気味にお気持ちを述べる虎太郎に、玲那は謝りつつ自身も立ち上がって距離を詰める。今度は虎太郎ではなく自分の頬を突きながら。

 整った綺麗な手指が柔らかくて白い、弾力のある肌を押す。側から見れば頬にキスを求めるように見え、虎太郎は慌てて玲那の腕を掴みやめさせた。


「あんまり、外では、な」

「あー、うん! 分かった!」


 何事か理解していない玲那はにぱぁと相好を崩した。


「おーい!」

「ん?」


 全快とまではいかないものの休憩を取れた虎太郎の元に国分が軽快なステップでやってきた。


「今日は一時間で終わりだって!」

(よっし!)


 国分から伝達された情報に胸中でガッツポーズ。それを表には出さず、虎太郎は帰る気満々のにやけ顔を浮かべる。


「それで、ちょっとだけ自主練したいんだけどさ」

「……」


 雲行きが怪しくなり、虎太郎の表情にも雲がさす。


「秋山はもう限界っぽいし、神谷付き合ってくんね?」

「あー、いいよ! 少しだけなら」

「……?」


 国分は玲那だけを誘い、虎太郎へは意味深な視線を向けるだけで練習には誘わない。何かを訴えるような力強い目。虎太郎にはそれが酷く冷たいもののように感じられた。

 国分は虎太郎を残し、玲那と共にトラックへと出ていく。颯爽と現れ去って行った国分に置いて行かれた虎太郎は二人を見送りゆっくりと荷物のもとへ私を向けた。

 誘われると思っていた。国分はそういう人間だ。人の気持ちなんて考えずに自分が楽しいと思うことに他人を巻き込んでいく。そういう奴だ。


(ああ、そうか……そういうことか)


 国分の意図することを理解した虎太郎は、すっと心の温度が下がるのを感じた。


(俺が邪魔だったのか……)


 虎太郎の中で国分の存在が芽生えつつあった。度重なる接触により、虎太郎の世界に国分という人間が形成されかけていた。きっと虎太郎は気恥ずかしくて言葉にはしないだろうが、友と呼ぶに相応しい存在になろうとしていた。

 だが、国分は選んだ。玲那と二人きりになることを選んだ。虎太郎は突き放されたように感じてしまった。友達ならば──


(俺は何を期待していたんだ。バカか)


 国分にとって自分という存在がいかに小さいものなのかを理解した虎太郎は嘲笑した。同じ過ちを繰り返す愚かな自分を。

 ちらりと振り返る。国分が随分と楽しそうな笑顔で談笑している姿が、虎太郎には嫌に眩しく見えてそっと目を逸らした。二人は虎太郎のこと見ていない。そんなことが気に障ってしう自分の小ささに嫌気がさし、虎太郎は何も考えず帰路についた。



 家に帰っても、嫌な瞬間というのはフラッシュバックする。ふとした時に「ああすればよかった」「こう言っていれば」という無意味な想像が頭の中を何度も駆け回る。その度に胸が締め付けられるような息苦しさを感じ、考えることを放棄する。


(あー、くっそ)


 お風呂上がり。寝る準備も万端な虎太郎は、いつもなら読書をしている時間だが、今日は何も手につかずぼーっと天井を眺めている。


『スタンプが送信されました』

「ん?」


 と、通知音と共にスマホが震えた。ロック画面を覗くと玲那からのラインが来ている。スマホを手に取った虎太郎はそれを開くべきか一瞬迷い、十数秒躊躇ってからスタンプを返した。


『次の休み映画見に行かない?』

「……」


 ラインに既読をつけないよう中身を確認し、虎太郎はすぐに『行かない』と返事を返した。


『残念』

『ごめん』


 一言謝罪を送り、それ以降スマホの通知を切ってベッドに放り投げた。


『そっかぁ……』

『じゃあまた今度行こ!』

『スタンプ』


 今はどこに行く気にもなれない。誰とも会いたくない。特に──。と、虎太郎は仰向けで目を瞑る。あの時こうしておけばという記憶に引っ張られて、昔の嫌なこともまとめて思い出されてしまう。


「うああああああああっ!」


 羞恥心や嫌悪感を払拭するため枕に顔を埋めて叫ぶ。バタバタと暴れる足がマットレスを蹴り埃が舞う。

 一頻り叫ぶと、力を失ったように足を投げ出し幾度かバウンドした後にぴくりとも動かず沈黙した。

 幸い、明日は土日で学校に行く必要はない。誰とも会うことなくひっそりと二日間は過ごせる。そのことに気づいた虎太郎はようやく気持ちを落ち着かせることに成功した。


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