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むっつり

「エロそうでエロくない言葉選手権〜!」


 元気な声でタイトルコールが唱えられた。明くる日の夕方、一日の締めくくりである掃除時間が終わり帰りのHRが始まるまでの時間を使って開かれた男子の集い。その場を仕切っているのはいつもの如く国分だ。


「一番エロそうな言葉を言ったやつが優勝な!」

(なんて低俗な遊びなんだ)


 帰宅部の虎太郎はせっせと帰り支度をしていた。聞き耳を立てていたわけではないが、席が近いこととと男子の配慮のなさが相まって会話が丸聞こえだった。


「秋山! 帰りの準備終わったらお前も来いよ!」

「あ、ああ……」


 素知らぬ顔をする虎太郎を国分は見逃してはくれない。虎太郎が帰り支度しているのを気遣いつつ、しっかりと遊びには誘う。

 気乗りしない虎太郎はどうするかと、いつもなら秒で終わる支度をノロノロと亀の歩みの如く進める。

 そうこうしているうちに時間が過ぎないかと甘い考えを持っていた虎太郎だったが、国分はそこまで気が長くない。


「秋山〜! お前の語彙力を活かす時が来たぞ!」


 国分は単体で虎太郎の席までやってくると肩を組んで男子たちの元へ連れていく。


「今出てるのは、フェラーリ、サックス、写生大会、パイの実。だな」


 オーソドックスな単語が並び、虎太郎は納得して頷いた。


(ほんと、アホ……)


 何が楽しいのかと疑問に思いつつも、愉快げに笑うクラスメイトたちの空気を壊さぬよう押し黙る。


「秋山はなんかあるか?」

「うーん……万華鏡?」

「「「おおっ!」」」


 男子から感嘆の声が上がった。どうやら高評価を得られたらしい。


「秋山……やっぱむっつりだろ」

「なんで!?」


 と、単語の芸術点の高さも相まって虎太郎のむっつり度も上がっていく。


「万華鏡に勝てる単語思いつくやついる?」


 国分の問いかけに男子たちは腕を組んだり唸ったりと様々な反応を見せるが、対抗馬はなかなか出てこない。


「さ、刺股とか?」


 一人の男子がおずおずと声を上げた。すると、男子たちは二つの単語をノートに書き出し吟味する。


「なかなか良い勝負なんじゃね?」

(何がどう良い勝負なんだ?)


 盆栽の品評会でもしているかのような真剣さについていけない虎太郎は、雰囲気だけは合わせるように努める。


「言葉の綺麗さも加味して万華鏡の勝ちかなー」

「同じく」

「俺も万華鏡に一票」

「じゃあ満場一致で、エロそうでエロくない言葉選手権の優勝は秋山の万華鏡に決定!」


 男子たちによる投票結果が国分にてまとめられ、優勝を手にした虎太郎には拍手が送られた。


(やめろ恥ずかしい……)


 あまり嬉しくない賞賛を受けた虎太郎は、恥ずかしがって目立たないように身を縮こまらせる。こいつらは周りの視線が気にならないのかと男子たちの正気を疑うが、クラスの関係性を理解していない虎太郎には分からない。

 女子は男子がアホなことを知っているし、国分たちがどういう人間なのかも知っている。軽蔑する者もいるだろうが、今さらこの程度のことで国分たちの評価が下がることはない。虎太郎の評価は、徐々に落ちていっている可能性もあるが……。



「秋山! 一緒に帰ろうぜ!」


 放課後、さっさと荷物を抱えて帰ろうとする虎太郎を国分が引き留めた。


「部活ないの?」

「今日は休みー」


 明るいキャラの通り、サッカー部に所属している国分は小躍りなんかして随分とウキウキな様子だ。部活がないことがよほど嬉しいようだ。


「三輪も帰るだろ?」

「ああ、帰る」


 国分はエロ坊主の三輪にも声をかけ、二人を連れ立って帰路へつく。

 虎太郎は自分に何か用事でもあるのかと少し頭を巡らせるが、思い当たる節がなく訝しげに目を細める。

 こうしてクラスメイトと共に下校をするのは、緊急時の集団下校以来だ。

 二人は虎太郎を挟むようにして廊下を行く。こうして広がって歩く連中が苦手な虎太郎は、邪魔になっていないかと後ろを振り返るが、幸いなことに三人に詰まっている生徒はいない。


「秋山さ、悪魔の実だったらどれが欲しい?」

「え、なんだ急に」

「あ、呪術の術式でもいいぞ!」


 そんな雑談をしたことがない虎太郎は、ふと考えてみる。創作物に登場する異能力を欲しがるのは誰もが通る道だろう。当然、虎太郎も考えたことは何度もある。だがそれを披露する機会がなかった。

 夢想した幾つもの考えが頭をよぎるが、やはり最適解を提示したい虎太郎は下駄箱に着くまで悩み続け、


「ゴロゴロかな。呪術なら幻獣琥珀」

「雷大好きかよ〜」

「かっこいいから」


 雷は派手でかっこいい。虎太郎は普段の目立たない思考とは真逆に、創作物で憧れる対象は派手で強力なものだった。


「俺はやっぱ無下限呪術かなー」

「それ六眼あり?」

「そりゃ、ないと使えないじゃん」


 虎太郎は咄嗟に問いかけた。好きな能力の話で二つの能力をセットで持ち出すのはずるいだろ、と思いつつもそれは口にしない。


「三輪は?」


 靴を履き替えた国分は虎太郎を挟んで反対にいる三輪にも話を振る。


「うーん、無為転変かな」

「いやシン陰流じゃないのかーい!」

「弱いだろ……」


 苗字が同じキャラで揶揄われた三輪は、無為転変の使い道について力説し出す。


「無為転変でちんこをデカくする。撥体ならぬ勃体なんつって」

「ど下ネタじゃねえか!」

(……)


 心の中で国分と同じツッコミをした虎太郎は、ゲラゲラと笑う二人に挟まれ肩身の狭い思いで真顔になる。虎太郎は恥ずかしいため下ネタがあまり好きではない。


「そういえば! 選抜リレーの練習って雷手からだよね!?」


 国分と三輪がこれ以上暴走しないように、虎太郎は無理やり話題を変えた国分に喋らせる。


「来週の昼休みと、参加できる奴は放課後もな!」


 国分の煌めく純情な瞳を「帰宅部なんだからもちろん参加するよな!」と受け取った虎太郎は苦笑いを返す。

 選手に選ばれた以上、参加しないわけにはいかない。放課後の練習には、当然国分も玲那も参加するだろう。それに、選抜リレーは各学年からも代表者が参加してくる。サボれば三年生に目をつけられる可能性だってある。

 あからさまに嫌がっている表情だが、国分は気づいていない。


「絶対勝とうな、秋山!」

「あー、頑張る」


 虎太郎は精一杯の愛想笑いを作り、国分はまっすぐ爽やかな笑みを浮かべ虎太郎と肩を組む。そんな二人を、三輪は暖かい目で見つめていた。


「秋山! 朝一緒に学校行こうぜ!」

「えっ……!? いやぁ、僕、朝弱いからなぁ」


 二人との別れ際、国分からのこの誘いは遠慮気味に断る虎太郎だった。


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