仲良くなりたい?
虎太郎は憂鬱な気分で帰り支度をしていた。汗だくのシャツを着替えて、それをビニール袋に詰める。
今日から、待ちに待った選抜リレーのバトン練習が始まった。帰宅部の虎太郎は当然、全日参加予定となっている。
「秋山! お疲れ様!」
「神谷……」
半袖Tシャツの袖を方まで捲った日向小次郎スタイルで、煌めく綺麗な汗が頬をつたっている。
虎太郎とは対照的にまだまだ元気な様子の玲那は、「暑いねー」と言いながらシャツの襟を摘んで仰いでいる。
「本番、絶対勝とうね!」
「……体力が残っていることを祈る」
ヘロヘロの虎太郎は疲労が溜まった足を擦りゾンビのように歩き出す。その足取りはとても重い。
「秋山〜! 一緒に帰ろうぜ!」
「……お、おう」
「めっちゃ疲れてるじゃん!」
バトンを片付けていた国分が二人の元へ軽快に走ってやってきた。日に焼けているが、膝から下は白い。サッカーソックスの跡だ。
「神谷も一緒に帰るか?」
「私は柚たちが待ってくれてるから、二人で帰りな」
「そか。了解! 秋山行こうぜ!」
死に顔を浮かべる虎太郎は返事をする余力もなく、死に体を引きずって帰宅する。
(棺に入れて引っ張って帰ってくれ……)
疲労困憊の虎太郎は、梅雨前の暑さに苛立ちながらも重いカバンを背負い歩を進める。隣に並んでいる国分はとても軽やかなステップで肩を跳ねさせている。
「コンビニでアイス買ってかね?」
「あー、いいよ」
歩くのもしんどいと感じるほど疲れている虎太郎は、国分の提案をすんなり了承し二人揃ってコンビニへ入っていく。
「あへ〜、涼しい〜」
気の抜けた声を漏らす国分は、一直線にアイスのコーナーへと向かった。
「どれにしようかなぁ」
冷凍庫の中には多種多様なアイスがぎっしり詰まっている。目移りする国分の横で、虎太郎はすぐにどれを食べるか決めたようで、国分が選択するのを待っている。
「こんなか入ったら気落ちいいだろうなぁ。な?」
「(一昔前のバカッターじゃねえか)そうだね」
ツッコむ気力もない虎太郎は、早く選べと視線で無言の圧力をかける。それに気づかない国分だが、さっとアイスを手に取りレジへと向かう。
「秋山、半分やるよ」
「え? いや、僕も買ったしいいよ」
「えー、秋山と半分こするためにパピコにしたのに!」
コンビニの前にあるパイプの柵に腰をかけた国分は、パピコの片割れを虎太郎に差し出しなが言った。
「じゃあ、僕のも半分あげる」
「えっ!? いいの!? 雪見だいふくの一個はでかいだろ! 本当にいいのか?」
「半分こなんだから、これで平等でしょ」
「秋山、お前優しいな」
国分は驚きと喜びが混じった笑顔で虎太郎から雪見だいふくの片割れを受け取った。虎太郎も同じようにパピコのコーヒー味を受け取り、雪見だいふくの後に食べ始めた。
アイスが溶けるよりも早く、黙々と食べ続ける。疲れ切った虎太郎に喋る余裕はなく、もとより自分から話題提供をするような人間ではない。
「なぁ……」
「……?」
「神谷ってさ、彼氏いるかな?」
「……知らない(なんで俺に聞くんだ)」
突然、ここにいない玲那のことを聞かれた虎太郎は、少し考える素振りを見せてから答えた。
「僕なんかより詳しい人いるでしょ」
「そうかぁ?」
「女子に聞いてみたら?」
「女子はダメだろ。俺が神谷のことが好きってバラされるだろ」
「ふーん…………えっ!?」
さらりと告げられた国分のカミングアウトがあまりに自然な世間話すぎて、思わず聞き逃すところだった虎太郎は、面食らった顔で国分を見つめた。
「そうだったんだ……」
「知らなかったのかよ」
「いや、聞いてないし」
国分はさも当然のように笑っている。好きな人を明かすというのはとても勇気がいることだと認識している虎太郎は、国分がなぜそんなことを自分にしたのか疑問に思う。
(俺と、仲良くなりたいって本当に思ってる……?)
国分の言葉と玲那から受けた解説を思い出し、虎太郎の心がほんの少しだけ国分の方を向く。
「秋山ってさ、たぶん男子の中で一番神谷と仲良いんだよ」
「……そんなことないと思うけど」
バカなことを。と国分の考えを胸の内で一蹴するが、国分はまだ続ける。
「あいつに聞いたんだけど、秋山って素で喋ってないだろ?」
「えー、そんなこと、ない、よ?」
「絶対あるだろ!」
急にしどろもどろになる虎太郎を見て、国分は確信したように笑った。
「わりかしツッコミ入れたりするって聞いたぞ! 俺にも素の状態で接してくれよ〜」
「…………善処する」
「俺がボケたら遠慮なくツッコミ入れていいからな!」
「いやぁ、別に芸人じゃないし……」
国分の要望に苦い顔をする虎太郎だが、それでも精一杯努めてみようかと前向きに検討する。
「アイスも食いおったし、帰るか」
「そうだね」
「神谷と喋ってた時は、もうちょっと強い感じの口調だっただろ」
「ああ、うん。そうかも」
「徐々にでいいから、頼むぞ!」
「前向きに努力するよう検討する」
「それほぼやらないだろ!」
上機嫌な国分にツッコミを入れられながら帰路についた。無意識のうちに虎太郎の表情が綻んでいることには、二人とも気づいていない。




